3 すがすがしいほど無慈悲①
明るい夕焼け空に、下校のチャイムがのどかに鳴りわたる。
(きれいな学校……でも……)
メイは破壊神の肩の上に立ち、どこといって特徴のない校舎を一心に見つめていた。
(わたし、ここに通ってた……はずよね? でも……歩いて? バス? それとも電車で?)
鬼と戦った公園をあとにしてすぐ。
どさくさでなくした制服カタログを、ミコは別の本屋でまた、万引きした。
メイは勇気をふりしぼり、今度こそ止めようとした。したのだが、
「ああん? 万引きはいけない!? 文無しの生き霊虫のくせに偉そうなこと言うんじゃないわよ! なんだってあたいが、あんたなんかのために本代はらってやんなきゃなんないのさ!」
とミコにすごまれ、すごすごとひきさがるしかなかった──。
ともあれ。
おかげでメイの制服を採用している学校は、ほどなく判明した。二十キロ以上離れていたが、例によって空を飛んだのですぐ到着。校門向かいの塀際に陣取ったのが数分前だ。
メイとしては、校舎を見れば少しは記憶もよみがえるだろう、生徒の中に知った顔を見つけられればなにかの糸口になるはず、と希望をつないでいたのだが……。
「…………」
帰り支度で校舎から出て来る生徒たちはみな、確かにメイと同じ制服を着てはいた。
しかし、どの顔を見てもいっこうに、記憶がかきたてられる感じはしない。
「どうなのさ、虫。なにか思い出した?」
ミコが、だるそうにあごを両手で支えたままきいた。
破壊神に置いていかれまいと、ムリして速く飛んだせいでへばってしまったらしい。分厚い制服カタログをざぶとん代わりに、地べたに腰を下ろしている。
メイは、わたし虫じゃないです、と言い返す気力もなく、うつむいた。
「ご、ごめんなさい。まだ……なにも……」
「あっそう。ふーん、じゃあなに? あたいの苦労はぜーんぶムダだったってわけ?」
「えっ……そっ、そんな、ムダだなんて……」
「ムダじゃんか。だいたいさあ!」
ミコは金と黒のアイシャドウでいろどられた野性的な瞳を、底意地悪く光らせた。
「言っちゃなんだけど、あんた生き霊になってもう何日もたつんでしょ? 普通に考えたら身体なんてとーっくに死んじゃって、焼かれて骨になってんじゃないのォ?」
「あっ……」
ありうる、と気づいて蒼白になるメイを見て、ミコはよほど嬉しかったのだろう。人間の姿のままゴロゴロとのどを鳴らし、にんまりと目を細めた。
「こんな学校とかじゃなくてさァ、お墓探した方が絶対早いわよ。きっとできたてのやつだからすぐわかるわ。なんならちょいとひとっぱしり、探して来てあげよーか」
「…………」
メイは思わず、真新しいお墓が自分の骨を納めて立っているのを想像してしまい、ショックにぼろっと涙をこぼす。そのとたん、破壊神が不機嫌にうなった。
「苦い! 俺のそばではめそめそすんなって、何度言ったら覚えやがんだ?」
「ごっ……ごめんなさ……」
月よりつめたい恐ろしい目でにらまれ、メイはあわてて口をつぐむ。
破壊神には謝ってもいけないのだった。
ハンカチを取り出し涙をぬぐい、なんとか落ちつこうと深呼吸する。
(お墓……わたしのお墓……ほんとうにこの近くにあったら……どうしよう)
お葬式には家族や親戚、友だちも来たのかな……とぼんやり考えかけて、その中の誰も、顔を思い浮かべられないことに気づいて愕然とする。ふたたびどっと、涙があふれた。
(やだ、わたし……お、お母さんやお父さんがいたかどうかさえ……思い出せないよ……)
「いいかげんにしねえかっ、この泣き虫め!」
メイを肩に乗せたまま、腕組みして塀にもたれていた破壊神が、腹にすえかねた様子で声を荒げた。涙で頬を濡らしている親指姫サイズのメイを、乱暴につまみあげる。
「ぐじぐじ泣いてるひまがあったら目ン玉ひんむいて出てくるやつらの顔をよっく見やがれっ! それともなにか? 他になにか手がかりでもあるってのか?」
「そっ……それは……さっき……」
メイは言いかけて、すぎたことだし、と思い直した。
ぶらさげられたまま、なるべく下を見ないようにして涙をふき、眼鏡をかける。
しかし破壊神は納得しなかった。
「さっき……なんだ!? 途中でやめるな! 言いかけたことは最後まで言えっ!!」
「えっ、その……あ、あの鬼さんが……わ……わたしのこと返せって言ってたから……」
「それがどうした!」
いらだちを隠そうともしない破壊神に、メイは言葉につかえながらけんめいに答える。
「だ、だからその、返せって言うぐらいだからわたしが……も、もといた場所とかも、もしかして知ってたんじゃ……ないかって……」
尻すぼまりに声が小さくなって消えたのは、破壊神の猛々しい視線に気圧されたから。
息苦しいほどの沈黙の中、破壊神の口もとが辛辣にゆがみ、低い声がもれる。
「…………おい」
「は、はい」
「この筋金入りのグズめがっ!! どうしてそういうことを早く言わねえんだっ!?」
嵐のように吹きつける、情け容赦のない殺気に吹き飛ばされそうになりながら、メイはとうとう我慢できなくなり、わっと泣きだしてしまった。
「そっ、そんなにぽんぽん怒鳴らなくってもいいじゃないですかっ! わっ、わたしちゃんと鬼さんから話ききましょうって、いっ、言おうとしたのにっ……き、き、聞きもしないであ……あんなひどい……く、首ちぎったりして殺しちゃったのはそっちでしょう! そ、そのうえ泣くなだの怖がるだなのいろいろ……」
どうしようもなくなって幼児のようにしゃくりあげながら、メイは破れかぶれで叫ぶ。
「そっ、そんなことできるわけないじゃないですかっ! みっ、みんな意地悪だし、スサノオは怖いことばっかりするし、わ、わたしなんかどうせもうすぐ死んじゃうし、せっかくここまで来たのに友だちの顔どころか、か、家族の顔もぜんぜん思い出せなくって……」
あとは言葉にもならず、手放しでわあわあ泣いてしまいながら、メイは、こんなに泣いたらきっと破壊神がものすごく怒って、すぐにも殺されてしまうに違いないと思った。
ミコもそう思ったのだろう。息をつめて様子をうかがっているのが伝わってくる。
でもそれでも、初めて言いたいことをはっきり言えてすっきりしたせいか、メイとしてはもう殺されてもかまわないような、ほとんど破壊神に勝ったような気分だった。と──
「ふうん。その気になりゃあ、ちゃんと思ってることを言えるんじゃねえか」
意外にも感心したようなつぶやきに驚いて、メイは涙をふこうとする。
だが視界が晴れる間もないうちに肩の上に連れ戻された。次いで指の腹かなにかがぐいぐいと、首が折れそうな勢いで頭をこづいてきたのは、どうやら頭をなでてくれたものらしい。
「くっくく……よしよし、その意気だ! 虫の分際で俺にそれだけ言い返せるようなら、そうすぐにはくたばらん。いちいち泣かずに怒れるようになりゃあ、もっといいがな!」
と言う破壊神の悦に入った顔を見あげて、メイは、少し説明する必要を感じた。
嗚咽の余韻にしゃくりあげながら、おどおどと口を開く。
「……わ……わたし……でもあの、怒ってただけじゃ……ひっく……ないです」
「じゃあなんだ?」
「す……すごく悲しかったから……だから泣いちゃって……」
「悲しい? ははあ、そいつがおまえのめそめそのもとか! いったいなにが悲しい?」
「な、なにがってだから……し、死んじゃうかもしれないってことも悲しいし……」
「バカかおまえは。知らんのか、生きてるもんはみんないつか死ぬんだぞ」
本気であきれたような顔で言われて、メイはひるみながら、
「そっ……それはそうですけど、で、でも、あと家族のことが思い出せないのも……」
言いさしてつい、うつむいてしまう。
塀際に腰を下ろしたままのミコが「ハン!」とあざけりの声をあげた。
「家族のことが思い出せないから悲しい? あっは! 人間ってやつァ、なんともおセンチでやってらんないねっ! 考えてみると昔っからそうだ、あたいが子猫のころ、このあたりは一度、まっさらの焼け野原になったけど、人間どもはバカだからさ、死体を見つけるためだけにやたらと焼け跡をほじくるのさ! どうせ墓に埋め直すためだけに掘るんなら死体はそのまま肥料にしてさ、そこを畑にしちまえば少しは役に立つだろうに!」
「そっ……そんな……いくらなんでも……」
息をのむメイの頭の上で破壊神が、猫の言うとおりだ、と言わんばかりにうなずく。
メイは夢中でミコに言った。
「でっ、でも! ミコさん今、子猫のころっておっしゃいましたよね? だったらお母さんだっていらしたんでしょう? そ、それなら家族の情ぐらい、わかってくださるはず……」
「わかりきったこと言うんじゃないよ! 母親ぐらいいるに決まってるじゃんか! あたいの母親は……もう何十年も前に空襲で焼け死んだけどさ」
「く…………空襲?」
空襲と言えば、第二次大戦時の空襲しか考えられない。メイは、目の前にいる不良少女っぽい猫娘が、実は八十年以上生きているらしいのを察し、めまいをおぼえる。
ミコはしかしメイの反応を、空襲すら知らないのだと受け取ったらしい。
フン、といらだちに鼻を鳴らした。
「ったくバカな虫だね! 空襲って言やあ、人間どもが飛行機から爆弾落とすことに決まってんだろっ! ぐおおんぐおおん、ひゅううーんっ……どかんばかんどかんずどん」
効果音つきで飛行機の動きを身ぶりでなぞり、一瞬、表情をなくした瞳で宙を見つめて沈黙する。ふたたび口を開いた。
「……家族の情? あたいの母親は情の深い猫だった! 人間の拾い子にまで乳をやってたぐらいだ。けど人間のガキなんてただのお荷物さ! せっかくおっかあが命がけで火から守ってやったのに、息がつまって死んじまった。あたいをふくめて他に子猫が五匹いた。おっかあはその人間の子をとってもかわいがってたけど、死体は死体だからわけてみんなに食べさせた。あたいたちはその子が大キライだったから喜んで食った。それから……そ、それからおっかあも死んじまいそうになったから、けど妖怪は死ぬと塵になっちまうから栄養のあるうちに……い、生きてるうちにお食べっておっかあが……だ、だからあたいたちはおっかあを……」
ぽろっとミコの瞳から大粒の涙がこぼれ、メイももらい泣きでたまらず涙ぐむ。
ミコは足もとから小石をつかみとり、腹立たしげに校門に向かって投げつけた。
「ハン! 家族が思い出せないぐらいなんだってんだい! 人間ってやつはまったく……忘れたんならめでたいこった、まんま忘れちまえばいいじゃないか!」
「ご……ごめんなさい」
ミコの壮絶な家族愛の話に、メイは自分のめめしさを痛感してうなだれる。
その時、黙って話を聞いていた破壊神が、真顔でぼそりとつぶやいた。
「わからんな。おい猫、おまえもだ。その話の流れでなんで泣く?」
「……えっ?」
ミコも、もちろんメイも、とっさになにを言われているのかわからない。
しかし破壊神には、ミコやメイに話が通じていないこと自体、わかっていないようだった。
「結局、くたばっちまう前に親を食えたんだろ? 良かったじゃねえか!」
さもうらやましそうに慨嘆し、さすがのミコが青ざめるのにも気づかずに続ける。
「龍は、てめえのガキに乳飲ます代わりに目玉しゃぶらせるって言うぐらいだ。身内は最高のメシなんだぜ? 俺は親なんざ見たこともねえが、昔はずうっと双子の兄貴といっしょだった。どこもかしこも俺そっくりな、いけ好かねえ野郎でよ、お互い、いつかぶっ殺して食ってやろうとねらってたんだが、あいにくやつは、勝ち負けを計算できねえマヌケでな、古い神どもの縄張りに一匹で殴りこんで返り討ち食らって、腕一本と肩から上しか残ってねえようなていたらくでずるずる帰って来やがった。けっ、俺にないしょで獲物をひとりじめしようと欲をかきやがるからだ! しかも逆にほとんど食われちまいやがって、俺が食う分がほとんど残ってねえじゃねえか! 頭に来たがしょうがねえ、残りカスだけでも食ってやろうとしたら……あのくそ野郎め、なにをしたと思う!? 『よう弟、今まで言ったことがなかったが、俺はおまえが大好きだ!』なんてぬかしやがった!!」
歯ぎしりまでして正真正銘本気で悔しがる破壊神に、メイは寒気を覚えながら言った。
「で……でも、それ……ほ、ほんとうにお兄さんの……本音だったかもしれな……」
「バカ言え! やつはてめえの血肉をかけらたりとも俺に食わせたくなかっただけだ!! 相手が闘志を持って向かってこなきゃあ食えねえって点では俺たちは同類だったからな。俺に食われねえためだけに、心にもねえことをヘラヘラ並べたてやがって……そのうえ古い神どもとの戦いがどんなに楽しかったか、長々と半日も自慢話してこっちをじりじりさせたあげくによ、満足しきって笑いながら塵になりやがった。骨の髄までしみったれた欲ボケの根性悪め……えいくそっ、思い出しても腹が立つ!」
暗黒神の殺伐たる言いぐさに、夕暮れの暖かい空気がざわ、と不穏にざわめく。
頭上に枝をさしかけていた木の葉が急にしおれ、はらはらと茶色く枯れ落ちてきた。
メイは耐えがたい悪寒に思わず自分の肩を抱き、ふと、ミコも同じように鳥肌の立ったような顔をしているのに気づいて少しホッとする。
そのとたん、ミコが我に返った。メイと同じ反応をしている自分が我慢ならなかったらしい。
無理に笑顔を作り、はしゃいだ声をあげる。
「さっ……さすがは天魔王様! 夜叉神様の中の夜叉神様……! あたいらみたいなつまらない親兄弟の情なんか、とうの昔に切り捨てておられるんですね!」
「切り捨てるもなにも、そんなもの最初っからねえのが普通だろって言ってんだがな」
わかんねえやつだな、と言わんばかりの口調でめんどうくさそうに返され、ミコはフォローに困って、口をぱくぱくさせる。だがその時、
「あっ! ち、ちょっと虫っ! あれ見なさいよあれっ!!」
ミコが血相を変えて立ちあがった。
メイはあわててミコの指さす先に目を向け、息をのむ。
童顔に大きな眼鏡をかけ、左右に分けて丁寧に編んだ巻き毛を輪にまとめた──
メイそっくりの少女が、クラスメイトらしい少女たちと連れだって、校門から出て来た。
◆
女の子というものは、店のウィンドウなどの前を通りかかるとつい、そこに映る自分の姿に目をやってしまう習性を持っている。
そんなわけでメイも、今まさにこちらへ向かって歩いてくる少女が自分そっくりなことだけはよくわかった。さすがにドキドキしてくる。
(でも……でもこれって、ど……どういうこと……? 生き霊のわたしはここにいるんだから……身体はなんというか……し……死んじゃうぐらい留守のはずで……)
破壊神は一寸法師サイズのメイと、メイに生き写しの少女とを見くらべ、自分の兄のことを思い出したらしい。なんとなく嫌そうな顔をした。
「……おまえ、もしかして双子なのか」
「そっ……そうかも! じ、自信ありませんけど……」
不安で胸が爆発しそうなメイに、ミコはまたフン、と鼻を鳴らして別の解釈を提供する。
「あるいはあんた、無意識に自分以外の姿借りてるタイプの生き霊なのかもよ? あの娘、実はあんたの憧れのタイプだったりしてさ、ホントのあんたは片思いも告白できないうじうじしたネクラな男で、とっくに交通事故かなんかでくたばってて……」
「か、勝手に殺さないでくださいっ!」
思わず叫ぶと、ミコは意外な逆襲にきょとんとした。メイが言い返すとは思ってもいなかったらしい。いっそう憎々しげにメイをにらむ。
「ちょっとあんた、たかが生き霊虫のくせに、調子に乗るんじゃないわよ! なにさ、ちょっとばかりスサノオ様に気に入られてるからって……」
破壊神が聞きとがめて「おい」と訂正するより早く、メイは憤慨の声をあげた。
「違います! このひとはわたしのこと、ミコさんが言うような意味で気に入ってたりなんかしません! ただ、そのうち食べるために生かしとこうとしてるだけなんですっ!!」
「そのとおり。おかしなやつだな。そんな当たり前のことを言うのに、なぜそう力む?」
破壊神はしかし、メイの強気だけはおおいに気に入った様子で楽しそうに続ける。
「で、どうするよ? あの女のあとをつけてみるか? それとも……もしおまえとあいつが本当に双子なら、身体と魂の相性に問題はないはずだからな、あいつの魂をたたき出しておまえが代わりに入るって手もあるぞ」
「そっ……そんなのダメです!」
仰天して止めるメイを、破壊神は不思議そうに見た。
「なぜいかん? 双子のあいつが生きてても、おまえの身体が生きてる保証はないんだぞ? いいじゃねえか、双子なんざどっちかひとりが生き残ってりゃたくさん……」
「ダメダメ、絶対ダメですっ、たとえわたしが死んだってそんなの絶対、ダメっ!!」
などと言い合いしている間に、メイそっくりの少女とその連れはあっさり前を通りすぎた。
少し先のバス停に停まったバスに追いつこうと少し走り、無事、間に合って乗りこむ。
バスはどるるん、と穏やかな発進音をたて、走り出した。
「あ、ほらあっ、バス、行っちまうよ! 家確かめるんだったらあとをつけなきゃ……」
と言ったミコも、双子のきょうだいを殺してその身体に入りこむという破壊神の案には抵抗があるらしい。落ちつかない様子でメイと破壊神を見くらべる。
これだけはゆずれない、という決死の面もちで立つ小さなメイを横目に見て、破壊神はおもしろそうに銀の目を細めた。
「ふうん……そうか。絶対、ダメか」
「そうです! ダメです! わ……わかってくださいました?」
胸の前で両手を握りあわせて念を押しながら、メイはしかし、打ち消しようのない不安をおぼえる。と──
破壊神がにやっと、底抜けの悪童の顔で笑った。
「よし! じゃあ、その手で行こう」
「えっ……ええっ!? ヤ、イヤですっ、そんなの絶対……」
「だから、いいんじゃねえか」
言いながら破壊神はもう、やる気満々で歩きだしている。
メイは青くなり、なんとか破壊神を止めようと、その白銀の髪を力いっぱいひっぱった。
「ダメです! やめてくださいっ、や、やめてって言ってるのにっ……!!」
「くっくっくっ、いいぞ! ヘタレのおまえが今までで一番攻撃的になってる……良かったなあ! これで身体に戻っても、しっかり怒ってよく戦えるぞ」
「ひ……ひどいっ……!」
罪悪感など影も形もない、無邪気なほどくったくのない喜びに輝く破壊神の横顔を見あげ、メイは絶句した。
これはもう、ひとでなしなどというレベルではない。
残酷ですらない。
「残酷」というのは、それがひどいことだとわかっていて、あえて平気で行うことのできる者を形容する言葉だ。
この少年の姿をした神はしかし、生まれてこの方、他者を怒らせることも殺すことも、きょうだいを食らうことさえ、「ひどい」と思ったことなどないに違いなかった。
(どうしよう! な、なんて言って止めれば……そっ……そうだわ! もしあの子がわたしと全然関係ない赤の他人だったら、せっかくためしても相性が合わなくて手遅れになっちゃうかもしれない、って言えば、きっと……)
勢いこんで思いつきを口にしようとした、その時。
「失礼、素戔嗚尊とお見受けしますが……」
行く手の路地から、羽織袴を着こなし半白の髪を肩までのばした、妙な存在感のある男があらわれ、一行の前に立ちはだかった。
破壊神は男には目もくれず、完全に無視して通りすぎたが、
「霊体の少女の、身体をお探しなのでしょう? 追っておられるあれは違いますよ」
と言われて、さすがに足が止まる。
メイは破壊神を止めてくれた相手に心から感謝、ふり返って声をはりあげた。
「あ、あのっ、わたしのこと、ご存じなんですね!?」
「存じておりますとも」
人か妖怪かわからないが、和装の男は小さいメイの問いに答え、丁重に一礼する。
「お急ぎなのは重々承知しております。こちらも、その少女の魂を八方手を尽くして捜していたところでございまして……よろしければさっそく、身体のところへご案内いたします」
「信用できないっ!」
鋭い牙を見せて叫んだのはミコだった。
メッシュの入った短い髪を逆立て、警戒心むきだしで男を指さす。
「よく見りゃこいつ、人間じゃないかっ! そのうえなんか、ヤなにおいがする……霊能者くさいよっ! スサノオ様っ、こんな怪しいやつについてくことないですよっ、それよりほんとに身体のありかを知ってるって言うんなら、虫の身体をここまで持って来させれば……」
「で、でもミコさん、魂の抜けた身体って、もしかして病院にいるのかもしれないし……」
メイはあわててとりなそうとしながら、破壊神の反応をうかがい──
ぎょっと息をのんだ。
獲物を前に舌なめずりする猛獣のような、恐ろしい笑みを浮かべている。
(まっ……またなにかひどいこと考えてるっ……!)
確信したメイが、どうすればいいか悩む間もなく、破壊神はすうっと、肩に乗ったメイに上下動をまったく感じさせない超常の動きで、和装の男に向き直った。
「よし、案内させてやる。どこへでも連れて行け」
3 すがすがしいほど無慈悲②へ続く
「面白い!」「続き読みたい」と思われた方は、はげみになりますのでぜひぜひブックマーク、下の評価をよろしくお願いします~☆