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第5章「中世を荒らし尽くした弱者の核兵器」

 歴史上、呪いで滅んだ国家は無数に存在する。アジアドワーフの帝国であった元、南米ダイノサウロイドの帝国であったインカ、そして、ヨーロッパヒューリン文明のフランスブルボン朝、スペインハプスブルク朝、ロシアロマノフ朝、ドイツヴァイマール共和政をはじめとした国々である。

 そもそも呪いとは何だろうか。イメージとしてどうも魔法に近い現象であることは理解できるかもしれない。だが魔法と呪いは使用している効果が同じなだけで他の性質はすべて真逆になる。


 まず、魔法の解説からはじめよう。魔法とは信じる力である。人類には自身の想像を具現化する能力が大なり小なり全員に備わっている。近代で疑似科学と言われた引き寄せの法則や、量子力学的何々と呼ばれるあれらはすべて魔法を科学が再発見したにすぎない。

 魔法使いと呼ばれる人々は自身の強い想像力によって手から炎や雷を出すような物理現象を行使しており、彼らは自分たちが魔法を使えることに何の疑問も覚えていない。

 一方で科学の勉強をはじめた魔法使いが魔法を使えなくなったり、小さい頃は魔法が使えたのに大人になるつれ使えなくなったという現象は、自身が使用する魔法に疑問を持ってしまった結果だ。


 呪いもまた信じる力である。ただし、その効果の方向性は魔法と真逆になる。魔法が己の利益のため自ら望んで発動させる現象であるに対して、呪いは己の不利益を自ら望むことなく発動させてしまう現象だ。

 例えば、なにか悪いことが重なった時に「自分は呪われているのでは?」と想像してしまった瞬間、人間は無意識に呪いを発動させる。その思い込みが具現化し悪いことが起き続け、さらにそれが呪いにかかってしまったという実感を強くすることで雪だるま式に破滅してしまうというのが呪いの流れだ。


 戦略的に使用される呪いが効果的な理由。一言でいうなら、それはコスパの良さである。魔法の場合、1人の魔道士が1発のファイヤーボールで殺せる人間の数はせいぜい数十人である。詠唱時間を殺傷人数で割った場合、1人10秒といったところだろうか。

 一方、呪いの場合1人の呪術師が一言の呪いで殺せる人間の数に上限はない。詠唱時間を殺傷人数で割ればそれは事実上無限である。

 さらに使用する魔力の量を殺傷人数で割るとなるとますます事態は飛躍する。魔法は使い手が魔力を消費する。しかし、呪いは攻撃された側の魔力を消費させる。こうなると、式の結果はある意味で無限を超えてしまうのだ。

 もはやコスパの話ではない。これこそ、呪いの究極たる所以である。そのエネルギー変換効率の規模は、まさに中世の核兵器だ。


 ではよくいう呪術師とは何者なのだろうか。アジア、オセアニア、アフリカなどの一般的に未開と思われがちの部族に存在する呪術師達だが、実は彼らは望む対象に呪いをかけるために特別な魔法を使っているわけではない。呪いをかけてしまうのは呪いの対象となった本人であり、彼らはそのきっかけを想像させてしまうパフォーマーでしかないのだ。

 彼らが使う藁人形や小動物の骨などのおどろおどろしい呪物とは何なのだろうか。あれら呪物は、それを見た本人に「気味が悪い」と思わせるための小道具であり、文字通り種も仕掛けも存在しない。

 だが、そのあまりの異形さを見てしまった人物が自身への呪いを強く感じてしまい、その物質的にリアルに存在してしまう呪具が呪いを想起させる想像力を数十倍に増大させてしまうのだ。実際に魔力を持った呪物も世には存在しているが、その呪物に魔力を与えてしまったのも作り出した呪術師本人ではなくその呪物で呪われてしまった前の持ち主である。


 呪いを発動させるには2つの前提と2つの事象が必要となる。前提は「自分が強大だと感じていること」と「自分の行動に罪悪感があること」で、事象は「お前を呪ったと言われること」と「同時期に何かしらの不幸が発生すること」である。

 そして、呪いをかける側というのは常に弱者である。アフリカドワーフ、オセアニアエルフとマーマン、そして魔皇リーエマ率いる魔族。そのすべてが当時敵対していた側に格下だと感じられていた弱者側。呪いとはまさに弱者だけに許された中世の核兵器であった。


 弱者が呪いを操る理由は、呪いの発動に理不尽が必要となるためだ。普通なら絶対負けるはずの弱者が何故か窮鼠猫を噛むといった状況に恵まれてしまうこと。それは強者にとって不幸以外の何者でもない。弱者はそれを利用し「これは呪いだ」と騒ぎ立てるのだ。

 そんな呪いを学ぶには、一度自分が呪いによって追い込まれなければならない。その自己の経験に基づき呪いのテンプレートを学習し、今度は自分が弱者の側になった時に強者側に呪いをかけるのだ。

 この時、一度呪いによって死にかけたもののそのテンプレートを学習したものは、呪いに対する抵抗力を得ることができている。この抵抗力を持たない状態で呪いが絶望的な蔓延をみせてしまった時、その国は再起不能となり、呪いを学習することもなく滅びてしまうのだ。まるで集団免疫をもたない国家が病魔のパンデミックで大量の人死にを出してしまうように。


 アフリカドワーフ、オセアニアエルフとマーマン。彼らは植民地主義の時代に自分達の土地を侵略しようとやってきたヨーロッパヒューリンに呪いをかけた。魔皇リーエマの魔族は元の侵略の際に彼らを呪った。では、それ以前に彼らは誰に呪われたのだろうか? 彼らに呪いを学ばせたもの。言うならば呪いのワクチン。それは、小動物である。

 ネズミ、蛇、昆虫。呪いの代名詞となるこれらはすべて小さく弱々しい存在である。なにかしらの形で彼らに不利益を与えてしまった直後に自身が何かしらの不幸に苛まれた時、人は「あの小動物に呪われた」と感じてしまうのだ。


 そんな小動物は地球上どこにでも存在するだろうと思うだろうが、ここでは小動物から呪いを学べなかったケースを3パターンにわけて紹介しよう。

 まず、アジアドワーフ。彼らの場合、竜吉公主が積極的に国家統治に参与してしまったことが原因である。彼女はその叡智をもって、当時としては最先端の防虫防鼠対策を広めた。そこはまさに病原菌の存在しない無菌室だ。こうして小動物が人間に反抗する機会と、呪いの抵抗力を得る機会のほとんどを奪ってしまったのだ。

 次に南米ダイノサウロイド。彼らは動物達を神聖視する自然宗教を誕生させてしまったことが原因だ。彼らにとってはネズミも蛇も虫も弱者などではなくその地で力強く生き続ける強者だった。彼らが人に害をなすことは、不幸でもなんでもない当たり前だったのだ。

 最後にヨーロッパヒューリン。彼らは小動物からの被害を受け続けていた。ネズミを媒介として広まった中世のペストなどまさに呪いだ。

 しかし、そんな呪いから彼らを救うものがあった。宗教である。宗教はそんな人々に降り掛かった理不尽に仮の原因と仮の救済を付与した。長い間ヨーロッパヒューリンは宗教のバリアで呪いから守られていたのだが、マルティン・ルターによる宗教改革で宗教が力を失った時、今まで学習することのできなかった呪いの直撃を受けてしまったのだ。

 こうしてフランスブルボン朝とスペインハプスブルク朝は民衆の革命熱という呪いによって滅び、ロシアロマノフ朝はマルクス主義によって呪われたまま10月を迎え、ドイツヴァイマール共和政はまさに世界最強の怨霊ともいうべきかの悪名高きアドルフ・ヒトラーを生み出してしまったのだった。


 ところで、大帝国を築いていたアジアドワーフとヨーロッパヒューリンは納得できるにしても、何故ここまでの歴史で終始散々な目にしかあってこなかった南米ダイノサウロイドには自分達が強者であるという自信が存在したのだろうか。それこそ、エイリアンが彼らに付与した最後の時限爆弾だった。

 エイリアンという神によって知恵を与えられたことから神の民を自称していた彼らは、農耕に至れず、竜との契約を行えずにいてなお「自分達は神の民である」という自信を捨てることができなかった。それが彼らを偽りの強者と錯覚させ、地球上で最悪とも言える終わりを呼び込んでしまったのだった。


 魔皇リーエマ率いる魔族は、この呪いを完璧というレベルで扱うことができた。彼らが住む日本列島には熊以外の大型哺乳類が存在せず、呪いを学ばせてくれる存在に溢れかえっていた。そこから菅原道真公と崇徳院、加えて平将門公という三大怨霊が呪いの力を実際に行使し、その後は彼らを神格化し神社に祀ってしまうという形で呪いを納める術を学んだ。

 そして日本が戦った相手は中国とロシアを筆頭にそのすべてが一回りだけ上の「ある程度の幸運に恵まれれば勝てる強さ」の相手だった。相手国内が呪いの蔓延で弱体化してしまえば勝ててしまうほどの。

 この戦いの中で魔皇リーエマは口では「絶対に勝てる」と国民を鼓舞しておきながらいざという時には弱気になって怯えてしまい、もう呪いに頼るしか無いと喚き騒ぎ立てた。この彼女の精神的弱さが作り出した最前線に立つ指導者としてあるまじき姿が、強敵達には意味不明な言動と見えた結果呪いとしてクリーンヒットしてしまったのだ。


 魔法と呪い、強さと弱さ。それらはまさに表裏一体である。魔皇リーエマ。彼女は我こそ最強の魔皇であると名乗る根拠なき自信を持つと同時に追い詰められるとすぐに泣き出してしまう子どものような弱さを内包していた。その弱さが、最終的な彼女の勝利を導いたのだった。

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