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男爵夫人の秘密

「実は私の祖国はヒスター王国ではありません。私はヒスター王国に保護された“渡り人”なのです」

 私は自分の耳が信じられなかった。こことは異なる世界からまれにやって来るという“渡り人”。その話は聞いたことがあるが、おとぎ話だと思っていた。

「ヒスター王国以外では“渡り人”はおとぎ話だと思われているのは知っています。なぜか“渡り人”はヒスター王国にしか現れないのですから」

 色々と質問したいことはあったが、まずはワカナ夫人の話を聞くと約束したので、無言で話の続きを促す。

「“渡り人”が現れるのは数十年に一度なのですが、過去の“渡り人”がもたらした異界の知識がヒスター王国に発展をもたらしたことがあったので、ヒスター王国は密かに“渡り人”を保護しているのです。私もささやかながらヒスター王家のお役に立てたので、男爵の爵位を賜りました」

 ワカナ夫人がどのような活躍をしたのか興味があったが、ヒスター王家との関わりから教えてもらうことはできないだろう。それどころか、ここまで話した内容だけでも、よく話せたものだと思う。

 私は約束を破ることにした。

「ワカナ夫人、もし私たち父娘(おやこ)のために貴女が危ない橋を渡ろうとしているのなら、それは止めていただきたい」

「その辺りは私も(わきま)えておりますので、ご安心ください。でも心配していただいたことには感謝します」

 一息ついて、ワカナ夫人は話を続けた。

「実は私は異界で結婚していました。しかし結婚生活は一年足らずで破局を迎えました。原因は元夫の不倫です」

 この話は私には衝撃的だった。だがシルヴィアは私以上に衝撃を受けたらしい。ちらっと見たら、驚愕の表情を浮かべていた。

「調べてみたら、元夫は結婚前から不倫相手と関係を持っていたのです。私は迷わず離婚を選択しました」

 確かに賢明な判断だと思うが、そんなに簡単に離婚ができるものなのだろうか。普通は家同士の関係など、本人にはどうしようもないしがらみがあるものだ。

「そんなに簡単に離婚ができるんですか?」

 シルヴィアも私と同じ疑問を持ったようで、自分が言いだした約束を破った。先に破った私がとやかく言える義理ではないが。

「異界では、親が結婚相手を決めることはまれです。本人が結婚相手を選ぶ恋愛結婚が一般的です。ですから本人たちが合意するだけで、離婚できるのです」

 この話も私とシルヴィアには衝撃的だった。

「今思えば一時的な恋愛感情で結婚相手を選んだのが間違いでした。もっと慎重に選ぶべきでした」

 私は耳が痛かった。寄親と王室に嵌められるような形で、シルヴィアの婚約相手を決められてしまった自分が情けない。

「そのような体験をしたので、私は不誠実な男性が許せないのです」

 これにはガリレオ王子も含まれるのは、考えなくてもわかる。

「私は自分と同じ問題で苦しんでいる女性を助けたいと思いました。私が離婚をするときに、力を貸してくれた人が二人いました。一人は離婚問題に強い弁護士です」

 離婚問題に強い弁護士? そんな弁護士が必要なほど、異界は離婚が多いのだろうか?

「そのような弁護士が必要とされるほど、異界は離婚が多いのですか?」

 やはりシルヴィアも私と同じ考えだった。

「夫婦の三組に一組は離婚していました」

 今日は何度衝撃を受ければいいのだろうか? シルヴィアも唖然とした顔をしている。

「自分で相手を選べる恋愛結婚は素晴らしいと思っていたのですが──」

 シルヴィアまで私のメンタルを削りに来た!

「──お話を聞いていると、そうは思えなくなってきました」

「独身女性がよくする勘違いは、結婚がゴールだという考え方です。実際は結婚はスタートであり、結婚生活を充実させることができるかどうかが、結婚の成否を分けるのです。結婚のきっかけは、実はそれほど重要ではないのです」

 なんとも含蓄のある言葉だ。娘と同い年の女性の発言とは思えない。

「話を元に戻させていただきます。私のもう一人の協力者は、元夫の不倫の証拠を集めた探偵です」

 聞いたことがない言葉が出てきた。『タンテー』とはなんだろう?

「探偵という職業を簡単に言い表すのは難しいのですが、犯罪にはならない程度の事件を調査する民間人だと思ってください」

「異界では不倫は犯罪ではないのですか?」

 シルヴィアは自分がした約束を完全に放棄している。シルヴィアに限らず、結婚を控えた女性なら誰でも興味を持ちそうな話題ではある。

「異界には姦通罪という罪はありません。しかし夫婦は互いに貞操を守らなければならないと法律に定められているので、犯罪にならない程度の法律違反ではあります」

 そのような当たり前のことを、わざわざ法律に書いてあるのか……いや、姦通罪がある世界の人間が、こんなことを言うのはおかしい。

「異界の弁護士は国家資格だったので、簡単にはなれませんでした。そこで私は探偵になって、夫の不倫で苦しんでいる女性を助けることにしたのです」

「だからレニーナ様を助けることができたのですね」

 シルヴィアの口から、全く知らない人名が出てきた。

「お父様、レニーナ様はガリレオ殿下にちょっかいを出されそうになった淑女科の生徒です」

「そうか、わかった」

 ワカナ夫人がシルヴィアを助けようとするのは、レニーナという令嬢を助けたのと同じ理屈なのだろう。

 接していたのは短い時間だが、私はアオイ・ワカナ男爵夫人という人物に好感を抱くようになっていた。だからワカナ夫人の言葉を信じたかった。だがその一方で貴族の当主としての私は、ワカナ夫人を信じることに危険を感じていた。ワカナ夫人が語った内容は突拍子もないもので、それを裏付ける客観的な事実はなにもないのだ。

「これまでの話とは直接関係はないのですが、ひとつお訊きしてもよろしいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「なぜこの国の貴族学校に留学されたのですか?」

「私は元々は平民です。男爵の爵位を賜ったものの、貴族としての立ち居振る舞いを知りませんでした。そこで淑女教育を受けるため、留学を決断しました」

「ヒスター王国で教育を受けることはできなかったのですか?」

「ヒスター王国には貴族が通う学校はありませんでした。必要な教育は家庭で行うのです」

 ここまでの話は筋が通っている。辻褄合わせやでまかせを口にしているようには思えない。

「それに外国人なら立ち居振る舞いに多少おかしなところがあっても、習慣の違いということで大目に見てもらえるのではないかという打算もありました」

「なるほど」

「お父様、ワカナ夫人を信じましょう」

 シルヴィアにそう言われて、私はドキッとした。シルヴィアは私の頭の中を見抜いていたのだ。

「……そうだな。ワカナ夫人、貴女の言葉を信じましょう」

 シルヴィアに背中を押されて、私は決断した。

「ありがとうございます」

 そう言ったワカナ夫人は嬉しそうに微笑んでいた。

「ですが、どうやって殿下有責での婚約破棄に持ち込むのです? 殿下が不貞行為をしているのであれば、夫人の異界での知識と経験が活かせるでしょうが、殿下が都合よくそうしているでしょうか」

 あの王子ならやっていても不思議ではないと思うが。

「既成事実が見つからないときは、新たに作ればよいのです」

「「作る?」」

「シルヴィア様は、悪女になる覚悟がありますか」

「悪女ですか?」

「正確には悪役令嬢ですね。異界の小説には『悪役令嬢モノ』というサブジャンルがございまして……」

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