エピローグ
ガリレオ王子は王籍を剥奪され、平民として辺境の国境警備隊に兵士見習いとして押し込められた。死なない程度に鍛え直されるらしい。武勲を上げて騎士に取り立てられれば準貴族にまでは返り咲けるが、その可能性は良く言っても未知数というところらしい。
ガリレオ王子のことが堪えたのか、陛下は卒業パーティーから半年後に生前退位された。新王には順当にコラルド王太子殿下が即位した。若く精力的に政務に取組む王の姿は、貴族だけでなく平民からも支持を集めた。
ヤリーマン・ヴィッチの捜索は迷宮入りし、一年後に断念された。その代わり貴族学校の警備の強化に力をいれることになった。
人生最大の衝撃を受けた夜、私とアオイは口頭で婚約を交わし、旧領の屋敷で一緒に暮らした。その間にアオイは領地経営の補佐をしつつ、伯爵家の女主人としての采配を学んだ。そして一年後、私とアオイは結婚した。再婚同士だし、結婚式はささやかにしようと思ったのだが、シルヴィアから異論が出た。
「お父様はもう貧乏な子爵じゃない。アルテラの領主の伯爵なのよ。それなりの式にしないと、私の立場がないわ」
シルヴィアは新領に居を構え、王妃殿下から紹介された補佐と一緒にアルテラの経営を行っていた。土地柄の問題もあって、社交もほとんどシルヴィアが行っていたので、私に拒否権はなかった。
シルヴィアに言われるままに結婚式の準備を進めたら、アルテラでかなり大規模に行うことになった。結婚式が観光シーズンだったこともあって、多くの貴族が出席することになった。ヒスター王国の大使も出席することになった。もちろんこれはシルヴィアが狙ってやったことなのだが、エルマリオ公爵夫妻からコラルド陛下の名代として出席したいという打診があったときは、シルヴィアもかなり驚いたらしい。
小心者の私は式の間は緊張しっぱなしで、とにかく無事に式を終えることしか考えてなかった。それをなんとかやり遂げたときは、自分で自分を褒めたくなった。
この結婚式がきっかけで、私は国で一番幸運な男と言われるようになった。棚ぼたで爵位と領地と若い妻(差し障りがあるので年齢詐称は公にしなかった)を手に入れたばかりか王室との繋がりまで持てた男、というのが世間の私の評価だ。ほぼ当たっているので否定できないのが、なぜか悔しい。
シルヴィアはというと、アルテラの経営を始めてから半年後に婚約した。相手は王妃殿下から紹介された経営補佐のアンテオ・メッロだ。シルヴィアより七歳年上の伯爵家の三男で、婿入りする予定になっている。
結婚から半年後、アオイの妊娠が判明した。妊娠二ヵ月だった。まさかこの歳で新たに子供ができるとは思っていなかったが、私は心が天に昇るほど嬉しかった。浮かれまくる私に、アオイが懸念を伝えてきた。
「もしこの子が男の子だったら、伯爵家の相続に口を出そうという親戚が現れるかもしれません。この子が生まれる前にシルヴィアとアンテオを結婚させて、家督を譲るべきです。結婚相手を選ぶときは慎重さが必要ですが、結婚を決断するときには勇気が必要です。あなたが見ても、私が見ても、シルヴィアが見ても、アンテオには問題がないのです。あなたが二人の背中を押すべきです」
アオイに背中を叩かれて、私は慌ててアルテラへ向かった。
アオイの妊娠を報告すると、二人は喜んでくれた。特にシルヴィアのはしゃぎようは凄かった。やはり兄弟が欲しかったようだ。
シルヴィアが落ち着いたところで、私はおもむろに二人に言った。
「生まれてくる子供が男だったら、伯爵家の相続に口を出す親戚が現れるかもしれない。子供が産まれる前に、婿殿に家督を譲りたい」
完全にアオイの受け売りだが、それはこの際どうでもいいことだ。
二人は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、すぐに言葉の意味を悟った。すかさずダメ押しをする。
「私とアオイの結婚式を準備できたのだ。自分たちの結婚式なら、もっと上手くできるだろう」
私とアオイの結婚式から一年後、シルヴィアとアンテオは結婚式を挙げた。二つの結婚式はほぼ同じ規模になった。たぶんシルヴィアのバランス感覚がそうさせたのだろう。
私たちの二つの結婚式がきっかけで、貴族令嬢たちの間では、アルテラで結婚式を挙げるのが憧れになった。それ以前は王族が結婚式を挙げる王都の聖教会が憧れの式場だったが、王族しか結婚式が挙げられないので、純粋な憧れの対象だった。だがアルテラなら費用さえ捻出できれば結婚式が挙げられる。アルテラが憧れの式場の第一位の座を奪取した。
これによりアルテラに新たな産業が誕生した。ウエディング産業だ。結婚式専用の施設が建設され、金はないが見栄は張りたい貴族のための貸衣装の店ができた。旧領にも貸衣装の修繕や寸法直しのための工房が出来て、スビアーナ伯爵家の財政はかなり潤ったようだ。すでに家督を譲ってシルヴィアと婿殿に任せているから、詳しいことはわからない。
今は双子の子育てで頭が一杯だ。アオイはもちろん使用人とも協力しているが、乳幼児の相手は四十を迎えた男にはなかなか辛い。
シルヴィアは弟妹が可愛いらしく、よくお土産を持って遊びに来る。だがその頻度があまりに高いので、苦言を呈した。
「フリオとレオニナを可愛がってくれるのは有り難いが、アンテオのことを一番に大切にしなさい。私は次は孫の顔が見たいのだ」
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。