終幕「誰も知らない物語の続き」
民衆は魔皇リーエマの真実の姿に気付いた。合理的に考えてあのへっぽこクソ女をのさばらせておく意味など何もないと気付いた人々は、これまでのスパチャを返せ、血税でガチャを回したことを謝罪しろと皇魔城につめかけた。
本来彼女を守るはずだった近衛隊もそんな人々の声で目をさまし、日々のパワハラの鬱憤を晴らすように暴徒と合流し城を焼いた。内閣からも秒ではしごを外され、ここに象徴としての魔皇リーエマは死んだ。しかし、最後に側近デスリーストが先頭で彼女の引きこもる天の岩戸ルームに突入した時。そこは、もぬけの殻だった。
民衆の熱は収まるはずもなく、リーエマを指名手配し逮捕して全世界同時生中継で断頭台にかけろと騒ぎ立てた。しかし、その発言に対して時の総理大臣はこう表明する。
「めんどい」
続いて警察庁長官が続ける。
「うちはそんなに暇じゃない」
言われた暴徒たちはそれにこう返す。
「たしかに」
こうして日本で起きた革命は、世界一しょうもない革命として後に語り継がれることになった。
魔皇リーエマがどこに消え、今どこで何をしているのか。それは誰も知らないし、誰も興味がない。そんなことよりおうどんたべたい。それが全世界の人々の総意だった。彼らはそれが、自分達が最後まで消すことのできなかった彼女を無条件に愛するというチートの残滓であることに、気付いていない。
大都会東京。都知事による約束も虚しく今日も満員電車が走る街。そんな駅の中、薄汚れた服を着た一人の少女がよろよろと歩いていた。誰も彼女を気に留めない。誰も彼女の名前を知らない。ホームに次の電車が到着するサインが点灯した、その時。
「女の子がホームに落ちたぞ!」
人々はその少女に興味をもたなかった。しかし、個人に興味を持たないこととホームに落ちた少女を無視することはイコールではない。誰かが彼女を助けるためにホームに降りようとして、誰かが危険だとそれを止める。緊急停止ボタンを押せ、駅員を呼べ。人々の騒ぎだけが無意味に時計の針を進めていく。大衆は豚である。彼らは何もできなかった。
足をくじいた少女は、線路の上から動けない。足元に振動が伝わってくる。電車がホームに入ってきたのだ。まぁ、べつにいいか。そうゆっくりと目を閉じ、この夢を終わらせる決意を決めた、その時だった。
誰かが体を押し、線路から彼女を弾いた。そしてその勇気ある誰かは、まもなく電車に吹き飛ばされた。ミンチになる体。吹き飛んだ血液が彼女へとぶちまけられた。
しかしその直後。うぞうぞと蠢いた肉塊が再結合からの蘇生をはじめ、彼女の前でひとつになった。少年は叫んだ。
「バカやろう! 死んじゃうだろ!」
少女は答えた。
「死ぬわけないでしょ、バカね」
二人の名前は、誰も知らない。線路の上で抱き合い、ずっと何かに邪魔されたまま言葉にできなかったお互いの本心を伝えあった二人の思いも、誰も知らない。二人がそれからどこに消えたかも、誰も知らない。もしも知りたい者がいるなら、風に聞くがいいだろう。




