幕間6「今の私は人間なのに、まだみんな私を魔皇と呼ぶのは何故?」
章を読み終えページを閉じたリーエマはうーんと低い声で唸った。
「あのデカパイが考えを変えた理由ねぇ……気まぐれってのはデカパイに関しては考えにくいし……一体どんなやつが諭したのかしら。あの頃にすごい頭良かったやつっていうと、カンちゃんとかすごい話も面白かったしカンちゃんじゃないかなぁ。あの頃、カンちゃんは向こうに居たし……いや、でも……」
当事者として記憶の引き出しをひっくり返し始めたところで、突然彼女は表情を歪め、本を放り投げた。
「もう、読むのやめよ。この先は……思い出したくない」
世界を東西に分けた大戦争。それはまさに今名前の出た男が予言した通りの最終戦争となり、魔皇リーエマはこれに勝利した。だが、失った物も決して少なくなかった。
深夜。皇魔城を抜け出したリーエマは夜風に身を震わせた。ついこないだまで熱帯夜とセミの声にうなされていたはずなのに、気付けば一瞬で秋が終わって12月。繁華街に出ればクリスマスのラブソングが聞こえてくる時期だった。
日本の民は魔皇リーエマを神にも等しい絶対的象徴と仰ぎつつも海外の宗教文化に寛容だ。悪霊祓いのコスプレパーティを楽しんだかと思えば聖人の誕生日をダシに男女で盛り上がり、そのまま新年で一度リーエマの名を思い出したかと思えばすぐにチョコレートを作り始める。
それはかつて彼女にも理解できた庶民的な1年の楽しみ方だった。だが今はさっぱりわからない。何故なら、今の彼女にはいたずらをする相手も共に雪を見る相手もチョコレートを作る相手もいないのだから。
「……クリスマス、中止のお知らせだそうかしら」
深夜だというのに元気にランニングに勤しむマダムからの一礼に軽く手を振る返しをしつつ、目的のない散歩は坂に差し掛かった。左手には自身のアイドルライブ用ドーム会場。正面にはいつぞやの約束で作ってやった神社の鳥居が見える。ふらふらと正面の階段に腰を下ろした彼女はそのまま大きなため息をついた。
「もう……魔皇なんて。やめたい」
「やめれば良いではないか」
驚いた彼女が参道に振り返った時。鳥居から本殿へと続く石畳の中を、薄汚れた茶色のコートの男が歩み寄ってきた。
まさかの人物の登場にあっけに取られたのも一瞬のこと。寒空の中彼女の左耳から爆発音が飛び込んできた。立ち上る炎はきっと、マリー・アントワネットやニコライ2世らの目に映ったものと同じ色をしていたのだろう。




