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消えたヒロイン

 卒業パーティーの壇上では、ガリレオ王子のやらかしが続いている。

「……おまえはヤリーマン・ヴィッチ男爵令嬢に嫉妬し、虐めをしただろう。ヤリーマンの教科書を破き、文房具を隠した。それだけでは飽き足らず、噴水に突き飛ばしたり、階段から下に突き落とそうとした。そのような女は俺の婚約者にふさわしくない! おまえとの婚約は破棄して、俺はヤリーマンと新たに婚約する!!」

 壇上の王子は一人で盛り上がっていたが、周囲は完全に冷めていた。だが王子がそのこと気づいた様子がない。

「あーあ、痛々しくて見ていられませんわ」

 女性の声が会場全体に響いた。その声の主はシルヴィアに歩み寄って、その隣に立った。女性の姿を見たとたん、興奮で紅潮していた王子の顔が、一気に青くなった。

「な、なぜ貴様がここにいる!?」

「私も卒業生です。主賓がパーティーに参加していることが不思議ですか?」

「貴様は学校をサボってヒステリー国に帰っていたではないか。卒業できるはずがない!」

「ヒステリーではありません。ヒスター王国です。殿下にご心配いただかなくても、夏季休暇までに卒業に必要な単位はすべて取得済みです。昨日まで徹夜で卒業論文を書いていた殿下と一緒にしないでください」

「なぜそれを知っている!?」

「今はそんなことはどうでもよろしいでしょう。重要なのは、殿下がシルヴィア様との婚約の破棄を宣言したこと、そしてシルヴィア様に冤罪を着せようとしたことです」

「冤罪ではない!」

「では証拠を提示してください。私にはシルヴィア様のアリバイを証明する準備ができています。どちらの証明が正しいか、この場にいる皆様に判断していただきましょう」

「……シルヴィアは取り巻きの令嬢にやらせたのだ」

「シルヴィア様は現在は高位貴族の伯爵令嬢ですが、父君が陞爵されたのはつい最近です。在学期間中のほとんどは、シルヴィア様は子爵令嬢でした。子爵令嬢に取り巻きなどいるはずがないでしょう」

「……貴様だな」

「はあ?」

「シルヴィアの代わりにヤリーマンを虐めていたのは貴様なのではないか!?」

 ワカナ夫人の雰囲気が変わった。周囲の空気の温度が一気に下がったようだ。

「私が虐めをしたという証拠はあるのですか?」

「……いや、まだないが……」

「ではシルヴィア様だけでなく、私にも冤罪を着せようというのですね」

「……」

「さすがにこれは看過できません。大使館に報告させていただきます。いずれヒスター王国から正式に抗議が来るでしょう」

 ドンという音が会場に響いた。音のした方向を見ると、保護者の最上位席に座る陛下の姿が目に入った。杖で床を強く突いたらしい。

「ガリレオ、おまえは黙っておれ」

 ガリレオ王子はまだなにか言いたそうだったが、さすがに父王には逆らえないようだった。

 陛下は視線を王子からワカナ夫人に移動させた。

「そなたがアオイ・ワカナ男爵夫人か」

「御意」

「学校ではガリレオが迷惑をかけたようだな」

「同じ学び舎で学ぶ者として、できることをしたまでです」

「男爵夫人の怒りは理解できるが、余としては両国の友好関係に水を差したくない」

「慣れないお酒に酔ったようです。ガリレオ殿下がなにを仰ったのか、よく憶えていません」

「男爵夫人の配慮に感謝する」

 陛下はため息を吐いた。

「ガリレオよ。これが大人の貴族の態度というものだ。おまえのそれは、大人でも貴族でもない」

 王子は叱られた犬のようになっている。

「一度口から出た言葉はなかったことにできぬ。そしてガリレオは婚約破棄を口にした。よってガリレオとシルヴィア嬢の婚約は、ガリレオの有責で破棄とする。スビアーナ伯はいずこにおる?」

「ここにおります」

 私はシルヴィアのところへ移動した。

「かような仕儀になってしまった。あいすまぬ」

「伯爵位とアルテラ領は返上いたします」

「それには及ばぬ。そなたらには多大な迷惑をかけた。慰謝料と思って受け取ってくれ」

「陛下のご意思のままに」

「ところで、ガリレオが言っていたヤリーマン・ヴィッチ男爵令嬢とは何者だ?」

 会場全体が微妙な雰囲気になった。多くの者が知っているが、誰もが言い出しにくいのだ。

 勇気を出したのはワカナ夫人だった。

「私から説明させていただいて、よろしいでしょうか」

「頼む」

「ヤリーマン・ヴィッチ男爵令嬢を自称する女性は、夏季休暇以降に学校でガリレオ殿下と仲良くなった人物です。殿下と取り巻きの令息たちに囲まれているところを何度も目撃されています。まるで男女が逆転したハーレムのようだと噂になっていました」

 陛下がガリレオ王子を睨んだ。

「ハ、ハーレムなどではありません。いやらしいことなどしていません。拒まれましたから!」

「拒まれた? つまり要求したのだな!」

 王子の顔色は青を通り越して白くなった。

「余はすべての貴族の名前を憶えているわけではないが、ヴィッチ男爵家というのは聞いたことがないな」

 陛下の疑問に答える形で、ワカナ夫人が説明を続けた。

「私が調べたところ、学籍名簿および教職員名簿にヤリーマン・ヴィッチの名前は載っていませんでした。偽名と思われます」

 新事実の発覚に、会場全体がざわつき始めた。

「学校の学生か教職員が偽名を使ったのではないかと考え調べてみたところ、殿下が授業をサボ……欠席して自称ヴィッチ嬢と一緒にいたところを職員が目撃した日がありました。その日の全クラスの出席簿と教職員の勤務表を調べたのですが、授業を欠席した生徒は殿下一人のみで、所在が確認できなかった教職員は一人もいませんでした」

 会場のざわつきが更に大きくなる。

「残念ながら自称ヴィッチ嬢の手がかりはここで途絶えてしまいました。ここからは私の推測になりますが、平民が興味本位で学生に扮装して、学校に紛れ込んだ可能性がもっとも高いと思われます」

「……どうやら学校の警備体制を見直す必要がありそうだな」

 陛下の言葉を聞いて、職員たちの顔色が青くなる。

「それはパーティーの後にすればよいだろう。皆の者、パーティーを再開し、卒業を祝ってくれ。ガリレオ、おまえは余と妃と一緒に王宮へ帰るぞ」

 国王夫妻と王子が退席したあと、パーティーは『ヤリーマン・ヴィッチは何者か?』という話題で大いに盛り上がった。

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