第三章「竜と人との契約、温泉文化の真の意味」
わずか168人の軍勢が8万の神の民に突撃を仕掛ける。インカ皇帝アタワルパにとってそれは信じがたい自殺行為に見えた。彼は魔皇軍がその手に握る銀の棒の使い方もその後ろに控える翼を持ったトカゲの名前も知らなかったが、少なくとも我ら神の民が敗北するなどという未来をまったく予測できていなかったのだ。
彼の自信の根拠。それは彼らにとっての神、つまり、地球を去ったエイリアンが残した最後の宇宙船がまだ稼働できる状態で残されていたことだ。この宇宙船はもはや記録の上でしか確認できない正真正銘のオーパーツだが、古代インド神話に登場するヴィマナと同等の物であると考えられている。
インド神話の記録をたどればその動力炉は反重力であり、主兵装として超熱線砲を搭載していたことがわかる。その主砲は現代核兵器に匹敵する熱で対象を焼き殺す超兵器であり、人類はもちろんそれを作ったエイリアンですら耐えることなどできようはずがない必殺の攻撃手段だった。
アタワルパの号令で飛び立つエイリアンの超兵器。放たれる超熱戦砲。しかし、その直撃を受けた魔皇リーエマの騎乗するオロチは、無傷だった。彼女に続く形で魔皇軍の竜騎兵達が突撃をかける。ドラゴンの爪はエイリアンの超兵器を粉砕し、魔皇軍に栄光と勝利をもたらしたのだ。
竜種、通称ドラゴン。彼らの体は炭素ではなくケイ素で構築されている。それ故に彼らは、おそらく地球人と同じ炭素生命であるエイリアンですら想像しえないほどの熱耐性を持っていたのだ。
ケイ素という原子は炭素と同じ原子価4の性質を持つ。原子価とは高校化学では「手の本数が4本」として説明されるもので、この本数が多いということが様々な形で結合が可能になる。その結果生命を構築するような結合も可能になるのではないかとしてSFや怪獣映画にも多くのケイ素生命が登場する。
しかし、地球上でもそれどころか宇宙のほとんどの場所でもケイ素生命は誕生しえない。何故なら、常温常圧ではケイ素は炭素に見られるような様々な結合パターンを一切行えないからだ。
彼らが生まれるのは超高熱、超高圧の環境下で、かつ硫酸がその成立を助けるケースもあるとされる。現在ケイ素生命が誕生する可能性がある場所として、金星の雲や木星の衛星イオなどがあげられている。「地球上」にそんな場所はないが、「地球内」とすれば話は別。すなわち地球マントル内部である。そこで生まれたケイ素生命こそ、ドラゴンだ。
彼らは火山の噴火と共に地表へとその姿をあらわす。それ故にこの世界のほぼすべての火山はドラゴンの住処であり、そのほとんどのドラゴンが圧倒的な暴力をもって周辺諸国を震え上がらせている。空を飛び、高熱の炎を吐き、人類の武器や魔法では傷1つつけられない無敵の大怪獣。それがヨーロッパヒューリンの間で生まれた宗教で悪の象徴として描かれたのも頷ける話だろう。
しかしながら、彼らがドラゴンを悪の象徴として描いた真の理由は別のところにあった。それがドラゴンと契約していた王、ローマ皇帝ネロに起因する。彼らの宗教を弾圧したネロは666の数字で語られるような悪魔の象徴であり、そのイメージが彼の契約したドラゴンと一体化したのだ。
ヨーロッパヒューリン文明で最大の隆盛を極めたギリシャローマ。その繁栄がヴェスヴィオ山に住まう竜王バハムートとの契約の元にあったことは誰もが知る事実である。
彼と最初に契約したのは紀元前503年、古代ギリシャ、アルゲアス朝マケドニア王国の王として即位したアレクサンダー大王であり、彼の死後のごたごたの後で最終的にその契約はローマ皇帝アウグストゥスへと継がれていった。
そして代々ローマ皇帝が竜の契約者となり帝国の繁栄を支えたのだがネロの没後11年。ローマ内戦の末に王位に就いたウェスパシアヌス帝の非道に竜王バハムートが牙を剥き、ポンペイの都市と共に彼を食い殺した。そして、華々しい栄光を築いたローマ帝国の没落がはじまるのだ。
人類ではじめて竜と契約した人物がアレクサンダー大王なら、2番目に契約したのは漢の武帝である。紀元前308年、白頭山に住むドラゴン、竜吉公主と幼い頃より交友の深かった武帝は竜吉公主の助言に基づいて文帝の皇后だった竇皇后を謀殺。竜吉公主を漢の宰相とし、推恩の令をはじめ優れた統治力を発揮した。
彼女は武帝なき後も漢を見守り続け、三国時代には内戦を嫌って一度身を引いたものの最終的には劉備に玉璽を授け、彼を漢皇帝と認め国に文字通り舞い戻った。内戦を嫌う彼女はその後も南北朝時代と五代十国時代に国を離れており、最終的には愛新覚羅の清の時代に人類3番目の竜契約者となっていた魔皇リーエマと同盟を結び同じ竜であるオロチと共に阿片を輸入するイギリス艦隊と戦い勝利した。そして今なお中国では、竜は皇帝の権力の証明として扱われている。
竜王バハムート、竜吉公主、オロチ。世界史においてこれらは三大竜王と呼ばれその偉大さが今にも語り継がれているが、それ以外にも歴史には多くのドラゴンが登場する。これらのドラゴンをより多く召し抱えた国が世界の覇権に大きく躍進した。
縄張り意識の強いドラゴンは基本的には1つの火山を住処としており、1つの火山に1頭のドラゴンが住む。つまり、国家の強さとその国家内に存在する火山の規模と数はイコールで結ばれ、これが世界中の火山の10%を抱える火山列島日本を支配した魔皇リーエマの強さだったのだ。
ドラゴンの強さはなにも戦争に限ったものではない。竜吉公主に見られるように、彼らの叡智は政治、科学の両面から国を飛躍させる。
また、彼らは地中を通して大地にケイ素を染み渡らせる。ケイ素は植物の必須栄養素ではないが、植物のストレス軽減に大きな意味を持ち、特に稲や小麦の収穫量の安定に大きな効力を発揮する。軍事、政治、科学、食料生産。まさにドラゴンは文明にとって強力な外付けブースターなのだ。
ところで、一部の読者はここでいくつかの火山の名前を思い起こすかもしれない。ハワイにて今も噴火を続けるキラウエア火山、近年の大噴火が記憶に新しいトンガのフンガ・トンガ火山。そして、世界最大の火山でありその噴火と地球滅亡がイコールで結ばれるアメリカのイエローストーン火山。他にも日本同様の火山大国である南米のチリを想像し、これらの火山を有する国々が何故中世以前に覇権を唱えなかったのかを疑問に持たれただろう。
その理由こそ、竜王バハムートがポンペイの街を焼き尽くしウェスパシアヌス帝を食い殺したエピソードからわかる。ドラゴンは文明の外付けブースターであると同時に、文明にとって最大の脅威でもあるのだ。
文明はドラゴンの恩恵を受けるため、ドラゴンと対等な契約を結ばねばならない。ケイ素生物であるドラゴンの好むケイ素を大量に含有する稲や麦のもみ殻の提供。つまり、農耕文明としての発展を遂げていない文明は、ドラゴンに提供するケイ素を用意できない。農耕に進めなかった南米ダイノサウロイドは、その国内に多くの火山を有しながらドラゴンと契約するための資源を持たなかったのだ。
そして、いざドラゴンが文明に牙を向いた時の対処手段の用意も必要だ。それが豊富な水資源と温泉文化である。彼らの体を構築するケイ素の弱点。それは、水蒸気である。
SiC(炭化ケイ素)とH2O(水)の反応はケイ素を腐食させてしまう。この現象を粒界腐食と呼ぶ。故にドラゴンは熱せられた水を嫌う。この仕組みを利用し帝国中にテルマエと呼ばれる温泉施設を大量に建造したのがローマのウェスパシアヌス帝であり、その政策の真の目的がバハムートとの関係性を対等な契約状態から一方的な隷属関係に切り替えようとしたことは明白である。故に彼は竜王バハムートに食い殺されてしまったのだ。
それを踏まえて日本国内の温泉分布の地図を見ると、魔皇リーエマはドラゴンに圧力をかけつつかけすぎない絶妙なバランスで温泉掘削を行ったことがわかる。
特に完璧なのが北に那須、北西に水上、西に秩父、南西に箱根、そして東と南を太平洋で囲まれた現在の魔都東京周辺の温泉配置であり、これは浅間山や富士山に住むドラゴンを江戸城に入れないために構築された天才結界師天海僧正による完璧な対竜結界である。
さらに言えば江戸城を中心に掘られた運河も輸送用というにしては複雑で、対人用にしては厳重すぎることからいざドラゴンが江戸に侵攻した時のためのものだったことがわかり、当時の江戸の銭湯が今で言う蒸し風呂だったこともこれらが水蒸気を貯めておくための対ドラゴン用防御施設だったこととして頷けるだろう。
一方、オセアニアマーマンは別の形でドラゴンとの関係性構築に失敗してしまった。彼らは、あろうことかドラゴンを殺してしまったのだ。
キラウエアもフンガ・トンガも海の中の火山島として存在している。そのまわりには海という膨大な水があり、マーマンはその水の扱いに長けていた。彼らはドラゴンが水蒸気に弱いと気付くや否や、その力で竜狩りを行ってしまった。結果、ハワイのキラウエア山は世界的に珍しいドラゴンのいない火山となった。
これと真逆なのがイエローストーン火山に住む竜神トゥパク・アマルである。大陸奥に位置するイエローストーン火山のまわりには海がなく、しかもあろうことかその周辺にあたる現在のアイダホ州、モンタナ州、ワイオミング州は世界的に見て降水量の少ない乾燥地帯で流れる河川の水量も多くない。つまり、この地では竜神トゥパク・アマルを抑える手段がなかったのだ。
こうしてアメリカ大陸のダイノサウロイド達は、南のアマゾンからはトレントら植物モンスターに、北のイエローストーンからは竜神トゥパク・アマルにプレッシャーをかけられる最悪の立地となり、エイリアンが授けた絶大な貯金を枯渇させてしまったのだった。