表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私だって愛する人と結ばれたい!  作者: 桜江


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

蛇足 伯爵令息、現状打破



「――百面相やめて。集中できないから」


 不機嫌さを隠さない小声に、物思いに耽っていたカスターが視線を上げ、向かいのシャンティを見た。


「顔が可笑しなことになってた」

「え、マジで」

「言葉遣いがマズいんですけど?」

「あー、ごめん。でもまあ言葉遣いは許して」


 へらりと笑うと、真顔のシャンティは呆れたように小さく溜め息をひとつ()いた。周囲を窺ってから雰囲気を一変させると視線をカスターの手元にやる。


「……何で三族名鑑で感情溢れさせてんのよ」

「あっ、さっすがー。何読んでたか分かるとこが」

「さすがも何も、そんなに分厚い本なんて三族名鑑くらいでしょうに……んー、何? ……ああ、お人形姫様のおうちのとこね」


 本の厚みからページ数、更に内容を察したシャンティは納得いったように何度もゆっくり小さく頷いた。

『お人形姫』、マカロナージュ公爵家の娘、ヴァニラを示す隠語。

 ――何も出来ない、何も知らない、親に言われるがままのお人形。


 ハッキリ名前を出すことは出来ないために、マカロナージュ公爵家を良く思わない派閥では彼女をそう呼んでいた。

 誰が聞いているかも分からない場所で、だが大きな声では言えない。


「――彼女が何か問題でも?」

 シャンティは視線を手元に戻し、ペンを握り直して聞いた。

「……は? 問題だらけだけど?」

 カスターの眉間には深い皺が刻まれる。


 そう、問題だらけ。

 ヴァニラ自身は何も(・・)していない。

 それこそシフォンからは『もう権利を行使していいんじゃないかな』とそれはイイ笑顔で言われている。

 何なら、そのお取り巻きからシャンティも嫌がらせを受けた口だ。

 彼女に報復するつもりが全くないので、カスターは動けない。


「だとしても、何も言われてないでしょ? あの人(・・・)から」

  「まあ……」


 あの人、というのはシャンティの父親であるエクレール侯爵を指す。

 後継者を外されてから『お父様』とは呼ばなくなった。どこに行って誰の前でも、例え家族だけの場でも両親を『侯爵・夫人』と呼ぶようになった。

 それを侯爵は渋面をしつつも黙認している。

 反抗期だろうとしか思っていないようだが、既にそれも2年を過ぎている。


 その侯爵からカスターへ何かしらの連絡は一切ない。

 だから、自分の裁量で動いて良いとされているのではないかと思ったこともある。


「……自分たちの大義も忘れ、中枢から外されて長い。どうせ不要な――」

 シフォンの言葉を借りて、マカロナージュについて語ろうとすれば、すぐにぴしゃりと言いきられる。

「それを決めるのはアナタたちじゃないの。分かってるとは思うけど。私怨混じりでそういうこと言うのやめてくれない?」

「……しえん」

「私怨じゃなきゃ何なの。まあかなり精神的にガリガリ削られてるみたいだけど、あの調子づいた腹黒にはいい薬よ」


 あどけなさの残るシャンティから吐き出される言葉はトゲまみれでささくれだっていた。

 調子づいた腹黒とはよく考えなくてもシフォンのことだろう。

 これはもう不敬がすぎる。


「おにいちゃんは悲しいよ、そんな悪い言葉ばかりその口から出てくるなんて」

「――はッ」

 シャンティはうんざりしたように鼻で嗤うと、カスターと同じように頬杖をついて小首を傾げ微笑んでみせる。


「では、お兄様(・・・)。言っておきますけど、私はもう何もかもから降りますからね。腹黒の良いように使われるなんて嫌だし。いい? 私たちをひよっこ(シフォン)が好き勝手に動かせるワケじゃないの。それと、あの人のことも私は親としてはどうでも良いけど、当主として言うことは間違ってないと思ってるから従ってるんだからね」

「……降りる?」

 それは皇太子妃候補からか、何もかもからとはどういうことだ、カスターは首を傾げるがシャンティは無視して話し続ける。


「それに、どれだけあのおうち(マカロナージュ)(歴史)を忘れきっていても、仕事の出来ない阿呆でも、まだまだ必要な盾なの。分かりやすい囮としてね」

 シャンティは小声を更に潜め、くふふ、と含み嗤う。


「どうせもうすぐホコリは一掃よ。大掃除が始まる。今はどれを残してどれを片付けるか選別中でしょうね。アイツ(シフォン)から直接やれって言われてるのかもだけど、アイツだって選別会議には参加してるんだから。信じて突っ走ればお兄様(・・・)もお片付けの方に仕分けられるわよ」


 黙り込むカスターに、シャンティは冷たい声音で言い放つ。

「――中和と調整、節制を保て」

 シャンティはペンを持って、カスターの本に腕を伸ばすと、器用にページをそれで捲る。

 トン、とペンで叩かれ差し示したのはエクレール家のページ。


 その紋章。

 大蛇がぐるりと炎揺らめく太陽を模した柄を囲み、口から火を吐いている――ように見えるが、実は火ではなくこれは水だ。


 燃えているのは(太陽)であり、国に起こる(わざわい)を鎮めている(エクレール)を表しているのだが、対外的には『国の繁栄を表す炎、更に勢いを増すため蛇が火を吐く』ということになっている。


 エクレールが裏に隠し持った意味を持つことは一族と皇帝しか知らない。


 そしてエクレール家はその一族においても制約が多い。


 近頃は血の近い結婚は忌避すべきとされているのに、エクレールが近親婚を重視していることも。


 女が後継者指名されるより、男がその座に着くことが圧倒的に多いことも。


 他国に渡った家を含めても、エクレール一族というのは他家に比べて著しく人数は少ないことも。


 時に間諜(スパイ)のように隠密裏に動き、時に情報収集のため人を騙し、時に国敵を物理的に排除するのがエクレールという一族に課された仕事。


 中和と調整と節制(飴と鞭)を行使する権限をもつ。


 不穏な動きは潰して、見せしめのための生贄を晒すことで『中和』し『調整』する。

 厳しく絞めすぎれば不満が高まるので、甘い汁を吸うことや規則の逸脱をある程度は見逃し許容する『節制』。


 カスターが見飽きた紋章と、教え込まれた規律。


 次期皇帝の、皇太子のシフォンだから、彼の言うことは例え白のものでも黒と言えば黒になるのだと受け止めていた。

 シフォンはカスターの、エクレールの裏を知っているけれど、口に出してはいない。


「……あー、なるほど」


 側近候補だけでなく、エクレールとして試されてもいるわけか、とカスターは納得した。


 シフォンがヴァニラを面倒だと思っていることは事実だし、最終的にシャンティに仕える予定のカスターにとっても邪魔だが、それだけで始末に動いても個人的な問題でしかなく、カスターが口封じと罪を全て被って死刑に処される、という未来になる。


 なぜならシフォンは『誰が何の権利を行使する』に言及していない。

 もしかしたら『シフォンが皇族としての』かもしれないし『皇帝が皇帝の』かもしれない。

『エクレールの』とは一言も言っていないのだから。


 内心感嘆していたが、そんなカスターに厳しい言葉が矢のように降ってくる。


「中和するのに潰す対象を間違っちゃダメでしょ。全部ぶっ潰したらスイツ(ここ)なんて更地よ更地。で、調整と節制。何のためにあそこから権力(ちから)取り上げて無力化したのに贅沢や我儘を許してると思うの? ――って、私みたいなお子ちゃまに諭されている程度じゃ、中々アレ(シフォン)の信頼を得るのは難しいんじゃない?」

「……まあ、別に信頼されなければされないでいいや。僕はその辺どうでもいいし……ってそれより全部降りるってどういうこと?」

「そりゃもう、呪縛から解き放たれたいのよ」


 くふ、とまたシャンティは含み微笑って、そのまままた自身の勉強に集中し始める。


(全部降りるって、皇太子妃候補からもってこと? まあ候補にも選ばれてないわけだけど……)


 確かに、シフォンとシャンティでは相性は悪いかもしれないが、きっと共通の敵がいればかなりこれは。

(……最凶の組み合わせかも)


 表向きでは一度も会っていないが、シャンティがまだ後継者だった時は小さい頃から何度も皇宮でシフォンに会ったことがあるためにあの言い草だ。


 カスターはそれを知っていたのに、シフォンについてシャンティがどう思っているかは今初めて聞いた。


 そんな基本的なことすら頭から抜けていた。

 シャンティはその道を選んでいなかったことも分からなかった。

 ならばなぜそんなに頑張るのか。


 これまで何でも分かっていると思っていた従妹の、何もかもが突然分からなくなって、カスターはまるで幼子が広い場所でひとりぼっちにされたような、寄る辺ない気持ちになった。


 カスターがシフォンをどうでもいいと言ったのは本心だ。


 彼にとって優先すべきは皇帝や皇太子ではない。まして父母や伯父でもない。

 彼にとっての主君とはまさしくシャンティのことだからだ。

 シャンティが全て失い諦めたあの日、自分だけは彼女を裏切らず離れないと決めた。

 でもそこに男女の愛はない――ない分それを超越するほど重いことも分かっていない。


(呪縛。全てから降りる、ねえ……)


 ぱらぱら、とページを戻す。

 マカロナージュ家の文字と紋章が目に飛び込んだ。


 ――この家はシャンティの敵じゃない。


 そう思うと、一気に肩から力が抜ける。


「てっきり目指すもんだと思ってたよ」

「あんな面倒なものになるわけない。例え好きな人でも躊躇する。よくまああんなに夢見れるものよね」

 何を、とは言わない。


「私はね、この血から全力で逃げることに決めたの」

「血の呪い?」

「……そのためにアイツの家の力が必要なのよ」


 エクレールの制約と裏を知るのは皇帝のみ。


 一族に流れる血自体が制約の媒体となってしまっている。

 これは大昔の魔導具――当時は魔導具とは呼ばれず呪具だの宝物だの言われていた――による弊害。

 初代皇帝と彼を中心とした家々で秘密保全の契約をした時の名残とエクレールでは伝わっている。


 だから皇帝以外の他に知る者がいても、例の魔導具で強力な呪いじみた秘密保全を死ぬまで遵守させられることだろう。

 おそらく、知っていても知っているとこちらに声を掛けることも出来ず、(したた)めることも、当然口に出したり――とにかく無関係の第三者に伝えるすべての行動を禁止されているに違いない。


 だがそれを解除するとなると。

 確かに皇族の協力は必要だろうが、果たしてそう上手くいくものだろうか。


「それこそ逆にそこを突かれて良い様に使われるんじゃ?」

 カスターの疑問に、シャンティはくふ、と口角を上げて目を細めた。


「バカね、恩を売るのよ。何も持たなくても表向き家名と歴史でゴリ押しできるお人形さんを代わりに引き取ってあげるの。そのくらい大事な私のために協力してくれるわよね、お兄様?」

「へえ? まあいいけど?」

 それで恩を売れるだろうか。

 むしろあれだけ嫌がっているのだから、自ら動きそうではある。

「どうせ長期戦よ。一筋縄じゃいかないもの、いい? 狙うは卒業後。今はなるべく記憶に残るようにして」

「すぐじゃなくていいんだ?」

「当たり前でしょ」

 シャンティはこちらを見ないまま、独り言のように呟く。


「どの家だって親の言うことは守って当然なんだから。それこそ植え付けられた諸々は簡単に破れるわけないのよ。私だってそうだもん。まだ納得出来てないし。それにねえ、厄介なのはアイツのせいだから、せいぜい青春時代はダルい想い出で埋めてあげたいわあ」

「そうかなあ。あれだけ相手にされてない上に箱入りなんだから、フラッといきそうなもんだけど……」

「あんな粘着質な姿見といて楽観的ね」

 視線を上げたシャンティが、じとりと睨む。


「まあ、とにかく。何にでも時期とタイミングと運ってものがあるのよ。腹黒が逃げ続けられるように助けることと、引き取ることは決定ね」

「おうちが煩そうだなあ」

「うちもあちらも黙らせるために動くに決まってるじゃない。弟じゃなくて私に付くって決めてるんでしょ? ならちゃんと動いてほしいな」

「おにいちゃんはお前が末恐ろしいよ」


 言葉と裏腹に、カスターが満面の笑顔を見せればシャンティは肩を竦めた。

「そういう風に育てられたからね」


 ――だが、この2年後また2人を取り巻く状況は一変してしまう。






 

 

【制約の魔導具】

犯罪者専用魔導具。

首輪型、指輪型、耳飾り型など基本的に身に付ける物が多い。

ある種の自由思考や行動を制限する。

過去、重犯罪者への処罰は極刑しかなかったために使われていた。

外す事は死ぬまで出来ないというものもある。

エクレールに使われたのはそれより更に古代の物で、魔石や魔物を直接身体に取り入れる仕様と思われる。

いわゆるロストテクノロジーと呼ばれる部類だが、人道に悖るためあえて失くされた可能性が高い。

※魔導具や魔石、魔物などの説明はリンク先の作品にてちらっとあります。


       * * * * *



たくさんある中から読んでくださってありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ