表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/24

第2章「農耕の始まりと帝国主義の目覚め」

 文明の隆盛を分けた判断。それが農耕の開始であったことは語るまでもない。農耕社会は単位面積あたりの食料産出量で狩猟採集社会を遥かに上回り、食料余剰は食料生産に従事する必要のない人々を誕生させた。政治と司る王族であり、対部族間の争いの先頭に立つ職業軍人であり、その争いに大義名分を与える聖職者である。

 こうして戦争という外交オプションが解禁された種族は、未だ狩猟採集に時間を費やしていた周辺部族を圧倒し、彼らを奴隷として労働人口を取り込むことによってさらに肥大化し、自分たちより発展度が一回り小さい農耕文明との戦争へと進んでいく。帝国主義のはじまりである。


 だが、世界ではじめて農耕をはじめた人間がそれだけの未来を想像していたとは考えにくい。何故なら、当時の農耕とは今の農耕とは比較にならないほど非効率な食料生産手段だったからだ。

 例えば、現在地球上で主要生産穀物となっている小麦は、1粒の麦から15~24粒の麦を生産することが可能だ。しかし、中世では1粒から生産できる麦の量はわずか3~4粒であり、これが農耕誕生の紀元前まで遡ると1~3粒という絶望的な量にまで少なくなる。原初の農業生産者とは社会に変革をもたらす革命家でも技術の最先端を走る学者でもなく、暇に溺れた物好きの変人でしかなかったのだ。


 このような物好きが後に世界を革新させたという例は科学の分野では枚挙にいとまがない。自動車、コンピューター、電話機、これらすべて試作第一号は誰も見向きもしないだろう役立たずだった。それらが後になって新しい役割を与えられ社会の根幹となっていった。

 よく科学分野で最新の研究発表が行われた際に無知な記者が「それは何の役に立つのですか?」と質問がなされるが、この質問者がいかに歴史を知らないかはもはや明白だ。よく言われる言葉に反して人類の歴史では、発明が必要を生んできたのだ。


 ところが原始の食料生産となると少し話が変わってくる。前述の通り、中世まで小麦の生産量は最大3倍だった。それは数千年の間、農業が非常に効率の悪い食料生産手段であり続けたことになる。狩猟採集社会を農耕社会へ変える理由は、存在しないのだ。

 なのに何故原始社会では農耕が主体となっていったのだろうか。その答えは、農耕せざるをえなくなったから、というのがおそらくの真実だ。

 18世紀の革命家、ウラジミール・レーニンは言った。人間は限界まで追い込まれるまで、決して既存の社会システムを変革しようなどとは思わない、と。原始社会の人々は、まさに限界まで追い詰められたのだ。


 魔皇リーエマが歴史上に登場した日本の弥生時代は、日本における農耕社会のはじまりだった。しかし近年の研究で、その前の縄文時代が非常に豊かで理想的な生活を送っていたという事実を聞いた読者も少なくないだろう。何故古代の日本の魔族は精神的充足が約束されていた縄文の狩猟採集社会を切り上げ、現代ブラック企業にも繋がる農耕社会へと変わっていったのだろうか。

 その原因が、九州の鬼界カルデラの大噴火に伴う地球寒冷化である。これは現在、縄文時代の貝塚を発掘した際に鬼界カルデラの噴火前と噴火後で発見される貝殻のサイズが大きく異なることからわかる。噴火後は貝の収穫量が減少し、それまでは海に戻していたまだ小さい貝ですら食べざるをえなくなっていたのだ。そしていつのまにか、農耕が狩猟よりも確実で効率的な食料生産手段に切り替わってしまった。


 これと同様の変化がヨーロッパのヒューリンやアジアに進出したドワーフにも現れていた。彼らはその土地に現存していた野生動物を狩り尽くしてしまったのだ。これを殺戮仮説と呼ぶ。

 もちろんその背景には地球全土を寒冷化させた鬼界カルデラの噴火などの自然要因もあっただろうが、今に至る種族の文化を見るとこの殺戮仮説の信憑性が感じられるだろう。

 エルフは森を愛し、マーマンは海を愛する。これら2つの種族は今でも自然保護の意識が非常に強い。だがドワーフには鉱石を掘るイメージは強いが自然と融和するイメージはあまりなく、ヒューリンと魔族は逆に自然を破壊するようなイメージすらある。こうした種族のステレオタイプは偏見と言われることも多いが、少なからず彼らの初期文化を知る上で大きなヒントとなる可能性がある。

 そしてこれこそ、17世紀に魔皇リーエマの森焼きで知られた時、ニューギニアエルフが地球上で最も文明的に遅れていたことに繋がる。つまり彼らは森を愛し自然の守護者となったが故、未来を想像せず原生生物を絶滅させるような過剰食料生産と人口の増大化を回避してしまい、農耕に進めず帝国主義の道を閉ざし、後の虐殺を招いてしまったのだ。これはある意味、現代の環境保護ムーブメントに対する痛烈な批判かもしれない。


 帝国主義は大航海時代以降のアフリカドワーフの奴隷貿易とあわせて人道的な悪として批難されがちだが、この社会が科学の発展に与えた影響は極めて大きい。科学は時として、一人の天才の誕生により爆発的な進歩を遂げる。アルキメデス、ニュートン、エジソン、アインシュタイン。彼らの誕生こそ文明の未来を切り開く鍵だった。

 そんな彼らの誕生が偶然だったとしても、そんな天才が生まれる確率を高めることはできる。それこそ、人口の増大化である。近年の日本でソーシャルゲームを遊ぶ読者には実感が湧くかもしれない。最高レアを引き当てるために必要なのは日々の善行でも奇抜な儀式でもない。課金による試行回数の追加である。


 一方、神に見捨てられたダイノサウロイド達はエルフやマーマンとは違う理由で農耕社会に進むことができなかった。それが、南米アマゾンの熱帯雨林で独自の進化を遂げた植物型モンスターの影響である。トレント、マンドラゴラ、アルラウネ、ドリアード。これらはすべて南米アマゾン起源のモンスターである。

 一説には彼らの誕生はエイリアンによる遺伝子研究の産物ではないかとする論が語られることがあるが、現在の植物学者達はこれを実証も否定もできていない。だが、もしもこの説が真であるなら、エイリアンによって導かれたダイノサウロイド達はエイリアンによって追い詰められたとも言えるかもしれない。

 この植物モンスター達は7つの人類種のように言語を発達させ文明を築くことこそできなかったが、植物達を自身の同胞と捉え人間をはじめとするその他の動物から守護するような動きを見せ始めた。そんな彼らにとって農耕とは、自分達の同胞を奴隷化し労働に従事させた挙げ句、最後には家族すべてを食われてしまうという非道に見えたことは想像に難くない。

 そんな彼らが自分たちの居住範囲のすぐ南に居た南米ダイノサウロイドは、農耕をはじめようにもはじめることができなかった。しかし、彼らもまた他の文明同様の食糧難には悩まされる。そして彼らは、文明が食料生産をまかないきれないのなら、文明の規模を縮小させればいいという結論に進んだ。こうしてマヤアステカに熱狂的な生け贄の風習が生まれたのだ。


 生け贄の風習と同時にダイノサウロイド達にとって最終的な問題となってしまったのがジャガー信仰だった。蒸気機関と電力の誕生以前、人類にとって家畜とは食料供給源であると同時に動力源でもあった。牛で畑を耕したり、馬を運送に使用したり、水車とあわせて粉をひくためにも使用していた。

 ところが食糧難のダイノサウロイドはこれら大型哺乳類を食料にせざるをえなかった。彼らにとってジャガーをはじめとした大型哺乳類はまさに文明の生命線とも言える貴重なタンパク質供給源であり、そこから派生したジャガー信仰はジャガー戦士に代表されるように彼らの強さを賛美する。これが牧畜をはじめ、大型哺乳類を飼育し文明の道具に貶めていくという思考を完全に否定してしまったのだ。


 最後にアフリカドワーフだが、彼らの事情はさらに厳しい。彼らの住むアフリカの土壌と気候は穀物生産と絶望的に相性が悪く、この地域に農耕に適した植物が生まれることもなかった。

 同時多発的に世界各地で生まれた物好き達が農耕技術の研究を行う中、アフリカドワーフの物好きだけが農耕技術を実用化できなかった理由。それは彼らの技術力が劣るからでも。ガチャで天才を排出するだけの人口が足りなかったからでもない。彼らの研究が成功する確率は文字通りの0%であり、そこには小数点以下の確率での成功もありえなかったのだ。


 こうして1万3千年前に理想的なスタートダッシュをきったアフリカドワーフ、オセアニアエルフ、中南米ダイノサウロイドはそれぞれの理由で農耕のはじまりというビッグウェーブに乗れず、後の帝国主義に進むこともできなかった。結果彼らは皆大航海時代以降の植民地主義の中で奴隷として扱われるという辛苦を舐めさせられたのだ。

 さて。ここまでは人類史を学んだ読者の中には当たり前の話だと自身の知識の復習のみに留まった方も居たことだろう。ここからが本書の主題である。魔皇リーエマ率いる魔族が世界の覇者となった3つの要因、竜・呪い・オリハルコン。魔獣が地を闊歩する前に前衛の剣士が切り込み後衛の魔術師が強力無慈悲な攻撃魔法を行使するこの世界で、最終的なゲームを決定付けた偶然という必然に迫っていこう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ