第八話 岩壁と荒波
冬が来て、雪に閉ざされた温泉地に俺は逗留していた。そこで旅人から、あの村についての噂話を聞く。
「その村で大火事があったんだがね、どうやら放火らしいんだよ。それで村の半数の家が燃えて、さらには十数人の村人が撲殺されたようなんだ。下手人は高下駄を履いた大男だとう」
その下手人とは、おそらくトウセン坊のことだろう。奴は、あの山火事を生き残り、村に復讐したのだ。その旅人の話によるとトウセン坊は、さらに北の地方に逃げたらしい。
俺は春を待ち、噂を頼りにトウセン坊を追った。そして桜の花が咲く頃、あばら家に住み着いていたトウセン坊を見つける。
「ふん、あの時の男か」
と、あばら家の中で酒を飲みながら、トウセン坊は俺を一瞥して、吐き捨てるように言った。
ザザーン。
波音が聴こえる。この、あばら家は、日本海の荒波が押し寄せる岩壁の近くにあった。
「ひとつ聞く。なぜ銀太郎を殺したのだ?」
トウセン坊は、酒をグィと飲み、こう答えた。
「銀太郎は子供の頃から、孤児であるオラをイジメていたんだ。銀太郎だけじゃない。村人は皆、オラに凄惨なイジメを繰り返してきた」
そのトウセン坊の話を聞いて、俺は黙るしかなく、奴は酒をあおりながら、さらに話を続ける。
「あの村の奴らは陰湿だからな、自分より弱いものを見つけてはイジメる。弱い奴は、さらに弱い奴をイジメる。だからオラは強くなるために村を出て、伝鬼坊先生に弟子入りしたんだ」
それでトウセン坊は強さを手に入れ、銀太郎に仕返しをしたのか。
「しかし、何も殺すことはない。やり過ぎだ」
「何を言っている。お前も知っているだろう」
と、トウセン坊は吐き捨て、怒気を含んだ口調で話を続けた。
「あの村の奴らはな、眠っているオラを焼き殺そうとするような奴らだ。昔から卑怯で陰湿で残忍で罪悪感さえ持たない。そんな人間は殺されても当然だろう」
トウセン坊の怒りは、当然なのかもしれない。
「それでも武芸は復讐の道具ではない」
「だが所詮武芸は、人殺しの業だろう」
確かに極論してしまえば、武芸は人を殺すためだけの技能だ。しかし、そこには、
「志というものがある」
「それは、綺麗事だな」
奴は、また酒を一口、飲んで、
「何を言っても、人殺しは人殺しだ。お前も人間を殺したことがあるのだろう」
そう言いながらトウセン坊は、ひねくれた目で俺を眺める。俺は何とか反論しようと、
「だから修行して、自己を研鑽するのだ」
「研鑽と言っても、目的は敵の殺傷だよ」
このトウセン坊の言葉に、俺は沈黙してしまったが、もう、これ以上、奴と対話をする必要はない。
「表に出て、俺と勝負しろ」
「何で、オラが戦うんだ?」
「お主が、強者だからだ!」
「いいだろう。弱者は殺す」
そう言いながら、トウセン坊は棍棒を担いで表に出た。荒波がぶつかる岩壁の上で、俺は真剣を抜いてトウセン坊と対峙する。
「いざ、トウセン坊」
「来いや、武者修行」
ガッ。
俺の初太刀を棍棒で受けるトウセン坊。次の瞬間、物凄い力で弾き飛ばされた。
ザザッ。
地面に転がる俺を、トウセン坊は見下したように、
「立てよ、どうした弱すぎるぞ」
そう言ったが、邪心しか持たない怪力など、恐れるほどの業ではない。俺は荒波の音を聞きながら立ち上がり、
「いやあーっ」
二の太刀で、トウセン坊の胴を深々と斬る。
ザシュウーッ。
大量の血を流しながら奴は、真っ青な顔でヨロヨロと歩き、
「オラは死にたくねえ、おっ母さん、助けてくれ」
最期に、そう言いながら崖の下へと身を投じた。