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第2話「俺がいつ彼女の奴隷であることを認めるに至ったかは記憶が曖昧だ」

 見るなのタブー。それは世界各地の神話に見られるお約束であり、神による優しさである。決して開けてはいけない玉手箱とパンドラの箱。決して振り返ってはいけない黄泉平坂とソドムとゴモラの街。最終的にその約束は愚かな人間によって破られ悲惨な結末を迎えることから、これらは一見神による嫌がらせのように思えてしまう。

 だが神はそもそも約束さえ守れば助けてくれると言っているわけであるし、その過程で非常に大きな譲歩を見せている。神の側から見れば見るなのタブーとは「どうせお前らクソ雑魚はこういう好奇心に勝てないんだろ?」という上から目線の嫌がらせではなく「私も同僚の目があるから一応言い訳として無理難題っぽいこというけど、できれば最後まで約束守ってね」という心弱き者への願いなのだ。それは、最後に希望が残されていたパンドラの箱からも明白である。

 玲司に謎の箱を渡したハイテンション女神もそれは同じだった。しかもこの女神の場合、120%の善意である。彼女は玲司が将来感じるだろう絶望を予期していたのだ。


「世界には知るべきでなかったと思う秘密が無数にあります。その筆頭こそ、人間の愚かさに他なりません。あなたのような合理的に物を考えられる人間がどれだけ稀少か。実際に私は今までに何度もたった一度の願いとして人間の一杯の水を与えてきた。それだけ人間は想像力に欠落し、その瞬間の場当たり的判断を選んでしまうのです。そしてその最たるが暴力であり戦争でもある。おそらく神になったあなたが選ぶのは、ニューゲームでもゲームオーバーでもない。人類抹殺です。それはあなたにとっても、人類にとっても望ましくない。だから……」


 私が少年に渡した箱の中身。それは、転生者個人に与えられるチートではなく、世界に対するチートである。すなわち、彼の絶望と人類抹殺の原因となる人間の愚かさという世界の根源に対するチート改造。それは転生の女神の領分を超越した許されざる越権行為だ。

 だから私は、それを少年に説明できなかった。「決して開けるな」とはすなわち「振り」である。神である自分たちと比較すればダチョウ程度の脳みそサイズしか持たない人間にもわかるような振りだ。

 その箱を開けた瞬間、世界は部分的に書き換えられる。そのタイミングで現存し、さらに未来永劫に渡って続く子孫たちに至るまでのすべての人類は、箱を開けた個人を敬愛し、邪な感情を抱くことがないように改造される。そしてあの少年は、人間の愚かさを知ることもなく好奇心を追い続け、いつかは理想的な神となる日を迎えるのだろう。

 だが万に一つの可能性がある。それは、「開けるな」という振りがそのままの意味で捉えられてしまうこと。事実、あの少年は賢い。神話における見るなのタブーを知っていたし、そこでこちらに中身を問うこともなかった。本当にあの少年には箱を開けずに封印する可能性があった。

 そこで私は箱にもう1つ細工を施した。匂いである。たとえ常軌を逸した自律性を持って感情を制御したとしても、人間には抗えない2つの欲望がある。睡眠欲と食欲である。ここに性欲を加えたものが三大欲求としてよく知られているが、この2つに比べれば性欲はまだ制御可能だ。

 睡眠衝動と空腹に関しては制御しつづけば人間はおかしくなり死んでしまう。空腹で死んだ人間は多く、11日以上の睡魔を耐えられた人間は存在しないが、オナ禁は思春期の健全な男女ですら1ヶ月は可能だろう。私なら3日だ。

 不老不死チートを与えられたとはいえ、手ぶらで異世界に放り出されたあの少年は確実に数日で空腹に襲われる。その時、箱の中から香る食欲に気付く。そして、私の救いに気付いてくれる。


「いやぁ! いいことすると気持ちいいなぁ! 今日の仕事終わったら飼育してるセフレをめちゃくちゃにしてやりましょう! そうしよう! ゴッド・エクスタシー!」


 一方その頃。


「ほらぁ言わんこっちゃない! バカでしょ!? あなたバカよね!?」


 火山を降りた玲司は未知のキノコに当たっていた。


「いや……問題ない。これは未来への先行投資だから……うげぉっ!」

「きたなっ!」


 玲司はこの世界で最初に成すべきが食料の確保であることを理解していた。しかし、この世界は確かに過去の地球とよく似た形こそしているが生態系は完全な異世界である。それは先ほどようやく自らの名がリーエマであると明かしてくれるまで警戒心を下げてくれた少女の頭に角のような部位が存在していることからも明白だ。おそらく彼女は、魔族というやつなのだろう。

 当然だがこの世界でスマホは使用できないし、それ以前に玲司には使用可能な魔法もなく、先ほど拾ったいい感じのひのきの棒では野犬にすらかなわない。だが知識は自ら得れば良いし、レベルは上げればいい。自分は死なないし、痛覚も都合よくシャットダウンできるのだからなんでもやってみればいいだけだ。

 故に毒キノコかもしれないと理解していようが関係なく食う。仮にそれが毒キノコだったのならばむしろ幸運である。何故なら、それが毒キノコであるという確実な知識を得ることができるのだから。これは、食べて何事もなかった時よりも得だ。科学の進歩、それは常に失敗がもたらすのだから。


「ねぇ、お腹すいたんだけど」

「食うものは持ってない。その辺のなんか食え」

「あんたみたいなバカといっしょにしないでくれますぅ!? おなかすいた! おーなーかーすーいーたー!」

「うるせぇへっぽこ! 霞食わすぞ!」


 ここに至るまで玲司は何度も毒を引いているが、同時に食欲そのものは満たせている。一方のリーエマは空腹のままだ。彼女は狩猟採集の民にあるまじきのろまであり、野ウサギにすら翻弄される始末。おそらく彼女が生け贄に選ばれたのはくじ引きの結果ではない。彼女が部族の中で最も役立たずだったからだ。


「つーか、頭の傷もう治ってんのな」

「は? ……あ」


 リーエマは自らの額を触り、その手が血で汚れないことを確認して数秒呆けた後でその中途半端に大きな胸を張った。


「と、当然よ! 私は魔族最強で……そ、そう! 不老不死なのよ!」

「へぇ、まぁ俺も不老不死だけど。魔族ってすげぇな」

「魔族じゃなくて私がすごいの!」

「はいはい」


 玲司はこの時既にリーエマが適当なことを言う人間だと理解していたが、少なくとも彼女が不老不死であることは事実のようだ。それは玲司ほど強力で即効性があり、かつ、任意に痛覚を遮断できるような便利さは持たないようだったが、少なくとも本物の不老不死であるらしいことは頭を打って致命傷を受け一度呼吸が止まった状態から蘇生したことからわかる。ただし、死んでから蘇ると何故か所持金が半分になる。


(ゲームみてぇだな。まぁ、こいつはへっぽこで情けない魔族だが)


 そう冷静に見下す玲司の下でリーエマは両手両足をじたばたさせる。


「ごーはーん! ごーはーん!」

「やっぱ縛ったままにしておくべきだったか……?」

「そういうプレイ!? この変態!」

「うるせぇこちとら思春期真っ最中だ! そんな胸してる方が悪い!」

「野獣! 野獣!」


 クソデカため息を挟んでその胸から目を逸らすように横を向き頭をかいた玲司は自らの煩悩を意志を持って打ち消し、仕方ないなといい感じのひのきの棒を手に取る。


「なんか食えるもの取ってくるから。待ってろ」

「ちょっぱやで!」


 こうして森に入った玲司が文字通りの死ぬ思いで(事実2回死んでいる)鹿めいた生き物を倒しその肉を持ち帰ると。


「ふぁ? ふぉふぁふぇり!」


 そこには女神から絶対に開けるなと念を押された箱を開け、中に入っていた手作り弁当めいたもの(かろうじて残されていたタコさんウィンナーからの予想)を頬張る欲張りリスが存在した。


「口に物含んだまま喋るなよ……」


 ため息をつく玲司の目が箱に行く。絶対に開けるなと言われた箱。それを勝手に開け、中の物を食べてしまったこのへっぽこを相手にまず真っ先にかけるべき言葉、それは。


「大丈夫か? なんか腹痛くなったりしなかったか?」


 純粋な心配だった。


「ん……大丈夫! なによあんた! こんな食べ物持ってたならわけなさいよね!」

「それはすまなかった」


 そして純粋な謝罪が出る。


「ふぁー……食べたらなんか眠くなってきた……おやすみぃ……」


 気が緩んでしまったのか、だらしなく腹をだして眠りはじめるリーエマ。衣服の下からは彼女の豊満な下乳が見えている。性格とステータスこそへっぽこだが見た目だけは美少女である彼女のそんな無防備な痴態を前に玲司は。


「……風邪引くなよ」


 純粋な善意で優しく彼女に自分の羽織を貸し与えた。


 翌日、目覚めたリーエマに朝食として鹿肉の燻製を差し出した玲司は、彼女とこれからの展望を相談しはじめる。


「俺達お互いに不老不死だよな」

「え? そうなの?」

「いやお前が言ったんだろ。自分は不老不死だって」

「……あ、あーあー! そ、そう! そうだったわね! そ、それで?」


 玲司はこのへっぽこに物忘れをしがちな悪癖があることを思い返し、今後はそういうところも支えていかねばならないなと誓った後で。


「ならまずは、自分たちの力と知識を伸ばすことからはじめようぜ。仮に村に戻ったって、生け贄のお前が帰ってきたら俺含めてフルボッコだろ? せめてそこで返り討ちにできるくらいまでは強くならないとな」

「……確かに。時間ならあるんだしね。どのくらい鍛えるの?」

「そうだな。とりあえず、5000年くらい頑張ってみるか」

「はぁ!? 死ぬでしょ寿命で!」

「不老不死だから死なないだろ。ほら行くぞ」


 それから1年後。


「レイジ! やったわ! はじめて自力で野ウサギが狩れたわ!」

「すごいじゃないかリーエマ! ならその肉もこの鹿鍋に入れてくれ!」


 10年後。


「レイ! あんたは右から!」

「タイミングは任せるぞリリィ! あの狼で群れの最後だ!」


 100年後。


「下がりなさい奴隷! 魔力を叩きつけるわ!」

「了解した! あれだけのマンモスだ! 手加減するなよマスター!」


 二人の成長は決して早かったわけではない。むしろ、遅すぎたと言ってもいいほどに、二人には戦いの素質がなかった。だが無限の時間は二人を世代最強へと一歩一歩近づけていく。

 リーエマはしばらくの間、自分がまったく老いないことに疑問を覚えていたが、50年もした頃にはむしろそれが当たり前で、自分は最初から不老不死だったのだと確信していた。そこからさらに100年、500年、1000年と経つにつれ、自分は天壌無窮の幸運の星の元に生まれた最強の存在だと疑うことはなくなり、やがて彼女は自らが魔族の王、魔王として生まれたという秘密を自分の奴隷に打ち明けた。奴隷はそれを驚くこともなく受け入れたが、その上で彼女にさらなる先を求める。


「いや……マスターには王では足りないな。キングの上、皇帝エンペラー……あなたは魔王になるべくして生まれたがそれに甘んじるべきではない。あなたは、世界初の『魔皇』となるにふさわしい存在だ」


 そう、彼女ならそれができる。たとえへっぽこだとしても、彼女にはどんな時でも笑顔を絶やさない天壌無窮の明るさがある。それは天賦の才に他ならない。自分が彼女を支え続ける限り、彼女は間違いなく、魔皇と呼ばれ全世界の人類に愛される存在になれるだろう。こうして世界の片隅で、奴隷制を敷く人口たった二人の大帝国が産声をあげた。


 部族の落ちこぼれとして生け贄に選ばれた日から5300年。いつのまにか会得していた不老不死により本来の劣った才能を暴力的なレベリングで埋めた魔皇リーエマはついに自身の故郷へと帰還を果たす。そこには既に彼女を知る者など残っていない。そして、かつてのリーエマが知っていた豊かな村も残されていなかった。


「は? 食べ物がない? 何言ってんのよ。貝がないならマンモスを狩ればいいじゃない」

「マスター。思い出して欲しいんだが、俺達が最後にマンモスを狩ったの、いつだ?」

「そういや最近みないわね。どこいったのかしら?」


 鬼界カルデラ噴火に伴う気候異常と食糧不足。魔皇リーエマとその奴隷である玲司がそれに喘ぐことがなかった理由は、暴力的なレベリングを背景とした二人の狩猟技術の高さと、最悪その辺の草食っても死ぬことがないという不老不死の副産物の毒耐性だった。豊かな日本で2万年の楽園生活を満喫していた縄文文明は、この時もはや虫の息だったのだ。


「村の人数、57人……これだけの人口を安定して養うためにはもはや狩猟採集じゃダメだな」

「どうすんの?」

「農耕をはじめよう」

「は? なにそれ」


 ここではじめて、玲司の転生者としての知識が役立つ。彼はこの世界で唯一の明確な未来を予測した上で農耕を開始した人間となった。


 玲司による水田農業はすべてが順調に進んだわけではない。広く浅い知識しか持たず実際の農作業経験のなかった玲司の最初の数十年は失敗の連続だった。

 ある年の夏、ようやくうまくいきかけたと胸を撫で下ろしかけたその時、九州を台風が襲った。こうしてその年の収穫もゼロに終わった時、村の人々は心の折れかかっていた玲司を指差しては口々に彼を物好きのバカだと嘲笑った。だが。


「未来を想像できないやつが、嘲笑うなっ!」


 村の中にリーエマの一括が響く。


「マス……リーエマ?」

「こいつは……この者は私の自慢の奴隷にして、我が帝国唯一の民である! この者が望むのが我が帝国の繁栄のみにあらず! 愚鈍なる貴様らの未来もまた救おうなどとのたまう底なしの馬鹿者だ! そのバカをバカと言っていいのは私だけだバーカ!」


 玲司の目から、思わず涙がこぼれた。自分には無理だと諦めるには至らずとも、失敗が重なった時にどうしても人間は悲観的になってしまう。そんな弱った心にもっと染み渡るもの。それは、ただ無条件に自分を信じ肯定してくれる他人の言葉と、そして。


「ほら、食べなさいよ。あんたが土遊びをしてる間にこの私が苦労して捕まえてきた鹿の鍋よ。まったく。なんで鹿って私の魔力の直撃を耐えられないのかしら。肉を残したまま捕らえるの、すごい大変なんだからね。感謝しなさいよ。ほら、リーエマ様ありがとうございますって言って食べなさい」


 温かいスープだった。


「うっ……うぅ……あぁ……うわぁぁああ!」

「はぁっ!? ちょっ、何泣き出してんのよ!? 礼を言えって言ってんの! お礼!」

「リーエマ、さま……うっ……ありがとう……ありがとうございますぅ……!」

「ふふん。そうよ、それでいいのよ。それで、美味しい?」

「塩加減最悪」

「死ねっ!」


 魔皇リーエマはあいもかわらずへっぽこであった。それでも玲司にとって、いついかなる時でもどこまでもアホで明るいその笑顔は、まさに太陽の神と呼ぶべき存在だった。


 そして玲司が土遊びをはじめて40年。小規模な成功が数十年にわたって続いたこの年、ついに彼の努力は大豊作という成果を迎えた。この時、島国日本で水田農業が開始されたのだ。


「ごはん、おいしー! 流石ね奴隷! いや、これはそんな奴隷を見捨てなかった私の成果だし、なんならこうやって米が実ることそのものが私の力に間違いないわね! これこそまさしく天壌無窮! この国に豊かな稲穂が実り続けることを私が約束するわ!」


 時は西暦167年。この年を魔皇リーエマは自らのはじまりと定め、建寧元年で1世紀とした。そしてこの3年後。人口180万人まで拡大した村を邪魔台国と名付け、リーエマはその魔皇として君臨するに至ったのだ。

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