第一話 枯木鳴鵙図
枯木鳴鵙。俺は美作国(岡山県東部)の宮本村で生まれ、この村で育った。
ある冬の日のこと、細い枯れ木の先に、一羽の野鳥が止まっているのを見つける。その鳥はモズだ。小さいながらに鋭いカギ状の嘴を持ち、捕食を狙う視線で辺りを見回していた。
冷たい空気と張り詰めた緊張感。
モズは小型の鳥で、鷹や鷲のように力を誇示する大型の猛禽類ではない。そして、このモズが止まっている場所は、細い枯れ木。
「あのモズは俺だ」
そう思ったが、よく見ると、モズの止まっている枯れ木の下方には、一匹の虫が這っていた。
「いや俺は、あの虫だ。モズが、その気になれば一口で喰われてしまう」
その翌日。村に新当流の有馬喜兵衛と名乗る男が流れてきた。どうやら有馬は、俺の父との試合を望んでいるらしい。
父は兵法者であり、一応は近隣に名の知れた存在であった。だから時々、こうして挑戦者が現れる。
「父上、兵法者が村外れに高札を立てているようです」
その時、父は家の中で筆をとり、写本の最中であったが、チラッと、俺の方を見て、
「地主殿に借りた本の写しが、もうすぐ終わる。少し待てと、その者に伝えてくれ」
そう言って父は、また顔を下ろし写本を始めた。
その後、俺が村外れに向かうと、すでに見物の村人が十数人、集まっていてる。その中心で有馬が、父の登場を待っていた。
「おっ、倅が来たぞ」
村人の一人が言うと、有馬は俺の顔を見て、
「御父上は、どうした?」
「少し、用がありまして」
有馬は鼻で笑いながら、
「臆病風にでも吹かれたのか」
その言葉に腹が立った俺は、やや荒い口調で、
「まずは私が、お相手します」
「ハハハッ、小僧が何を言う」
有馬は俺を睨みつけながら、木刀を片手に近づいて来る。
「相手をすると言っても、お前は素手ではないか。痛い目を、みたいのか?」
だが、俺は間髪入れずに、素手のまま有馬に組み付き、
「おりあっ!」
と、背負投で地面に叩きつけた。
「うがっ、な、何をするガキが」
「うるさい、これが俺の武芸だ」
さらに俺は、絞め技で有馬の首を取り、絞め落として気絶させる。だが、殺すことはしなかった。
その夜、俺は父から、こっ酷く怒られる。
「なぜ、そのような勝手なことをするんだ」
「父上が、相手をするような者ではなくて」
「馬鹿者が、そういう問題ではないだろう」
しかし急に、父は言葉を止めて、刀を手に取り立ち上がった。
「まあ、いい。付いて来なさい」
そして、家の外に出る父の後ろを付いていくと、月明かりの下、家の裏手でしゃがみ込み、どうやら放火しようとしている有馬喜兵衛の姿があった。
「倅よ、よく見ろ。気位だけが高い兵法者に恥をかかせると、こういう事を、やらかすのだよ」
その父の声に、振り向いた有馬は驚愕していたが、父は無言のまま刀を抜き放ち、
ズバッ。
問答無用で一刀両断に斬り殺した。そして静かな声で、こう言葉を続ける。
「まあ、だいたい、兵法家などいうものは、こんなものだ」
この時、俺は、父が人を斬るのを初めて見た。