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1 美奈





「~~……」

「……」


 誰かが泣いている。

 どうして泣いているの?


 探したいのに目が開かない。


 ねぇ……、どこにいるの?


 手を伸ばしたいのに体が動かない。

 呼吸が上手くできなくて、まるで金縛りにあったみたい。


 でも……。泣いてる子がいるなら、私は……、助けてあげたい!



「……っっ! はぁ、はぁ、動けた……ってあれ、ここ何処!?」

 目を開け、体を起こすとそこは真っ暗な空間だった。

 温かくも寒くもない。何もない寂しい場所。



「何で私こんなところに……?」


 記憶を遡り、原因に思い至った。



「そうだ。私、事故にあって……」



 私の最後の記憶を思い返す。

 




「美奈ーー!」


 誰かに呼ばれて顔を上げると、すぐ傍に車が迫っているのが見えた。



 あ……、私、ここで死ぬんだ……。



 体が宙を舞い長い黒髪が視界に入った。周りの景色がやけにゆっくりと流れて行く。



  不思議、痛くないんだ。



  これは走馬燈ってやつかな……。



 今までの記憶がゆっくりと脳内を駆けて行く。




 私は高橋美奈。現在大学四年生の二一歳。

 五歳の時家族を事故で失った。母方の祖父母はすでに他界しており、父方は没交渉。

 いくつかの親戚をたらい回しにされて最終的に児童養護施設に預けられた。

 居心地の悪い親戚の家で小間使いのように扱われるより施設の方がマシだった。

 夢も希望もなく淡々と日々を潰していたそんな私の元へヒーローがやって来た。


「叔父さんとでよければ一緒に暮らさないか?」


 名乗られても誰だか分からず反応を示せずにいると、大きな手が頭を撫でてくれる。


「久しぶりだから俺が分からないか? 会ったのは小さい頃だったしなぁ」

 後半は独り言のように呟いて苦笑を浮かべるその人の顔をじっくり見てみた。

 ぼさぼさの黒髪を乱暴に一括りに縛り、無精髭を生やしたオジサン。

 優しい茶色の瞳には慈愛が浮かんでいて、大人が怖くなっていたはずなのに、近寄られても恐怖を感じない。

「……?」

 細身だが鍛えられた筋肉のついた腕、日焼けした精悍な顔立ち。

 上から下までじっくり観察したけれど、私の記憶にその人の姿はなかった。

 首を傾げるばかりの私にその人は柔らかい笑みを浮かべ、視線を合わせた。

「南雲隆。美奈のお母さん、加奈の弟だ。三歳の頃会ったことあるんだぞ」

「……」


 戦場ジャーナリストをしており、年の大半を海外で過ごすその人は、久しぶりに戻って来た日本で母の死を知り慌てて情報を集めた。

 そして生き残っていると知った姪である私の行方を追ってたらい回しにされた親戚を辿り、この施設に預けられていることを知って駆けつけてくれた。

「お前の叔父さんだぞ」

「おじさん……」

「そう、お前の叔父さんだ。美奈。よければ、俺と暮らさないか?」

 くしゃりと笑った顔が母によく似ていて、私は叔父の胸に飛び込んで両親が死んでから始めて大声をあげて泣いた。

「もう大丈夫だ。叔父さんがいるからな」

「……うん」

 抱きしめてくれた胸の中はとても温かかったのを覚えている。


 それから私たちは新しい家族になった。


 私が小学校を卒業するまで叔父さんはフリーライターになり家にいてくれた。


 たくさんの紛争地帯とそこで暮らす人々を取材して来た叔父さんは、普通の人が一生かかってもしないだろう経験や体験をしている。

 それを私に話してくれた。楽しい事や嬉しい事だけではなく、辛く悲しい話も、叔父さんは一つ一つ丁寧に聞かせてくれる。

 叔父さんがその仕事が大好きなのも分かった。

 だから中学生になった時に元の仕事に戻って欲しいと私から言った。

 躊躇いながらも叔父は少しずつ元の仕事を再開し始め、中学を卒業するまでは控えめに、高校に入ってからは本格的に仕事へ復帰した。

 大学に合格してからは独身の頃と同じように年の半分は海外で過ごすようになり、一緒に暮らしているとは言い難い状況ではあったが、こまめにハガキが送られてきたから寂しくなかった。


 くしゃりと笑うと年齢より若く見える叔父さん。

 笑顔がよく似てると言って貰ってから私は笑うことが好きになった。

 平凡な容姿だったけど、笑うと可愛いと言われることが増えた。

 叔父さんと出会ってからいい事ばっかりだ。

 温かくて大きな叔父さんの手はどんな時でも私を包んで守ってくれる。


 私の大切な家族。


 私にとって叔父さんはずっとヒーローだった。


 私を暗闇から救い出してくれた叔父さんのようになりたい。

 どうしたら叔父さんのような仕事に就けるかを聞いてからは、勉強を頑張った。

 弱くては助けられる人も助けられないと格闘技を習い始めた。


 困っている人や泣いている人を見かけるとつい声をかけてしまう。

 偽善者、お節介と言われてもやめられなかった。


 だって、私はいつだってあの暗闇に居た「私」に手を差し伸べているんだもの。

 やめられるわけがない。


 そんな穏やかだが幸せに満ちた暮らしを続け、私は大学四年生になった。

 そうして夢に向けて動き出した矢先の事だった。



「あ……!」


 歩行者信号が赤になったのに気付かずお婆さんが横断歩道を渡っている。

 そこに迫る車。


「危ない!」

 そう思った時にはもう駆け出していた。


 自分が危ないとかはいつだって走り出してから気付くんだ。

 そして走り出してしまったら止まることなんて出来ない。

 お婆さんの腕を引っ張り、後ろに居たサラリーマンの方へ突き飛ばす。


 跳ね上げられた私の体が宙を舞い、上空から視界を巡らせた。


 サラリーマンはお婆さんを受け止めてくれており、どちらにも怪我はなさそうだ。



「助かってよかった……」


 安心したら目が勝手に閉じて行き、意識は闇に飲まれた。


 そして気付いたらここに居た。


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