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幕間4「教育、勤労、納税、赤スパ、定時退社は国民の義務!」

 魔都東京、神保町。大手出版社が乱立するその街の中、担当を受け持っていた女性編集者は電話口からの怒号をいなしながら平謝りをしつつ、自分たちの厳しい現状を説明した。


「ですから先生! 無理です! 絶対無理なんですよ! いいですか先生。この世界には、たとえ真実でも、いえ、それが創作でも! 書いちゃいけないことってのがあるんですよ! ●●●●が●●●に●●していることとか、●●●と●●●●の●●とか! 魔皇リーエマ様の悪口なんか、書けるわけがないんです! そんなもの書いた本を出版してみてくださいよ! うちの本社にプラスチック爆弾が全世界からダース単位で届いて1階ロビーにはテロリストの行列ができて私は整理券代わりに編集長の指を配らないといけなくなります! 申し訳ないですけど私もまだ死にたくないんです! ですからこの全文は公開できませんし、その先生が提案されたサブタイもつけられません! センセーショナルで説明セリフのサブタイつけないとクリック数が伸びないとか関係ないんですよ! うちも商売でやってますけど、それ以上に社員全員命が惜しいんです! 何度お電話いただいても回答は変わりません! 今回の重版でも第4章の中略部分はそのままですからね! 印税は振り込まれてるんですから文句言わないください! 切りますよ!」


 相手の反応を待たずに大仰なため息をついて電話を切る女性編集者。スピーカーからは最後まで先方の怒声が響いていた。

 一瞬の静寂。そして再び鳴る着信音。露骨に嫌な顔をした編集者だったが、表示された電話番号は別。登録されていないものだ。はっと気付いて自分に言い聞かせるためのわざとらしい咳払いを挟んで電話を取る。


「もしもし、こちら小……」

「もしもし!? 私よ! 私!」


 オレオレ電話めいた名乗りでこそあるが、この声に女性編集者の背筋が一瞬で張り詰める。


「そ、そのお声! まさか、魔皇リーエマ様でございますか!? いつも国営放送の配信拝聴させていただいております!」


 どよめく編集部。椅子から崩れ落ちる編集長。憧れのリーエマ様のお声を拝聴しようとかけよる社員達。


「そうよ! まだ名乗ってないのに、流石臣民ね!」

「もちろんでございます! いつものガチャで爆死される際のものと寸分変わりないお声でしたから! あ、この前私、赤スパしました!」

「あら、それはありがとう。でも多分その赤スパで回したガチャでも爆死したわ! もっと当たるように祈ってから赤スパしなさい!」

「申し訳ありません! 私めの力が至らぬばかり! お叱り魂に刻み込み末代にまで伝える所存であります!」

「わかればいいのよ、わかれば。それじゃこれからもよろしくね。あ、今夜の放送22時からだから、その前に定時退社しなさいよね!」

「ありがとうございます! 必ずやモンエナ開けてディスプレイの前で待機します!」


 それだけ言って切れる電話。黄色い声が響く編集部の中、腰に手をあてたまま床を張って来た編集長が女性編集者に問いかける。


「ほ、本当に魔皇リーエマ様だったのか?」

「間違いありません! 臣民ですから!」

「そ、そうか……それで、ご要件は?」


 長い沈黙の後で、こてんと首を傾けて一言。


「……あれ?」


 そして一方皇魔城。


「あ、本の内容の文句言い忘れたわ。まぁ、赤スパしてくれてるみたいだしいいか……」


 ついかっとなっての出版社への電凸だったが、なんだか熱が冷めてしまった。改めて本文を読み返すリーエマ。この私が何もしていないとは何事か。本当にひどい。この中略部分にはおそらく私の功績をフォローする内容が乗っていたはずなのに、おそらく編集側の不手際でそこを落丁させてしまったのだ。だからブラック企業はダメだ。世界すべての労動者よ、定時退社せよ。


「しかし、なんなのよこの本。確かに面白いけど、私への敬意が感じられないわ。一体作者はなんてやつなのかしら」


 そして改めて背表紙を確認するリーエマ。


――近藤玲司


 彼女の目が硬直し、数秒の間があき、そして。


「知らないやつね」


 そうして本を放り投げた。


「まったく……世が世なら奴隷をけしかけて暗殺してるわよ。あの無駄乳デカパイ竜吉公主だって殺ったんだし私だって殺る時は殺るのよ。もう……」


 そうしてタンスの上に置かれた白黒写真に目をやる。あれは確か、口にするのも憚られる物凄く卑猥な名前をした宣教師がやっていた学校に奴隷と見学にいった時に学生共といっしょに撮った写真。なんだかどこかで見たような顔つきのガキがたくさん並ぶ中央でVサインをするのが私で、その隣で片手を額に当てているのがあの奴隷。


「……ほんと、どこいっちゃったの。今、どこで何してるのよ……レイ」


 魔皇リーエマ。7000年以上の月日をともに生きた奴隷を本名で呼んでいたのは最初の1年だけ。それはわずか0.0001%の期間でしかない。

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