草原のソフトクリーム×麦わら帽子の小悪魔
「もう、先輩なんて、知らない!」
そう言うと、くるみは助手席のドアを開けて、車を飛び出して行った。
赤信号で車を停めた、一瞬の出来事だった。
「おいおい、冗談だろ」
交通量の少ない市街地だから良いものの、その突拍子もない行動に驚いて、俺は独りごちた。
「待てよ、くるみ!」
運転席から懸命に呼びかけるも、白いワンピースの少女は振り向きもしない。
くるみの歩みに合わせて、腰のリボンが左右に揺れる。
まるで高貴な犬の尻尾みたいだ。
夏の日差しの下、これまたリボンをあしらった麦わら帽子がとても可愛らしい。
歩道を行くくるみの横を、俺は最徐行で車を並走させた。
そして運転席から説得する。
「待てってば。話を聞けよ。いったい、どこに行こうとしてるんだよ」
少し間があって、ふてくされながらくるみは呟く。
「高原のソフトクリーム屋さん」
ルームミラーに、後方から近づくトラックが見えた。
くるみをそのまま行かせて、俺はハザードを点けて路肩に車を寄せた。
トラックが迷惑そうに俺の車を追い抜かしていく。
交通障害になっていることを認識しつつも、それでもくるみを放ってはおけない。
前後に通行車が居なくなったのを確認して、ひとつ大きなため息を漏らしてから、ゆっくり車をスタートさせた。
そしてまた、どんどん進んで行くくるみの隣に車を付けて、運転席から声をかける。
「高原のソフトクリーム屋さんは、すごく遠いんだよ。車でも一時間くらいかかる。
歩きじゃ、絶対行けない」
道行く人が、俺たちのことを怪訝そうに見ている。
すごく恥ずかしい。
それなのにくるみは、他人の目を気にすることなく、我が道を行く。
この辺がくるみの凄いところだと思う。
他人にどう思われても構わない。
くるみのように自由奔放に生きられたら、きっと人生は今より明るいのだろう。
輝ける人生を邁進する少女は、俺をきつく睨みながら、自説を展開する。
「ソフトクリーム屋さんが遠くても、くるみは食べたいの。
ずっと楽しみにしてたんだもん。そのために、昨日は甘いものを控えてたんだよ。
なのに、どうしてダメなの。どうして先輩は、そんなに意地悪なの」
くるみはとても美しい。
美しい女性の怒り顔は、有無を言わさぬ迫力がある。
俺は腰砕けになりながら説得する。
「だから、今日はダメなんだって。この後、すみちゃんと約束があるんだよ。
すみちゃんが食事を作ってるんだ。今度、時間のある時に連れて行くから」
「やだもん。今日食べるって、昨日から決めてたんだもん。
こんな天気の良い日に、高原のソフトクリームだよ。行かないなんて、絶対おかしいよ」
そう言うと、歩き疲れたくるみは「ぶぅー!」と叫んで、道端にしゃがみ込んでしまった。
くるみは暑さに弱い。
運動も苦手だ。
せめて日陰になれればと、太陽を遮るようにして、くるみの真横に車を停めた。
そして、俺は大きくため息をつく。
困ったことに、膝を抱えて丸まっているくるみは、全てを投げ打ってでも助けずにはいられないくらい可愛いかった。
残念ながら俺の負けだ。
結局いつも、俺が折れるのだ。
「わかった、わかった、俺が悪かった。
今から高原のソフトクリーム屋に連れて行くよ。だから、機嫌直してくれ」
「先輩~。だから、大好き(*^^*)」
そう言うと、くるみはドアも開けずに、助手席の窓から車内に飛び込んで来た。
とんでもなく交通障害となっている俺の車に、後続車から容赦なくクラクションが浴びせかけられるが、そんな事はお構いなしに、くるみはジタバタと車内に豊満な身体を捻じ込みながら俺の首に抱きつく。
俺もくるみの身体を引き寄せてやる。
先ほどまでの疲れ切った様子はどこへやら、子猫のような身軽さで、くるみは俺とハンドルの間の狭い空間に滑り込んだ。
くるみは小悪魔のような笑みを浮かべる。
これにいつも俺は負けてしまう。
くるみは両手で俺の顔を抱えると、人目もはばからずに俺の顔に覆いかぶさって来た。
唇と唇を重ねる。
それは高原のソフトクリームなど、一瞬で溶けそうなくらい熱いキスだった。