第三話 但馬国の秋山剛力
「久野次左衛門の首、討ち取った!」
前線に大音声が響く。見ると、山のような巨漢の兵が左手で、天高く次左衛門の首を掲げていた。
「我は、秋山剛力なり!」
と、名乗る兵の右手には、血で汚れた長大な大太刀が握られている。
敵の大友軍の陣営から、
「うおおおーっ!」
歓声が沸き上がり、一気に士気が高まったようだ。
対して、こちらの陣は弱気になる。無理もないだろう。勇猛果敢な久野次左衛門が討ち取られたのだ。
「あの秋山剛力とは、何者なのだ?」
「但馬国では、高名な武芸者らしい」
黒田軍の兵が逃げ腰になり、口々にヒソヒソと話していた。このままでは士気が下がり、少数の敵に撃ち破られてしまう。だが、その時、
ババッ。
一騎の騎馬武者が駆け抜けた。その武将は秋山剛力の前にでると、騎乗から名乗りを挙げる。
「曾我部五右衛門と申す。一騎打ちを所望!」
「受けて立とう。相手にとって、不足なし!」
徒歩の秋山剛力と、騎馬武者の曾我部五右衛門は一対一で対峙した。そして、
ザッ、
槍の一閃。先制の一撃を放ったのは五右衛門だが、その矛先を、
カキン。
剛力は大太刀で跳ね上げ、次の瞬間。
ザシュン。
一振りで鎧ごと五右衛門を両断する。恐ろしいまでの剛の剣だ。騎馬から、ずり落ちる五右衛門。
「うおおおーっ!」
再び、敵陣から大歓声があがった。
「秋山殿に続け!」
勢いを得た大友軍が、多勢の黒田軍に襲いかかる。数では圧倒的に不利な大友軍だが、
「行けええぇーっ」
勢いに乗じて、一気呵成に攻め込んできた。
戦いは数だけでは決まらない。勢いという魔物が、味方した側が勝つのだ。その時、
「倅よ、秋山剛力を討て」
父、新免無二斎が、俺に命じる。
「おう!」
と、俺は槍を突き出し、敵陣の中へと駆け出す。乱戦の中で剛力を探し、見つけると、俺は槍を投げつけた。
ヒュウゥゥーン。
槍は勢いよく飛んだが、剛力は、
ササッ、
と、身を翻してアッサリと避ける。
「離れて槍を投げるとはな、卑怯な小僧だ」
剛力は嘲るように笑ったが、俺は助走をつけて地面を一回転、転がりながら、大きな石を掴んで投げつけた。
ガゴン!
剛力の頭部を直撃する石。不意の投石に意表を突かれたのだろう。
「いっ、痛たたぁ」
よろける剛力。頭が割れのか、額から血が流れていた。そのまま俺は、巨漢の剛力に飛びかかり、組み付く。
「この、小童が」
剛力は、やや体勢を崩し、この機を逃さず俺は、足を払って投げ技を出した。
「ぐあっ、小僧が」
地面に転がる剛力を、俺は必死に押さえ込み、短刀で首筋を掻っ切った。
ブシャアアァァァッ。
噴き上がる鮮血。
「ぐっ、ぐがあぁっ」
断末魔をあげた秋山剛力は、大量の血を流して絶命したようだ。
「秋山剛力、討ち取ったり!」
俺は叫んだ。この雄叫びで、敵陣には動揺が走る。
ここで東軍・黒田如水の軍勢は総攻撃にでた。こうなれば多勢に無勢である。
事後、大友軍は総崩れとなり、敗走した大友義統は自刃を決意したが、家臣に説得されて降伏したらしい。
これと時を同じくして、本州の関ヶ原でも、東軍の徳川家康が西軍の石田三成に勝利していたという。