第九話 風魔の三郎
俺は各地を転戦しながら旅を続け、江戸の城下町に流れ着いた。この江戸は、まだまだ新興の土地で、全国から怪しげな連中が、続々と流れ込んで来る。
そんな雑然と混沌の江戸城下町で、俺は、一人の若者からの挑戦を受けた。
「アンタは京の都で、吉岡憲法に勝ったんだってな。俺とも試合をしてくれよ」
と、俺に挑んきた若者は、風魔三郎と名乗る。
「いや、吉岡殿との試合は、審判から引き分けの判定が下ったのだが」
その言葉を聞いて、三郎は鼻で笑い、
「本人が言うならば、そうなんだろうが」
と、言った後、俺をキッと睨みつけ、挑発するように言葉を続けた。
「オレとの試合は、どうする?」
「勿論、受けるつもりでいるが」
思わず俺は、この挑発に乗ってしまい、それを逃さぬようにとする三郎。
「では、何時、何処で戦う?」
「それも、そちらに任せよう」
こうして俺は、三日後に河原にて、風魔三郎との試合をするとになった。
この風魔三郎は、なかなかの使い手で、江戸の城下町でも、すでに三度の試合をしていて、すべてに勝利しているという。
試合当日、河原には大勢の見物人が集まり、その輪の中心にいる風魔三郎は、太くて長い木刀を肩に担いでいる。三郎は俺の姿を見ると、
「ようやく、御出だ」
と、言い、自信に満ちた表情で言葉を続けた。
「遅いぜ旦那、逃げ出したのかと、思ったよ」
「すまぬな、江戸は不案内ゆえ、道に迷った」
そして、俺と三郎は早々に向かい合い、一礼して、互いに木刀を構える。見ると、三郎の木刀には風林火山と彫られていて、
「ほう、孫子の兵法か」
俺が言うと、三郎はニヤリと笑い、中国の兵法書に記された、戦いに於ける心構えを唱えた。
「疾きこと風の如く、静かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如し」
言い終えた瞬間、三郎は大上段に木刀を振り上げ、渾身の一撃を放つ。
ブオォーン。
真正面から、俺は、
カコオーンッ!
この一撃を受け止めた。凄まじい激突音が響き、強烈な衝撃が、俺の全身に走る。
「この風魔三郎は、強い」
「それは当たり前だろう」
三郎は、さらに二の太刀、三の太刀と撃ち込んで来た。
ガコンッ、カヅン!
俺は受けながら、一歩、二歩と後方に下がる。
「いいぞ風魔!」
「行けや、三郎」
「やっちまえ!」
見物人は、皆、三郎を応援した。この江戸の城下町では、風魔三郎は人気者であるらしい。
「大した声援だな。三郎殿」
俺は一言、発して、反撃に転じる。
コッオン。
三郎の木刀を下から上へと跳ね上げ、一瞬、隙が生じた胴へと、
バシンッ。
一太刀、入れた。
「う、ぐゔぅ」
呻きながら、三郎は後ろに下がったが、闘志は失ってはいない。
「まだまだ、だよ」
しかし、その時、
「もう止めて、三郎様」
町娘が一人、飛び出してきて、三郎に抱きつき、試合を止める。
「お前は、出てくるなよ」
三郎は町娘を振り払ったが、それを見た俺は木刀を下げた。
「この勝負、引き分けで良いではないか」
そう言い残し、俺は三郎と町娘に背を向け、足早に試合場の河原から立ち去った。