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酸素汚染の残党ども

作者: 長尾衣里子

 古生物マニアの千砂。ずっと不思議だった疑問をぶつける。

「教科書に主役級の生物が登場するのは6億年ほど前。最初に波の音を知ったエディアカラの生きものたちでしょ。花形役者の登場まで、進化の舞台はじみ~な微生物ばかり。それまで、いったい何してたの?」

 直球質問にたじろぐ博物館の先生。

「責めちゃ、あんまりだよ。生物が肉眼で見える大きさになったのはオゾン層のおかげさ。10億年ほど前にできたとされる。それまでは有害な紫外線がふり注ぎ、動植物は水面から10メートル下の水中で進化するしかなかった。」


 めだつ化石ばっかり追ってきた千砂。目には見えない太古代の生物のはなしも、聞いてみたくなった。

「そのオゾン層って、どうやってできたの?」

「においが鼻をつく気体オゾンは、3つの酸素原子からできている。ところが原始地球には、材料となる酸素がなかった。そこに突然あらわれたのが酸素を発生する光合成生物。原始の海で放たれた酸素は、大気中に充満。やがて、上空にオゾン層ができた。有害な紫外線をカットして、地球生命をガード。おかげで、紫外線から身を守るために必要な水の深さは、わずか30センチに。花形役者の登場をお膳だてしたってわけ。そして、大気中の酸素が現在の10パーセントに達すると、水中から陸上へと生存が可能になる。植物、昆虫の祖先、動物が続々と上陸を果たした! オゾン層のみちびく、途方もない道のりだ。」


「ちょっと待って。酸素のない地球でも生きていけたの?」

「もともと酸素は、毒として厄介もの。今でも殺菌作用を利用して、消毒や脱色に使われるだろ? そのため、多くありすぎると細胞を傷つけ、病気や老化の原因にもなる。諸刃の刃さ。

 27億年前、酸素を放つ光合成生物が出現。やがて、酸素汚染をひき起こす真犯人だ。猛毒をまき散らかされ、苦しまぎれに酸素呼吸細菌(αプロテアバクテリア)を呑みこんじゃった宿主細胞。食べたαプロテアバクテリアがそのまま細胞内に住みつき、呼吸器官のミトコンドリアになった。それが<細胞共生説>のストーリー。私たちが酸素呼吸をはじめたきっかけさ。」


「酸素が毒だった時代があるなんて」

 目を丸くする千砂に先生はたたみかける。

「科学雑誌ネイチャーに、ショッキングな記事が載った。今みたいに酸素にみちた世界は10億年くらいしか続かない。これから地球は貧酸素化の道をたどるという。将来、酸素呼吸する私たちに、第二の地球をさがす必要性を説いているんだ。

 宇宙に旅立ち、私たちは新たなる進化を遂げるだろう。けれど、別の惑星におり立つ生命が生きる道をまさぐるくらい、24億年前の酸素汚染は既存の生物にとってシリアスだった。

 今でも深海には酸素汚染の生き残りがひそんでいる。光が届かず光合成なんて不可能な場所。酸素をおそれるバクテリアたちの楽園だ。地球の酸素が減っていく未来は、ヤツらにとってバラ色さ。」


「ふーん」

 遠い未来の心配と、気のない返事の千砂。博物館を出て、八戸の海沿いを帰る。深海を掘る船がうかんでいた。「海底下2キロからメタン菌が見つかる!」という新聞記事を思いだす。

「海底下深く2キロもぐるなんて、よっぽどの酸素嫌いね。」

 酸素がなくなった未来の地球。私たちはとっくの昔に旅立っている。10億年もの長きにわたる地中生活から地球全土へ。深海から、残党たちの王政復古をよろこぶ声が聞こえて来るようだった。


酸素汚染の残党ども



古生物マニアの千砂。ずっと不思議だった疑問をぶつける。

「教科書に主役級の生物が登場するのは6億年ほど前。最初に波の音を知ったエディアカラの生きものたちでしょ。花形役者の登場まで、進化の舞台はじみ~な微生物ばかり。それまで、いったい何してたの?」

 直球質問にたじろぐ博物館の先生。

「責めちゃ、あんまりだよ。生物が肉眼で見える大きさになったのはオゾン層のおかげさ。10億年ほど前にできたとされる。それまでは有害な紫外線がふり注ぎ、動植物は水面から10メートル下の水中で進化するしかなかった。」


 めだつ化石ばっかり追ってきた千砂。目には見えない太古代の生物のはなしも、聞いてみたくなった。

「そのオゾン層って、どうやってできたの?」

「においが鼻をつく気体オゾンは、3つの酸素原子からできている。ところが原始地球には、材料となる酸素がなかった。そこに突然あらわれたのが酸素を発生する光合成生物。原始の海で放たれた酸素は、大気中に充満。やがて、上空にオゾン層ができた。有害な紫外線をカットして、地球生命をガード。おかげで、紫外線から身を守るために必要な水の深さは、わずか30センチに。花形役者の登場をお膳だてしたってわけ。そして、大気中の酸素が現在の10パーセントに達すると、水中から陸上へと生存が可能になる。植物、昆虫の祖先、動物が続々と上陸を果たした! オゾン層のみちびく、途方もない道のりだ。」


「ちょっと待って。酸素のない地球でも生きていけたの?」

「もともと酸素は、毒として厄介もの。今でも殺菌作用を利用して、消毒や脱色に使われるだろ? そのため、多くありすぎると細胞を傷つけ、病気や老化の原因にもなる。諸刃の刃さ。

 27億年前、酸素を放つ光合成生物が出現。やがて、酸素汚染をひき起こす真犯人だ。猛毒をまき散らかされ、苦しまぎれに酸素呼吸細菌(αプロテアバクテリア)を呑みこんじゃった宿主細胞。食べたαプロテアバクテリアがそのまま細胞内に住みつき、呼吸器官のミトコンドリアになった。それが<細胞共生説>のストーリー。私たちが酸素呼吸をはじめたきっかけさ。」


「酸素が毒だった時代があるなんて」

 目を丸くする千砂に先生はたたみかける。

「科学雑誌ネイチャーに、ショッキングな記事が載った。今みたいに酸素にみちた世界は10億年くらいしか続かない。これから地球は貧酸素化の道をたどるという。将来、酸素呼吸する私たちに、第二の地球をさがす必要性を説いているんだ。

 宇宙に旅立ち、私たちは新たなる進化を遂げるだろう。けれど、別の惑星におり立つ生命が生きる道をまさぐるくらい、24億年前の酸素汚染は既存の生物にとってシリアスだった。

 今でも深海には酸素汚染の生き残りがひそんでいる。光が届かず光合成なんて不可能な場所。酸素をおそれるバクテリアたちの楽園だ。地球の酸素が減っていく未来は、ヤツらにとってバラ色さ。」


「ふーん」

 遠い未来の心配と、気のない返事の千砂。博物館を出て、八戸の海沿いを帰る。深海を掘る船がうかんでいた。「海底下2キロからメタン菌が見つかる!」という新聞記事を思いだす。

「海底下深く2キロもぐるなんて、よっぽどの酸素嫌いね。」

 酸素がなくなった未来の地球。私たちはとっくの昔に旅立っている。10億年もの長きにわたる地中生活から地球全土へ。深海から、残党たちの王政復古をよろこぶ声が聞こえて来るようだった。



参考文献

『ネイチャー・ワークス 地球科学館』同朋社出版(青木薫 山口陽子 監訳)

「Nature Geoscience」2021年3月2日(Ozaki,K. and Reinhard, C.T.)


参考文献

『ネイチャー・ワークス 地球科学館』同朋社出版(青木薫 山口陽子 監訳)

「Nature Geoscience」2021年3月2日(Ozaki,K. and Reinhard, C.T.)

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