プロローグ
世界の歴史は魔皇リーエマと共にあった。不老不死であり永遠の神聖と永遠の敬意を持って世界の誰からも愛される彼女は、この世界で最も神に近い存在であると言えるだろう。
魔東京、その中心に聳える彼女の住居、皇魔城。今日も世界の繁栄を祈るために目覚めた彼女は、何時に増して不機嫌な顔を作る宰相デスリーストに笑いかけた。
「どうしたのかしら。信頼する臣下のそんな表情、こんな夜早くから見たくないわね」
「も、申し訳ありません、魔皇様。実は……市井に魔皇様に関するよからぬ本が出回っており、それが非常に人気を博してしまっているらしく……」
本人の言では7300歳、歴史記録の上でも1850歳である彼女だが、不老不死のその体は今なお少女としての可憐な姿を維持している。どんな創作のヒロインよりも美しい彼女の見た目は、客観的に言って多くの男性に邪な想像で見られてもおかしくないように思える。
だが、たとえ妄想の中でも彼女を貶める人間は存在しない。存在できないと言い代えてもしい。それこそが彼女の能力、永遠の神聖と永遠の敬愛によるものだ。すべての人類は、たとえ想像の中であっても彼女を汚すことができない。
かつての魔皇軍によるエルフ虐殺を批難する歴史学者や当のエルフの子孫ですら、彼らが憎むのは彼女の判断であり、その魔皇リーエマ当人に関しては推しのアイドルさながらの狂信的なまでの尊重の姿勢を崩すことがない始末だ。
その事実は1850年の歴史の中でも彼女が記憶する7300年の中でも変わることがなかった。つまり、そんなデスリースト曰く「よからぬ」とする本が出回ることがありえないのだ。
「ふぅん。苛立つよりむしろ興味深いわね。どんな内容なの?」
「それが……言葉にするのも憚られるような……」
「構わないわ。怒らないから言ってみなさい」
デルリーストの目が泳ぎ、小さく口が開かれて一度閉じられる。そしてごくりと息を呑んでからおそるおそる語りだした。
「実は……魔皇様が築かれたこの世界の繁栄はすべて偶然の産物で、魔王様個人が今に与えた影響は皆無であるとする中身で……」
「はぁ!? ふざけんじゃないわよ! 今すぐぶち殺す、いや!」
魔皇リーエマが腕を振り、無詠唱で究極魔法をデスリーストに解き放つ。
「もうぶち殺したわ!」
哀れ、宰相デスリーストは情けなくも死んでしまった。が、直後彼女の目の前で蘇生する。このタイミングで彼の財布の中身の半分は失われている。
「怒らないって言われましたのに……」
「それは既に過去よ。私は未来に生きているの!」
そんな理不尽に涙する宰相の前で、魔皇リーエマは冷静さを取り戻す。
「いやでも、ありえないわね。そんな内容の本を書けると思わないし、なによりも、それを読んで影響されることなんかありえないはず。なんでそんな本が人気になってるのかしら」
「それが、私も読んでみたのですがとても語りが上手く、なにより非常に科学的で合理的に『思えてしまう』内容になっており……」
「死ね!」
財布の中身は4分の1になった。これだからこの国の銀行の地位は揺るがない。
「うぅ……王者の剣のレプリカ購入のため貯蓄していたのに……」
「また稼ぎなさい。それに、私に殺されるなら臣下としてこれ以上にない喜びでしょう?」
「それはそうなのですが……」
よく訓練された国家である。
「でも、そうね。そこまで言うならその本、読んでみたいわね」
「そう言われると思いまして」
宰相デスリーストはそう言って懐から噂の本を取り出した。跪いて魔皇リーエマに本を手渡した彼の心は幸せに満ちている。推しに贈り物を送る喜び、それも、国営放送のスーパーチャットを通してではなく、直接である。それは彼が失った4分の3の財布の中身をすべて返却してもお釣りが来るようなものだった。
「ふぅん。3つの単語が羅列されてるだけでまるで意味わかんない短いタイトルね。今はこう、タイトルで中身を説明するようなのが流行りなんじゃないの? こんなんじゃ初見のクリック数が伸びないわよ。本当におもしろかったら後で私がサブタイをつけてあげようかしらね」
そして魔皇リーエマは、本のページを開いた。
「竜・呪い・オリハルコン」~誰もが憧れる最強魔皇様はただ運が良かっただけのへっぽこでしかないことを元パーティメンバーで転生者の俺がわかりやすく合理的に説明します~
人類史で最初に魔皇リーエマの名前が語られるのは建寧3年、一部で今も使用される西暦で言えば170年のことである。今や世界の中心であるその島国も当時は世界的に遅れた小さな部族集団でしかなく、彼女は鬼道をもってその部族の統治を任されたシャーマンだった。
「この地の民に、天壌無窮の未来を!」
それから周辺諸国の平定を行った後。14世紀に彼女とその勇敢なる魔族の先鋭は、神の民の支配する新大陸に上陸する。彼女率いる魔皇軍の数はわずか168名。一方の神の民は8万と数で圧倒していた。だが、魔皇リーエマは勇猛果敢に戦い、彼女自らの言葉をもって約束した勝利を勝ち取ったのだ。
「私に負けたことを悔しく思う必要なんかないわ。あなた達は強かった。でも、私はあなた達よりももっと強い国と戦い続け、そして、勝利し続けてきたのだから」
一部の歴史研究者達の中では、彼女の英雄と認め敬愛の意志を示しつつも、17世紀に彼女が南方大陸で静かに暮らしてきたエルフ達の村を焼いたことに関しては非道な略奪行為だったと批判する論調が稀に見られる。事実、魔皇軍の討伐以来エルフ達は奴隷として長い差別と非業の歴史を歩まされてきた。
だが、今のエルフ達が文化的な生活を送り、その種族的な美しさと自然を愛する素晴らしい文化が世界中から憧れと尊敬の目を向けられている背景には、彼らの時計の針を魔皇リーエマが大きく進めたことが無視できない。
「焼き払いなさい! これは必要なことよ! 緑は灰に変われども、灰はやがて今より大きな緑を育てる土となるわ! 私達は、未来に進むのよ!」
そして18世紀。世界を2つに分断した大戦争にも彼女は勝利した。その争いの終わりを契機に彼女は国家の統治から距離を取ることを決意し、魔皇としてこの世界の象徴としてのみあることを望んだ。
今、この世界では193カ国が公的に認められた統治を行っており、残念ながら一部の国家同士は未だ戦争を続けている。だが、たとえ争う者同士であっても彼らの心の根底には魔皇リーエマへの尊敬の念が存在する。
人類は決して平和ではないかもしれない。だが、少なくとも魔皇リーエマはすべての人類の心の象徴として慕われている。それはまさに、彼女が歴史に残した最初の言葉を実現したことであると言えるだろう。
「そしてこれからもこの星の民に、天壌無窮の繁栄を」
しかし、それは事実なのだろうか。今日に至る世界の繁栄は、彼女なくしては掴むことができなかったものだろうか。有史以来無数に誕生した他の種族による国家が、今日に至る繁栄を謳歌することは不可能だったのだろうか。もしもそうだとすれば、今の繁栄の要因とは一体何なのだろうか。この本は、その真実を数多の事実を元に解き明かしていく内容である。
※この物語の50%はフィクションである。