第四話 巣立ちの百舌鳥
石垣原の戦いの翌年の初夏。
「武者修行の旅に出たいと思うのですが」
そう申し出た俺の言葉を聞いた父は、茶を一口飲み、
「で、倅よ。とこへ行くのだ?」
「京の都を目指そうと思います」
その返答に父は、ニヤリと笑いながら、
「つまり、吉岡道場、ということか?」
「そこへ参ろうかと、考えております」
「よろしい。私が書状を書いてやろう」
吉岡道場は京の都の名門で、足利将軍家の剣術師範を務める流派だ。俺の父、新免無二斎は若かりし頃、室町幕府将軍・足利義昭に召され、吉岡流との試合を戦ったという。
この試合に勝利した父は、日下無双兵法術者の称号を賜った。
「あの時は、吉岡憲法は、出てこなかった。さて、今回はどうなるかな」
書状を書きながら、父は独り言のように言う。吉岡憲法とは、代々、吉岡流の当主が名乗る号であるらしいが、父と戦ったのは、当時の憲法ではなく、その従兄弟の吉岡清次郎であった。
「清次郎は強かった。しかし私に負けた後は、酒に溺れたらしい」
その清次郎の最期は、禁裏の祝宴で能楽を観ていた際だという。
酒に酔った清次郎は警護の役人と諍いになり、逆上して役人を殺傷。その後、駆けつけた京都所司代の家臣に斬り殺され、
「清次郎は晒し首にされたと伝え聞く。吉岡の連中は今でも私を、相当に怨んでいるらしい」
そう言いながら、父は書き終えた書状を俺に手渡した。こうして、父、新免無二斎からの書状(挑戦状?)を得た俺は、Q州から旅立ち、京の都を目指す。
旅の途中、安芸国(現在の広島県)の茶店で、佐々木小次郎という武芸者に出会った。小次郎は傾奇者と呼ばれる侍で、派手な赤い着物に、異様に長い刀を背中に背負っている。その刀の鞘は、目映いばかりの金色だ。
「ほう、お主が石垣原で秋山剛力を討ち取った武者であるのか?」
俺の顔をジロジロと見ながら小次郎は、喧嘩煙管の煙を吐き出し、挑発するように、こう言った。
「どうだ貴殿、拙者と立ち会ってみないか?」
この発言に対して俺は、無言のまま視線を返すが、その視線を受け流しながら小次郎は、はぐらかすように言葉を続ける。
「戯言、戯言。そう怖い顔をするな」
そして小次郎は団子を食いながら立ち上がると、口をモゴモゴと動かしながら、
「よしよし、では大道芸でも見せてやろう」
と、往来に出て、異様に長い刀を鞘から抜いた。
「秘剣、ツバメ返し」
この辺りには田んぼ広がっていて、頭上の青空には、ツバメが高速で飛び交っている。まさか小次郎は、あのツバメを長い刀で落とすというのか?
「ヤアッ!」
と、小次郎は軽やかに垂直に飛び上がり、片手で器用に長い刀を振って、
バシッ。
一羽のツバメを叩き落とした。
「な、何と!」
驚く俺に向かって小次郎は、爽やかな笑みを見せながら、
「ハハハハハッ、大道芸、大道芸」
そう言いながら、ツバメの血で汚れた刃を懐紙で丁寧に拭い、金色の鞘に納刀した。