第六話 琵琶湖での決闘
吉岡憲法との試合を終えた俺は、早々に京の都から旅立った。だが大津の琵琶湖の湖岸で、ある男に追いつかれる。
その俺を追ってきた男は吉岡伝七郎。吉岡憲法の異母弟らしい。憲法にくらべて、やや粗暴に見える、この伝七郎は、かなり殺気立った様子で、
「兄者の仇だ。勝負しろ」
と、挑んできたが、俺は冷静に、
「何を言う。あの試合は引き分けだ。お主は聞いておらぬのか?」
しかし伝七郎は鬼のような形相で、
「兄者は切腹した。京都所司代の屋敷で恥をかかされたのだからな」
それは、そちらの勝手だろうと、俺は思ったが、言葉には出さず。
「憲法殿は、古今東西無双の剣豪であった。残念なことです」
と、口では言った。俺は伝七郎と戦う気はない。だが伝七郎の闘志は燃え上がっているようで、ついには腰の大刀を抜き放ち、
「そんなことは、どうでもいい。果たし合いだ!」
「まあ待て、ここは天下の往来だ。白刃は納めろ」
俺は伝七郎を、なだめるように言ったが、
「うるさい、お前だけは許さん。殺す」
殺気立った伝七郎は、ギラリと光る刀の切先を、俺の喉元に向ける。そして言葉を続けた。
「妾腹の俺は幼い頃から冷遇されていた。だが兄者だけは俺に優しかったのだ」
そんな話を聞くと、増々、俺の戦意は喪失するのだが、それと相反するように伝七郎は闘志の塊となっていくようだ。
「オレは剣士としては兄者に及ばぬ未熟者だが、この一戦だけは全身全霊をかけて、お前を倒す」
しかし俺は、ここで良い作戦を思いつく。
眼前に広がる琵琶湖を指差して、俺は伝七郎に、こう言った。
「あの、湖に浮かぶ小島で決闘しようではないか」
「いいだろう、あの島なら、誰にも邪魔されない」
その後、俺は舟を借り、船頭と俺、伝七郎の三人で小島を目指して進んだ。小舟に揺られながら伝七郎は言う。
「塚原卜伝のマネをして、オレを小島に置いて逃げようとしても無駄だぞ」
その言葉を聞いて、俺は少し笑い、
「馬鹿な、そんなことは、しないさ」
と、言ったのだが、図星である。
こうなれば別の作戦を考えなければならない。そんな俺の顔を見ながら伝七郎は、気持ちが昂ぶり饒舌になっているようだ。
「お前の亡骸は湖に捨てて、魚の餌にしてやる」
などと言っている。だが、ここで俺は名案が思い浮かんだ。そして、すぐさま伝七郎の襟首を両手で掴んで、
「エイヤッ」
と、舟から湖へと、伝七郎を投げ捨てる。
バシャアーン。
落水した伝七郎は、
「何をする、この野郎が!」
怒り狂いながら、直ぐに船べりを掴んだが、ここで俺は抜刀した。
「勝負ありだな、伝七郎!」
「お前、卑怯が過ぎるぞ!」
激昂する伝七郎だが、この体勢ならば奴の脳天を叩き斬るのは簡単だ。俺は大上段に刀を振り上げて一撃必殺の構えをとる。
「これもまた、兵法」
「やめろ、馬鹿野郎」
慌てて船べりから手を離し、泳いで逃げる伝七郎。
「船頭さん、やってくれ」
俺の言葉に、船頭はニヤリと笑い、小舟を漕ぎ出した。小舟と伝七郎の距離は、さらに広がっていく。
「お武家さん、お見事ですね」
「これが、戦わずして勝つだ」