第七話 北国トウセン坊
武者修行の旅を続ける俺は、北国の小さな村で、銀太郎という若者と仲良くなった。
「もうすぐ秋祭りだ。武者修行さんも奉納相撲に参加しなよ」
銀太郎は農家の長男であったが、力自慢で相撲が強いらしい。
「奉納相撲か、なかなか面白そうだな」
「それで、オイラと試合をしてくれよ」
銀太郎は子供のような表情で、そう言った。
そして秋祭りの日。神社の境内に土俵が造られ、村の若者が集まる。
「さて、いよいよだな」
と、銀太郎は意気込んでいるが、なにやら見物の村人たちがザワついていた。
「あれは、トウセン坊じゃないか」
「何をしに、村に戻ってきたんだ」
ヒソヒソと小声で言う村人の視線の先には、巨木のような棍棒を肩に担ぎ、足元には高下駄を履いた大男がいた。
「あれは?」
俺が問うと、銀太郎は不審な目で大男を見ながら、こう答える。
「あいつは十年ほど前に村を出ていった孤児だ。噂では、斎藤伝鬼坊の弟子になったという、らしいが」
斎藤伝鬼坊とは塚原卜伝の弟子で、その武芸の腕前は、朝廷から参内を命じられ、一刀三礼の太刀を天覧に供し、判官に就任したほどだ。
その伝鬼坊の弟子の大男が棍棒を置き、高下駄を脱いで奉納相撲の土俵にあがった。村人たちは皆、警戒しているか、その場は静まり返って異様な雰囲気に包まれる。
「よし、それなら俺が相手をしよう」
と、土俵にあがり、俺はトウセン坊と組み合うが、奴は物凄い怪力の持ち主だった。足を掛けてもビクともしない。
「ぐうっ、まるで岩山だ」
「どうした。その程度か」
奴は薄笑いを浮かべたまま、俺を俵の下まで放り投げた。その強さを目の当たりにした村人たちが驚愕の声を漏らす。
「ま、まるでバケモノじゃ」
その、どよめきの中で、
「銀太郎、来い!」
土俵の上のトウセン坊が、挑発するかのような態度で、銀太郎を指さした。
「なんだと、コラッ」
その挑発に乗り、怒気を発しながら土俵に上がった銀太郎だが、
「あっ」
と、言う間にトウセン坊に持ち上げられ、頭から土俵に叩き落される。
ゴリ゙ッ。
首の骨が折れる音が響き、銀太郎は動かなくなった。
土俵の上。倒れた銀太郎を、冷めた目で見下ろしたトウセン坊は、
「全く弱い奴だ」
と、吐き捨てながら土俵を下りて、何処かへと立ち去る。しかし、この時、銀太郎は、すでに死んでいた。
銀太郎の両親は長男の死に酷く悲しんでいたが、通夜と葬儀が終わり、初七日が過ぎた頃、
「トウセン坊の隠れ家を見つけたぞ」
村の若者の一人が、そう言って仲間を集め、
「銀太郎の敵討ちだ」
と、その夜、松明を片手に山に入った。俺も、この一行に加わったのだが、古びた山小屋に到着すると、若者たちは室内の様子を確認してから、
「よく寝ていやがる。この小屋に火をつけよう」
「止めろ、そんなことをすると山火事になるぞ」
俺は若者たちを止めようとしたのだが、
「あのバケモノを殺すには、こうするしかない。武者修行さんだって、トウセン坊には勝てないだろう」
そう言いながら放火する若者たち。結局、その火は燃え盛り、案の定、山火事になったのだが、
「トウセン坊が山に火をつけたんだ」
若者たちは、村に戻ると嘘の証言をする。俺は何だが後味の悪い思いを抱えながらも、翌朝、この村から旅立った。