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第1話「異世界で最初に出会ったのは生け贄にされかかっていたへっぽこだった」

 2025年、東京。都立高校に入学したばかりの近藤玲司の趣味は勉強であった。そう聞いて読者は彼が真面目で融通のきかないガリ勉か、学歴社会に迎合する哀れな受験生であると考えるかもしれないがそうではない。彼が勉強する理由は、誰もが経験しただろう厨二病的妄想のためである。2年前に中学2年生を終えた彼は未だ厨二まっさかりだ。

 では、何故厨二妄想のために勉強が必要なのだろうか。それを説明するため、以下の2つのセリフを比較してみてほしい。


「インフィニティダイアモンドコキュートス! お前は凍りついて死ぬ!」

「凍結とは単に熱の場所を変えるにすぎない。お前の皮膚を境界に、片一方の温度を高め、もう片方の温度を下げる。これに魔力は必要ない。俺の魔法、マクスウェルの悪魔は一切の労力なくお前を凍結させるのだ」


 方やなんとなく耳触りのよい英単語を並べただけで、方や科学的理屈をもってロジカルに力を説明している。そのどちらが厨二心を刺激するかは言うまでもないだろう。勉学によって会得される知識とは、世界の見え方を革新させる深淵なる銀の鍵だ。

 彼は決して良い大学に入って安定した仕事に就くために勉強をしているわけではない。サブスクサービスでほぼ無尽蔵に動画作品を楽しめるご時世で自身の幸せを最大化するため、よりリアルで説得力のある厨二的妄想を楽しむために勉強をしているのだ。

 だから彼は歴史、科学、数学、言語と学ぶ中身を選ばない。それと同時に、深く学びすぎることもない。彼はマクスウェルの悪魔にまつわる熱力学の法則の歴史と最新の研究がこのパラドックスを打ち破ったことを知っているが、昨日のテストで出た熱力学の方程式を埋めることはできなかった。その数式を覚えることは、彼の目的である「より世界を楽しむこと」に対して非効率的なのだ。もしその数式が将来必要になったとしても、検索すればすぐに知ることができるし、マクスウェルの悪魔のエピソードを知っていればその数式の意味もまた理解できるだろう。

 故にひたすら本を読み漁り、寝る前も解説動画を垂れ流して知識の蒐集に励む。そんな彼は豊富な知識を持ってはいるが成績は中の下であった。

 そう聞くと一転彼が話してとても楽しい友人になってくれる人物だと感じられるかもしれない。自身が彼と同じ勉強オタクになるかどうかは別として。


「何度見ても最高のシーンだな。このドラゴンのブレス前演出が特に!」


 彼が電車内で見ていたのは流行りの異世界冒険アニメだった。そのアニメの中で主人公一行を襲ったドラゴンは、ブレスを吐く前にカチカチと歯を鳴らしていた。これは非常に合理的でリアルな演出である。

 地球上には現在3000万種の生物がいると言われているが、その中に火を吹く生物は存在しない。ミイデラゴミムシと呼ばれる昆虫は尻から炎にも感じられる強烈な高熱を放つが、これは体内で生成した2つの化学物質が同時に放たれることで体外にて化学反応を起こし炎のような高熱を生み出すにすぎない。昭和の怪獣図鑑に描かれたような火炎袋を体内に持ち、直接口から火を吹く生物は見つかっていないし、おそらくこれから先も地球上では発見されないと言い切れる。

 その理由は、すべての生物が炭素起源のタンパク質構造を持つためだ。タンパク質は熱に弱く、炎は熱を伴う。つまり、炎を攻撃手段にしようにしもそれはまず真っ先に自分の体を崩壊させてしまうということになる。

 ここから逆算し、ファンタジーのドラゴンが炎を吐く方法を考えた場合、それはミイデラゴミムシに近い手段を用いることになる。つまり、体外での着火である。あのアニメにおけるドラゴンは体内に火炎袋ならぬガス袋を持っており、口から吐き出したガスに火打ち石の要領で歯を叩いて点火し、口の中からではなく口の外から炎を吐くのだ。

 このように、何気ない演出の1つですら知識があれば深く楽しむことができる。もちろん、昨今のアニメはそれを本編で説明してくれるし、少し検索すれば説明されなかったロジックを解説しているブログや動画に至ることもできる。

 だが、自分でそのロジックを解き明かす知識を持っていれば見たその瞬間に楽しさを最大化させられてタイムパフォーマンスの向上に繋がるし、なによりも自身で謎を解いてやったという実感が個人の自尊心に大きなボーナスをもたらすだろう。

 だから玲司は幸せであるし、今後も勉学をやめないのだろう。そんな彼の幸せな毎日はある日突然崩壊を迎える。


「女の子がホームに落ちたぞ!」


 乗り換えのために降りた駅のホームに声が響く。みれば同年代の女の子がホームから落ちうずくまっている。どうも足をくじき動けないでいるらしい。玲司はこんな時、どうすればいいかを知っていた。


「誰か緊急停止ボタンを押してください! 駅員さんも呼んで!」


 そう言って彼は自分のまわりに列車停止ボタンがないかを探す。ここで絶対に取るべきでない行動はホームに降りることだ。

 かつて、同じような状況でホームに飛び込み女性を救った2名の外国人男性が列車に轢かれて命を落としたという悲しい出来事があった。この外国人男性の英雄的行動は美談であると同時に愚かなものであるとも言える。

 だが、このような知識が必ずしも状況を改善させるとは限らない。見つからない列車停止ボタン。やってこない駅員。おろおろと騒ぐだけの人々。列車の接近を伝える電光掲示板。自分のことだけを考えた場合、この状況での合理的で理想的な回答は逃走である。同年代の女の子が目の前で肉塊に変わる瞬間を目撃してしまうことは今後の人生に大きなトラウマとして残ることが間違いないからだ。


「ちくしょう! だからって逃げられるかよ!」


 玲司は自分を鼓舞するように叫び、ホームへ飛び降りた。それが極めて愚かで、非合理的行動であることは彼自身がよく理解していた。しっかりとした前提知識と合理的な判断力。その両方があってなお、人間には感情で間違いを犯すしかない瞬間がある。


「よし! 間に合っ……」


 線路脇のスペースに押し込まれた少女が見たもの。それは、自分を助けてくれた勇敢な少年が肉塊に代わり、自分の体を真っ赤に汚すという絶望だった。近藤玲司、16歳。彼はそのあまりに短い生涯を終えた、かに思えた。


「ところがどっこい! そんな勇気ある少年を神様は見捨てません!」


 あまりの理外にあっけにとられる玲司の前には、謎空間の中どや顔で胸を張る女神の姿があった。


「え? なになに? これって……これってもしかして!」

「そのとおり! すべての厨二病的少年少女の夢! 流行りの異世界転生でございます!」


 それはあまりに神の威厳からかけ離れた言葉だったが、玲司の興奮に冷水をあびせることはなかった。転生がどのような仕組みで、どのような組織によって行われているのか。そんな科学的考察はもはや二の次三の次である。今はもう自分がその夢見た異世界転生に選ばれたことを喜ぶ他ない。やはり、良いことはするもので、神様は見ていてくれるのだ!


「通常なら神が振っちゃうサイコロでランダムな能力を与えるのですが、あなたは素晴らしい献身的行動でこの世を去りました! よって出血赤ワイン大サービス! ガチャるまでもなく天井です天井! 望むチートを選んでください!」

「ひやっほぅぅぅううう!」


 ツッコミ役を失った謎空間を制御する知性は存在しなかった。


「さぁさぁどうしますか!? あなたの想像力を見せてください! 応用の可能性が無限に広がるオリジナル魔法ですか!? それでも一瞬で魔王の息の根を止める即死の技ですか!? あ、この全言語翻訳スキルとハーレム因子はサービスだからまず落ち着いて受け取って欲しいんですけどこんな超展開で落ち着けるわけないですよねぇやっふぅぅうう! TSとか望んでも私がドン引きするだけなので問題ありませんよ! さぁ! さぁ!」

「TS! ありピヨね!」

「うわぁドン引き! 百合の間に挟まれて死んでほしいですね!」


 膨らむ妄想。下がらないテンション。それでも可能な限り(当社比)冷静に玲司が導いた結論。ここでもらうべきスキルは。


「不老不死で、ファナルアンサー!」

「は?」


 女神のテンションが、目に見えて下がった。クソデカイため息を挟んだ後、女神は腰元からライターを取り出し、タバコの火をつけた。


「つまんなっ」


 吐き捨てるように、というか、実際に痰を吐きすてると同時に言い放つ女神。

 あぁ、本当に人間という生き物は何千年経っても変わらない。古くはメソポタミアのシュメール神話をはじめどこの文化でもこねくり回され、始皇帝に至っては水銀こそ不老不死の霊薬であると信じてガブ飲みしたという水俣湾のお魚さんも真っ青の愚行に至った夢。実際問題、不可能かと言われると神の力をもってすればそんなことはないのだが、それ以前に、本当に。ほんっとうに!


「つまらない。つまらなすぎます。まさに想像力5のゴミですよ。ごらんください天国のザーボンさんドドリアさん」

「あ、そのお二人も天国にいかれてるんですね。改めて御冥福をお祈りします」


 そっと手をあわせて黙祷を挟んだ後で、玲司はゆっくりと口を開く。


「確かに、ありふれすぎてこすられすぎた願いだってことはわかってるよ。けどさ、おそらくこれが一番汎用性が高いぜ。なにより俺が不老不死を望む理由は、ギルガメッシュとも始皇帝とも違う。死神から逃げたいんじゃない。どこまでも高みに行きたいんだ」

「それは?」

「たとえばだけどさ、空を自由に飛びたいなって俺が言ったら?」

「はい、タケトンボ」

「原作に忠実! しかもワサビ声真似でもノブヨ声真似でもないまさかの黒歴史初代!」


 謎空間に突然ツッコミが帰ってきた。


「でもさ、タケトンボって確か反重力発生装置だよな。最近反重力なんて存在しないって結論が出ていたけど、それだってあくまでこの宇宙での結論だろ? 物理法則が違う別宇宙ならタケトンボは作れる。つまり、長い年月をかけて別宇宙へのワームホールを開く方法を研究し、反重力の技術を実用化すれば、あんたから空を自由に飛ぶ能力を貰う必要はないってわけさ」

「はぁ。まぁ、ここでのたったひとつの望みでの『お水を一杯』なんて言うのは戦時下でもないかぎりありえないし、戦時下で追い詰められているにしても想像力がないですよね。せめて海水蒸留プラントを一基とか」

「神の万能さパナいっすね。稼働用の石油はついてきます?」

「試供品なので早めにご自身で購入してください。パナのエボルタがオススメ」

「最初についてくる電池、なんですぐ死んでまうん?」


 一呼吸を挟んで、女神は手元の携帯灰皿にタバコの吸い殻をねじ込んだ。


「つまり不老不死。時間さえあればどんな願いでも叶えられるんだから、不老不死イコールはすべての願いってことですか?」

「まぁ、そうなるかな。さすがに欲張りすぎ?」

「いや……短絡的、かつ、傲慢極まるなと。世界の天才ナメすぎか、自分が天才だと信じ込んでいるだけの凡夫の思考ですよ、それ」

「でも時間が無限なら数学的に絶対できると証明できるっしょ。エジソンの1秒のひらめきが俺の500年の試行錯誤とイコールだとしても、最終的にできるという点では俺とエジソンはイコールだろ」

「証明に無限使うのやめてもらっていいですか?」

「悪魔よりまともなこと言ってると思うけど」


 未だに不機嫌な表情でテンションが下がった様子の女神に玲司は追い打ちをかける。


「あとさ、実際に不老不死にしてもらった後は想像力5ってのは訂正してくれよな。だって不老不死になった俺は、気まぐれにタイプライターを叩き続けるだけでいつかシェイクスピアの物語が書けるんだぜ?」

「それはまぁ、理屈の上ではそうなるんでしょうけど……本当にいいんですか? ぶっちゃけオススメしませんよ」

「離別の苦しみ?」

「まぁ、それもひとつなんでしょうけど。そもそも人間の行動モチベーションって、無限には維持できないと思うんですよね。さっきの例で言うなら、人間は意味もわからないままタイプライターを叩き続けられる脳してないんですよ」

「確かに。でも、好奇心が働く限りは無尽蔵に動けるさ。そして謎は好奇心に繋がる。だから、俺のモチベーションが尽きるのはこの宇宙の仕組みすべてを解析し再現可能になった時、つまり神になった時であって、そしたら後はその力で不老不死を解除するかニューゲームを選ぶよ」


 その目に一切の迷いがないこと。それは女神にも理解できた。女神はしばらくうんうんと唸った後で、諦めたように大きなため息をついて、彼に向かってばばっと腕をかざした。



「ファイナルアンサー、承認」

「よっしゃぁ!」


 なんだかガラスがパリンと割れたような気がするが、あれ毎回割ってるんだろうか。


「まぁあなたが絶望しない確率は極めてゼロに近いんですけど……」

「その辺は勇気かなんかで補うよ」

「それは結構なんですけど。一応私からのサービスってことでこれどうぞ」


 そう言って女神は弁当箱サイズの箱を押し付けた。


「なにこれあけてビックリ玉手箱?」

「そんなものですね。絶対にあけないでください」

「見るなのタブーいただきましたー」


 中に入っているものはもちろんそれを押し付けた意図も気になるが、これは聞いてはいけない類のやつだろう。


「それじゃ、あとはご自由にってことで」


 そう言うと女神は手元にコンソールめいたものを空中に出現させなにかしらの操作を開始した。転生の仕組みやそれを動かす組織は気にしないとは言ったものの人間の好奇心が無制限だとも言ったのが玲司。彼がそこを覗くと、いくつかの世界地図のような画像が見えた。それはおそらく、自分がこれから飛ばされる世界を選択しているのだろう。


「はい禁則事項!」

「もうちょっとはにかみながら言って欲しいセリフ第1位」


 覗かせまいと玲司を突き飛ばす女神。だが玲司は女神が最後に選択した地図とその脇の数字を見逃さなかった。その時間、わずか1秒以下。普通に考えて、1秒しか見せられなかった地図を記憶することは人間には不可能だろう。だがこの時の彼にはそれが可能だった。何故か? それは、それは彼が既に記憶している地図に極めてよく似ていたからだ。


「それじゃ、次はあなたが神様になった時に会いに来てくださいね、ぐっどらっく!」

「あぁ、いつかまた……って、うぉぉぉおおお!?」


 その瞬間。玲司は謎空間から地上へと投げ出された。いや、投げ出されたなんて生易しい言葉ではすまない。突き落とされたのだ。遥か下に見えるのは見知った島。7300年前の日本列島の九州だ。

 今ここがその高度何メートルなのかはわからない。一体何メートルなんだろうか? そんな疑問に彼は数を数え始めた。落下までの秒数カウントである。それがわかれば、ニュートンの運動方程式に従って重力加速度をふまえて地上何メートルから突き落とされたか計算で割り出せるという理屈である。

 しかし彼は20まで数えたところでカウントを停止した。よくよく思い出すと重力加速度の方程式の数字を覚えていなかったのもあるが、ここで新たに芽生えた別の疑問によって優先順位が上書きされたのだ。確かに自分は不老不死であり、おそらく落下したとしても死ぬことはない。だが、痛覚が存在しないわけではないのでは?

 この高さからの落下で体は完全な潰れたトマトになってしまう。電車を相手に同様の状態になった時には即座に脳死が発生したため痛みを感じる暇はなかった。だが、今度はそうならない可能性がある。それはようするに、拷問を遥かに超える痛みが待ち構えているかもしれないということだ。


「……さすがにチビるな」


 恐怖でがくがくと歯を鳴らす彼が最後の見た光景。それは巨大な火山のカルデラだった。そして彼はカルデラの中にクレーターを生成し血飛沫を弾けさせた。


「いた……くない! よかったぁ!」


 逆再生動画のように肉塊が再び玲司の姿に戻った後。彼は隣に全身が血でまみれた人間が倒れていることに気付く。


「うぉぉおお!? 誰!?」


 それは少女だった。歴史の教科書で見た縄文人風の豪華な服装に身を包みながらもその両手両足は縄で縛られているという奇妙な出で立ち。それはおそらく、この少女が神かなにかへの供物として選ばれた生け贄であることを示している。

 これは別段驚くような話ではない。日本神話におけるヤマタノオロチ伝説でこの8つ首の竜はスサノオに討伐される以前に毎年生け贄を要求していた。ヤマタノオロチといえば洪水のメタファーであり、この生け贄は水害から村を守るためという説が長く信じられ続けていたが、近年では実は火山のメタファーだったのではないかという説が浮上していた。

 これは地質学的事実から非常に説得力のある話になる。何故なら、縄文文化の衰退は九州の火山噴火によってもたらされたことがほぼ確定しているためである。鬼界カルデラの大噴火。地球規模でも最大クラスのこの大噴火は、狩猟採集社会を形成していた彼らに深刻な食糧事情をもたらした。その噴火が起きたのは今から7300年前。女神のコンソール上にちらりと見えた数字と同じである。彼はその、鬼界カルデラに落下したのだ。

 それはさておき。死の直前に少女に自身の血液をぶちまけた玲司は、転生の直後にも少女に自身の血液をぶちまけた。その少女は今完全にピクりとも動かずのびている。玲司の頭に最悪の想像がよぎる。落下の衝撃で飛び散った瓦礫が、彼女を死に至らしめたのではないかという可能性だ。


「いやいずれそういうことをするしかない機会はやってくるんだろうけどさ! 不可抗力とはいえ異世界でいきなり人殺しからスタートってのはハードモードすぎるって! このトラウマバステ、何百年で解除できるかわかんねぇよ! お、おい! 大丈夫か!? 大丈夫だよな!? どこ打ったんだ!? 頭以外で頼む! だから生き返ってくれぇぇええ!」


 そう言って少女の体をまさぐりはじめる近藤玲司は16歳である。常識的に考えて、思春期にあたる男子が同年代の女子の体をまさぐり、服を脱がすような動作をするということは自然に股間に血液が集まり硬直化するという反射が発生してしかるべきである。

 だがこの時玲司にその反射は発生しなかった。それは今まさに自分が人殺しという禁忌を犯してしまったかもしれないという多大なストレスを受けていたが故のうつ病症状による勃起不全だったのかもしれないし、単純に彼にネクロフィリア的性癖が理解できなかったからかもしれない。


「角が生えてるってことはこいつ、人間じゃないな。魔族ってやつか。流石だな異世界転生。しかし、いや……どこも……どこにも外傷がない……まだ調べてないところといえば……」


 玲司の視線が少女の股間に集中する。玲司が最後までそこを調べなかったのは合理的な判断である。彼はまず頭部を確認し、次に胸を確認した。そこは非常に豊かな名峰を形成していた。次にうなじを調べ、両手、背中、両足を進んだ。

 これは断じて彼のフェティシズムではなく、緊急性が高いと判断される状況での優先順位判断だった。頭部、胸、うなじと進んだのはそこが損傷すれば致命傷となる可能性が高いからだ。そこから両手、背中、両足と進んだのは咄嗟の防御行動を取った場合損傷を受ける可能性が高いからだ。そして最後まで股間を確認しなかったのは、そのどちらで言っても優先順位が低かったためである。決して性的なものではない。繰り返すが、決して性的なものではない。


「うぅん……」


 このタイミングで少女が息を吹き返す。息を吹き返すと字面にしたが、そもそも少女の呼吸は止まってなどいなかった。冷静に考えるなら玲司はまず脈が止まっているかどうかを確認すべきだったのだろう。どれだけの知識があり、合理主義での行動に徹しようと心がけたとしても、限界まで追い詰められた人間は一見すると意味不明な行動を取ることが多い。だから深夜の火事から逃げ出す住民が家から持ち出すものの上位に枕が入るのだ。


「あぁ良かった! ただ気を失ってただけか……俺の言葉、わかるか!?」

「あんた……」

「俺は言葉がわかるぞ! お前もわかるよな!?」


 ここで少女の目がきっと鋭くなり、玲司に明らかな敵愾心を向け。


「何してくれてんのよぉ! 変態っ!」


 自分を裸にひん剥き、最後の股間に手をかけようとしていた変態相手に平手打ちを加えようとしたところで、その体のバランスを大きく崩して転び、額をその場の火山岩に打ち付けた。そう、彼女は生け贄であり、両手両足を拘束されていたのだ。

 つまり彼女は、ただ目の前で血液をぶちまけられたというショックで気を失っただけで何の外傷もなかったのに、最後には自らの勘違いと状況判断の欠落によりすっ転び、明らかな致命傷となる外傷を受けてしまったのだった。


「うわーっ! こいつ、へっぽこだぁ!」


 それが転生者近藤玲司と、後に魔皇と呼ばれるカリスマ、リーエマの出会いだった。

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