第二話 地の巻 石垣原の戦い
1600年。天下分け目の関が原の合戦。この戦いに連動して、Q州の各地でも激戦が繰り広げられていた。
この時、俺の父である新免無二斎は、Q州の黒田如水の家臣になっていて、父と俺は、東軍・黒田如水の陣に従軍する。
俺の父、無二斎は兵法家だ。当然、俺は幼い頃から武芸を叩き込まれたのだが、文武両道を信条とする父からは、学問も教えられる。
「兵法家は、学問を知らねば役に立たず、武芸で劣れば戦場で死ぬ」
と、常日頃から父は口うるさく言っていた。
この年の九月九日。西軍に加わった大友義統が肥後国(現在の大分県)に上陸。没収されていた旧領を回復するために旧家臣を集結させ、破竹の勢いでQ州を席巻した。
この大友義統に対抗するために、黒田如水が進軍する。その陣中で父は、初陣の俺に戦場の心構えを、こう教えた。
「戦場では、あらゆる状況に対応できるよう、準備を怠らないことだ。そして、いかなる状況に遭遇しても、常に最善の選択をすることが肝要である」
また、父の教えには以下のようなことがあった。
・正しいことを考え邪心を持たないこと。
・物事は頭の中で考えるだけではなく、実生活の中で試行錯誤すること。
・兵法以外の事にも興味を持ち、他人の職についても良く知ること。
・物事の損得にも熟考し、その本質を見分けること。
・小さな事にも注意を怠らず、無駄なことはしないこと。
そして九月十三日。豊後速見郡石垣原(現在の大分県別府市)で、東西両軍が激突した。石垣原の戦いの始まりである。
ババババババアーンッ。
まず、両陣営から鉄砲が放たれた。轟音が響き、煙と硝煙の匂いが辺りを包む。
「うあっ」
「あがっ」
短い悲鳴の後、前方の兵士の何人かが倒れ、その次の瞬間、武将・久野次左衛門が号令を発した。
「皆の者、かかれーっ!」
勇猛果敢な次左衛門は、真っ先に敵陣に向かい、騎馬を奔らせ一直線に突撃する。それに続く徒歩の兵卒。
「うおおおーっ!」
「いやああーっ!」
雄叫びをあげ疾駆する黒田軍。父の無二斎も俺の背中を叩いて、
「行くぞ、倅よ」
と、走り出し、俺は父の背中を追うように、槍を構えて後に続いた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒューン。
矢が雨のように降り落ちてくる戦場。両軍の兵士が激突する。
ガチン、ガゴ、ガチンッ。
刃と刃が打ち合う音が響き、
「おりゃあーっ」
「うぎあぁーっ」
「うがっ、がぁ」
怒声と悲鳴、断末魔。人が倒れ鮮血が飛び散る。俺の視界には全面、地獄絵図が広がっていた。
「こ、これが合戦」
とんでもない恐怖だ。幼い頃から武芸を叩き込まれた俺でさえ、戦慄に足が震える。
この石垣原の戦いでは、東軍・黒田如水の軍勢は一万。対する西軍・大友義統の軍勢は、わずか二千であった。
数では圧倒的な差があったのだが、領地回復という悲願のある大友軍の士気は高い。大友軍は多勢の黒田軍を相手に、一歩も引かなかった。