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第3話「ドラゴンは絶対に地球上の生物じゃねぇ!」

 玲司がまだ農耕技術の確立に四苦八苦していた頃。人類集団の中に戻ってきたことで、リーエマの素質が発揮されはじめていた。


「は? ウサギを捕まえる罠の作り方がわからないですって? あんたバカなのね! いいわ! この魔皇リーエマ様が教えてあげるわ! 喜びにむせび泣きなさい! ん? あれ? ここどうやって……ちょっと奴隷! このバカに知識を伝える権利をあげるわ!」

「うへぇ! ありがとうございますリーエマ様ぁ!」


「ちょっと何よこの勾玉! この村の細工職人の腕も落ちたわね! 私がいけに……池に遊びに行った時はもっと出来のいい物を持たせてくれたわよ! はぁ? 翡翠に穴があけられないぃ? その洞窟の下にでも置いときなさい! そうその辺! ほんの100年もすれば水滴できれいに穴が開くわ!」

「さすがですわリーエマ様! そんな未来を描けるなんて!」


「リーエマ様! 遊ぼうぜ!」

「はぁ? 嫌よ! なんでこの私があんた達みたいなガキと遊ばないといけないのよ! 遊んでる暇あったらほら、カゴもってきなさい! それじゃダメ! もっと目が細かいやつ! そうそのくらい! はい、そのカゴの中に土を入れて。いいからやるの! そう、それでいいのよ。そうして小石を取り除いていくのよ。それを何十回もやったら土に水を含ませて今日は解散よ。また明日に来てちょうだい。最高の泥団子を見せてあげるわ!」


 そう、彼女は何故か。何故かとてつもなく村人に信頼されるのだ。どうしようもなくへっぽこで、意味のあることをやらせようにも高確率で失敗してしまうというのに、それでも村人は彼女に無尽蔵の神聖を期待し、無尽蔵の敬愛をよせるのだ。

 食べ物が少なく飢える年にも、誰も彼女の食べ物に手をつけようとせず、それどころか彼女に率先して食べ物を分け与える。それが玲司からは天性のカリスマ、天性の指導者の資質に思えた。

 そして玲司が農耕を確立すると同時に彼女による統治がはじまりはしたものの、それもまた順風満帆というわけではなかった。この時、国は大きな問題を抱えていたのだ。


「魔皇様。今年もそろそろ……」

「はぁ……ほんと、頭が重くなるわね。オロチへの対応は」


 オロチ。それは、阿蘇の火山に住む竜の名称だった。


「まさか本当にドラゴンが居るとはなぁ。最初はなにかのメタファーだと思ってたのに」

「はぁ? 当然でしょ。居ないならそもそもなんで私が生け贄にされなきゃならなかったの?」

「いや、最初はそういう風習かと思って……というか、マスターの時と同様生け贄を差し出せばいいのでは? この国の人口もだいぶ増え……」

「ダメよ!」


 玲司の提案は国の神官らからもたびたび唱えられるものだった。だがそれをリーエマは一括で否定する。


「この国の民はその血の一滴に至るまですべてこの私魔皇リーエマの物よ! 民の笑顔も! 悲しみも! すべて私の物! 生け贄に差し出される子の悲しみ涙を含めて、クソデカ蛇風情にくれてやるものはなにもない!」


 そうは言うものの、供物を捧げない場合オロチはその暴力的な力で村々を焼き始めてしまう。そこで致し方なく毎年収穫された米を収めてきたのだが。


「あーもう! あったまに来た! 来なさい奴隷! オロチを討伐するわ!」

「おぉ、ついに……だが安心してくれ。そのために既に俺の方で軍を育ててきた」

「は? 奴隷の分際で何無駄なことしてくれてるわけ? オロチを相手に雑兵なんて何人いても無駄よ無駄! 信頼できるのはこの私自身とあんただけでしょ! さっさと準備なさい!」


 建寧29年。魔皇リーエマは一人の奴隷を携えてのオロチ討伐に向かう。そこは奇しくも二人の出会いにしてはじまりの山。かつて鬼界カルデラと呼ばれた大火山と繋がる阿蘇カルデラだった。ぐつぐつと燃え立つマグマ。その中から、巨大な翼を広げたドラゴン、オロチがその姿を見せる。


「ありえねぇ……」


 玲司は思わず呟いた。そう、そのオロチの生態は地球上の生物としてありえないのだ。地球上のすべての生物は炭素生物であり、これはおそらく銀河系にその範囲を広げてもそうだろう。炭素生命の体を構築するタンパク質は極めて熱に弱い。それがドラゴンの体内に怪獣図鑑で描かれるような火炎袋が存在しない証拠であり、ドラゴンが口内から火を吹けない理由だったはずだ。

 しかし、このオロチというドラゴンは火を吹く以前に火の中に住んでいる。マグマの温度は900℃~1100℃。炭素によって形成されるタンパク質は通常なら60℃以上で熱変性を引き起こし破壊されてしまう。温泉や海中の熱水噴出孔に住む好熱菌が独自の熱耐性変容を遂げた耐熱性の高い超好熱菌タンパク質構造をもってしてもその変性限界は148.5℃。最低900℃のマグマに耐えられるタンパク質構造を構築できる炭素生物は存在しえないのだ。

 それが可能であるというだけで、もはやオロチの防御力は他の生物とは比較にならない。この5000年で玲司が覚えた魔術のほとんどがおそらくこのオロチに通用しないだろう。当然ながら、製錬技術が玲司の知る現代鋼鉄に届くはずもない隕鉄剣の斬撃の効果も期待できない。

 その上相手は硬いだけではない。翼はハリボテではなく空を飛べるものであり、そしてあまつさえその口からは火を吹くのだ。口外からではなく、口内から。それはまさに、あのオロチの体内に昭和の怪獣図鑑でしか存在しなかった火炎袋が存在していることの証左でもある。もはや文字通り、怪獣と呼ぶしかない化け物。あらゆるモンスターを超越したキングオブオンスター、それこそがドラゴンなのだ。


「私こそが魔皇リーエマ! 邪魔台国の皇帝、魔皇リーエマよ!」


 しかしリーエマは震える玲司を無視してオロチに隕鉄剣を向ける。玲司は思った。知識は時として足を引っ張る。今この場でリーエマが強くあれる理由は、彼女がバカだからに他ならないのだ。


「ほう……今年は人間の皇帝自らが供物を捧げに参ったか。欣喜雀躍。よきことである。それで、どれだけの供物を差し出すか? 申してみよ」


 その声は大気を震わせ、絶対者としてのオーラを玲司に届けた。彼はリーエマに耳打ちする。


「マスター、なんて答えるんだ? 冷静に考えて勝てる相手じゃないぞ。ここは口約束でも……」

「バカめよ」

「は?」

「バカめと言いかえしてやりなさい。 いや、もう我慢できないわね私が言うわ! バーカ! バーカ! あんたみたいなクソデカ蛇はねぇ! そのうすらデカイだけの体でどんだけ戦えるのか確認した後で、神の国への引導を渡してあげるわ! バァァァカ! ベロベロバー!」


 地が、揺れる。それは間違いなく、オロチの怒りだった。この時。玲司は己が不老不死であることを忘れ、死を覚悟した。


「その尊大不遜なる物言い……思い出したぞ! 貴様、あの時私の元から逃げ出した生け贄の小娘だな!? それが自ら戻ってくるとは軽佻浮薄! その喉笛を切り裂き、輪廻転生が百億の昼と千億の夜を巡ろうとも二度と傲慢無礼ができぬよう、魂に烙印を押してくれよう!」

「意味わかんないし! 大和言葉で喋れよクソデカ蛇! ここは私の国だぞ!」

「自分の日本語力の無さを誇るなへっぽこがぁぁああ!」

「対牛弾琴な!」


 リーエマをドツキ漫才のツッコミさながらの体当たりで突き飛ばす玲司。直後、彼女が居た場所をオロチの口内から放たれた業火を炙る。一瞬で溶ける珪長質岩。それを構築する二酸化ケイ素の融点は1650℃である。


「……あれ? もしかしてヤバイ?」

「今それがわかるなんて魔皇様は賢いなぁ!」


 全力で障壁魔法を展開するリーエマと共にカルデラの中を逃げ回りながらも必死で魔法を乱射する玲司。炎魔法が通用しないのは当然として、雷魔法も無効。風魔法に至っては翼のはばたき1つで反射された。ならばと放った氷魔法も効果が見られない。


「ドラゴンが氷に弱いって言ったの誰だよタジリン伯爵! お客様の中にフェアリーはいらっしゃいませんか!?」

「私のこと? まぁ、私のかわいさは妖精級だけど」

「ならあいつにじゃれついてこいよ今すぐ!」


 どうにかなれとばかりに魔法の乱射を続ける玲司。それはまるで、劇場版でよく見られる青狸めいた慌てようだった。もちろんオロチにダメージが入ることはない。もはや為す術なしか、そう思われたその時。オロチがその場から飛び立った。


「……ん?」


 その表情には嫌悪感が見てとれる。まさか、今の魔法の中にあのオロチの弱点があったのか? 冷静に自分の行動を思い返し、ひとつの可能性に至った玲司は空中のオロチに向かって全力の水魔法を放つ。


「まさか、いや、案外見た目通りの炎タイプってことだったりして!?」


 が、その水流の直撃をオロチは避けもしなかった。あいつにとってはおそらく鳩に水鉄砲にもなっていないだろう。やはりそう簡単にはいかない。が、やはりオロチはなにかから逃げるように空中を移動する。


(水が弱点じゃないのか? なら、あいつの弱点はなんだ? 何故あいつはわざわざ俺達から離れていく?)


 周囲を注意深く観察した玲司はひとつの可能性に至る。オロチは水の直撃を避けなかったのではない。避けられなかったのだ。そう推理した玲司が水魔法を火口のマグマに向けて放たんと腕を構えた、その瞬間。


「やめろ!」


 空からオロチの声が響く。それはこれまでの威厳あるものではない。まさに自分の弱点を守るための懇願に思えた。そして、こういう弱いやつの声を決して聞き逃さないのが。


「ふーん……へぇ。へぇぇええ?」


 にやにやと笑うこのお方である。


「なんだかよくわかんないけど、形勢逆転って感じ?」

「らしいな」


 苦虫を噛み潰したような表情を見せるオロチ。強いものには弱いが弱いものには滅法強いのが魔皇リーエマである。ここから彼女の低レベルな語彙に基づく罵倒と蹂躙がはじまる。それを予期した玲司はリーエマの口を手で塞ぎ、オロチに叫んだ。


「取引しよう、オロチよ! その力と叡智を我が国に貸せ! 代わりに我が国は貴殿に我が国すべての稲穂のもみ殻を差し出そう!」

「……は? もみ殻ってつまり、白い米の周りの殻でしょ? 食べられないから脱穀するあれ。いやいや。さすがにゴミと交換でそれはいくらなんでもシャークトレードがすぎるっていうか私もドン引きの提案っていうかその」

「よかろう」

「まじぃ?」


 そして魔皇リーエマ率いる邪魔台国は、この世界で3番目の竜と契約を交わした国となった。これこそ、邪魔台国が躍進を遂げる第一歩だったのだ。

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