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婚約破棄に乾杯!

 貴族学校の卒業に関わる全てのイベントを終えたあと、私とシルヴィアとワカナ夫人はスビアーナ領に戻った。

 夕食の席で、私たち三人はグラスを掲げた。

「ワカナ夫人、貴女に乾杯の音頭をとってもらいたい」

「閣下を差し置いて私がですか?」

「貴女は我が家の恩人だ」

 ワカナ夫人はシルヴィアの方をチラッと見たが、シルヴィアは黙って頷いた。

「では僭越ながら……婚約破棄に乾杯!」

「「乾杯」」

 私はグラスの中身を飲み干したが、飲酒を解禁されたばかりのシルヴィアとワカナ夫人は口をつけただけだった。

「『人の噂も二月(ふたつき)』というが、王都はでまだヤリーマン・ヴィッチの噂が流れているのだろうか」

「王都を発ってからまだ五日ですよ」

「早く終息してもらいたいものだ」

「前代未聞の事件ですから、そうそう消えるものではないでしょう」

「まあ、真相がバレるとは思わないがね。しかしワカナ夫人、よく思いついたものだ」

「異界の小説には『推理小説』というジャンルがございます。犯罪の真相を暴こうとする探偵と、真相を隠そうとする犯人の知恵比べを描いた小説です」

「ほう、それは面白そうだ」

「異界では推理小説は人気のジャンルで、たくさんの作品が書かれ、たくさんのトリックが発明されました。その中には『探偵が実は犯人だった』というものや、『犯人と被害者は実は共犯だった』といったものもあるのです」

「まあ、その二つを組み合わせたのね。こちらには推理小説はありませんから、このような奇抜なトリックを見破れる人はいないでしょうね」

「『ヴィッチは平民である』という私の誤誘導(ミスリード)を信じている間は大丈夫でしょう」

 シルヴィアがワカナ夫人と会話をしている隙に、私は給仕に合図をして空のグラスにワインを注がせた。

「お父様、ピッチが早すぎませんか」

 しっかりバレていた。

「私にはトリックの才能がないようだな。めでたい日なのだから、多少は深酒してもよかろう」

「飲めないくせにお酒が好きなんだから……あと一杯だけですよ」

 ワカナ夫人を見ると、私たちの会話を微笑みながら聞いていたようだ。

「しかしよく殿下にバレませんでしたな。ヴィッチ嬢がワカナ夫人だと」

「探偵としてのスキルです。正体を知られずに情報収集をしたい場面はよくあります」

「しかも殿下と取り巻きをあっさり籠絡した」

「不倫をしている男性の調査をしていれば、不倫相手の女性についても必然的に詳しくなります。そういう女性の真似をしたら、簡単に引っかかりました。あの方々は周囲が思っているより、異性との交際の経験が乏しかったようです。異界の表現を借りれば、『チョロい』人たちでした」

 食事をしながら、私たちは会話を楽しんだ。やがて話題は卒業後の二人の進路になった。

「シルヴィアはこれからはどうしたい? 無理に婿を迎える必要はないぞ。好きな男性がいるのなら、そちらの家に嫁いでもいい」

「私が嫁いだら、スビアーナ家はどうなさるおつもりです?」

「私が死んだら爵位と領地は王家に返上する。アルテラは元々は王家のものだしな」

「お父様は欲がなさすぎます」

「元々貴族には向かない性格なのかもしれん」

「そう言ってすぐに諦めるのは、お父様の悪い癖です」

「本当にお二人は仲がよろしいのですね」

「そうでしょうか? そういえばワカナ夫人はいつごろ帰国されるのですか?」

「実はこの国への移住を考えております」

 私は驚いたが、シルヴィアの表情には驚きがない。あらかじめ知っていたのだろうか?

「“渡り人”としてヒスター王国の保護を受けているのでしょう。移住して大丈夫なのですか?」

「保護といっても爵位と生活費を与えられているだけです。爵位は一代限りで領地もありませんから、失っても惜しくありません。生活の目処さえ立てば、移住は可能です」

「では仕事は決まっているのですか?」

「安易ですが専業主婦……こちらの言い方ですと、貴族の家の女主人ですね」

 どこかの貴族の家に嫁ぐつもりか……少し意外だ。

「すでに婚約されているのですか?」

「これから申し込むところです」

「お相手はどなたですか?」

 シルヴィアが特大のため息を吐いた。

「お父様、まだわからないの? ワカナ夫人の想い人はお父様よ」

 私は頭を殴られたような衝撃を受けた。異界の結婚事情を聞かされたときより大きな衝撃だ。

「私が!……なぜそこまで私を好いてくれるのですか?」

 こころなしか、ワカナ夫人の顔が赤くなった。

「私が離婚をしたとき、力を借りた探偵がいることはお話ししましたね」

「ええ、憶えています。夫人が探偵を志すきっかけとなった人物ですな」

「閣下はその探偵にそっくりなのです」

 私はもちろんその人物と会ったことはないが、自分と探偵の類似点が思いつかない。

「……どこがそっくりなのでしょう?」

(かんばせ)が……」

 まさかの顔! あのワカナ夫人が顔で男を選ぶのか?

「……一時的な恋愛感情で相手を選ぶと、失敗するのではありませんか?」

 もしワカナ夫人が冷静さを欠いているのだとしたら、取り戻させるべきだろう。

「きっかけ自体は重要ではありません。閣下のお側にいる間、閣下のことを観察していました。そして閣下が誠実な方であると知りました。これだけ誠実な方なら、生涯を添い遂げることができるのではないかと思ったのです」

 私はどうやってワカナ夫人を傷つけずに断ろうかと、必死に考えた。

「私も夫人のことは好ましく思っています。尊敬もしています。ですが娘と同い年の女性を、妻として見ることはできません」

「あら、そういえばまだ話していませんでしたね。実は私、年齢を詐称していました」

「「詐称?」」

「ええ、貴族学校の入学には年齢制限があったので、年齢を誤魔化したのです。私の本当の年齢は二十八です」

 私は頭を潰されたような衝撃を受けた(本当に潰された経験はないが)。今度はシルヴィアも驚愕の表情を浮かべている。

「ワカナ夫人は魔女ですか!?」

 かなり失礼な質問だが、それだけシルヴィアが受けた衝撃は大きかったのだろう。

「こちらの世界でも魔女は不老不死の存在と考えられているのですか? 私は不老不死ではありません。ちゃんと歳を取りますし、最後はしわしわのお婆ちゃんになります。病気や怪我がなければ、寿命はこの世界の人たちと変わらないと思います。外見が若いのは、単なる民族的な特徴です」

「……若いのは外見だけだとしても、羨ましいです」

 まだ十八なのに、もう歳をとったときの心配をするのか?

「良いことばかりではありませんよ。大人なのに子供扱いされるのは、腹が立つものです」

 シルヴィアのおかげで話が大きくそれた。このまま有耶無耶になればと思ったが、聡明なワカナ夫人は逃がしてくれなかった。

「閣下は三十八でしたね。十歳差なら貴族の結婚では珍しくありませんね」

 その後も二人の女性に責め立てられ、最終的に私は降伏した。私も『チョロい』男だった。

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