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ならず者王子

 アルテラから早馬が来たのはその翌日だった。陛下からの火急の呼び出しだった。ワカナ夫人にも同行が求められていた。だがなぜ呼び出されるのか、その理由は伝えられなかった。この場では明かせない事情があるのだろう。

 私はワカナ夫人を伴って、アルテラの王室専用の別荘に向かった。だがそこに陛下も王妃殿下も、ガリレオ王子もいなかった。

 私たちを待っていたのは、シルヴィアと一人の男性だった。身につけているものから、その男性が王太子だとすぐにわかった。

 私は慌てて臣下の礼をとった。外国籍のワカナ夫人は通常の淑女の礼をとる。

「今は時間がないので挨拶はいい。(けい)がスビアーナ伯爵か?」

「はい」

「そちらのご婦人は?」

「ヒスター王国のアオイ・ワカナ男爵夫人でございます」

「貴女が貴族学校がつけたガリレオの目付け役か」

「急いで馳せ参じましたが、何があったのでしょうか?」

 たぶんガリレオ王子のことだろうと思ったが、そう訊かないわけにはいかない。

「ガリレオが昨夜の陛下主催のパーティーで泥酔して、子爵令嬢にちょっかいを出そうとした」

 コラルド殿下は吐き捨てるように言った。

「私が護衛に命じてガリレオを監視させていたので大事(おおごと)にはならなかったが、騒ぎになってパーティーは中止になった」

 シルヴィアの顔色は青かったが、私の顔色も同じだっただろう。

「ガリレオは国王夫妻が王都に連れて行った。私は後始末のためにここに残ったというわけだ」

「その令嬢はどなたでしょうか?」

「ラヌゼイ子爵家のナタリア嬢だ」

 直接の付き合いはないが、ラヌゼイ子爵は私と同じレストリノ侯爵の寄子だ。ナタリア嬢とはおそらく面識はない。

「私はこれからレストリノ侯爵とラヌゼイ子爵を訪ねて謝罪を行う」

「私も同行させていただきます」

「ダメだ。卿の同行を許すわけにはいかない。これは完全に王室の過失だ。私と一緒に卿に謝罪させるわけにはいかない」

 ここで私は察した。これでガリレオ王子の新しい婚約者を見つけることは不可能になった。つまりガリレオ王子はスビアーナ伯爵家になにがなんでも婿入りさせなければならない。私に婿入りを断らせないためには、すべての泥を王室が被るのもやむを得ない。陛下はそう考えたのだろう。

 だがコラルド殿下のお考えは違うのではないだろうか。ガリレオ王子を切り捨てるという選択をためらわないような気がする。

「それは陛下のご意向でしょうか?」

「そうだ」

「私にできることはなにかないのでしょうか?」

「シルヴィア嬢を連れて領地に戻ってくれ。昨夜のことでショックを受けたようだ」

「わかりました。ですが私もラヌゼイ子爵と同じレストリノ侯爵の寄子、見て見ぬふりをするわけにも参りません」

 私がそう言うと、コラルド殿下は少し困ったような表情を浮かべた。

「コラルド殿下、僭越ながら言葉を差し上げてもよろしいでしょうか」

 コラルド殿下は今度は意外そうな表情を浮かべて、ワカナ夫人を見た。

「男爵夫人、申してみよ」

「伯爵閣下がナタリア様にお見舞いの手紙を出すのは、差し障りがございますか?」

「ふむ、見舞いの手紙か。内容が謝罪でなければ問題ないだろう」

「お返事をいただき、ありがとうございます」

「男爵夫人はなかなか聡明な方のようだ。アルテラでも目付けをして欲しかったな」

「お言葉を返すようですが、私がお目付け役であることは公にされていません。私はシルヴィア様の友人として、たまたまガリレオ殿下と同じ時期にシルヴィア様のご実家を訪問していたことになっています。シルヴィア様抜きでアルテラでガリレオ殿下と行動を伴にしていたら、要らぬ噂を招いたことでしょう」

「……貴女の言うとおりだ。どうやら私は男爵夫人に愚痴をこぼしたらしい」

「愚痴などと、殿下がお気になさるほどのことではありません」


 私たち三人は屋敷に戻った。

 三人とも精神的に疲れ切っていたが、善後策を検討しなければならない。

「シルヴィアは陛下主催のパーティーに参加していたのか?」

「はい。ガリレオ殿下は最初は私をエスコートしてくださったのですが、すぐに他のご婦人に目移りして……」

 私はため息を吐いた。

「ワカナ夫人、夕べの貴女の提案は実行できなくなりました」

 シルヴィアが怪訝な顔をしたので、言葉を補った。

「ガリレオ殿下にはアルテラに住んでもらって、私たちはこの屋敷に住めばどうかと提案してくれたのだ」

「……殿下の顔を見ずに済むのは有り難いですが、殿下をアルテラで野放しにはできません」

「今回は王室の責任になりましたが、婿入りしてから問題を起こされたら、スビアーナ伯爵家の責任になりますね」

「だが殿下にこの屋敷に住めといっても納得しないだろう。よしんばそれが出来たとしても、また別の問題を起こすのは目に見えている」

 その後は誰も発言できなくなった。妙案が浮かばないのだ。煮詰まった私は、王子が都合よく死んでくれないだろうか、などと考えてしまった。

 沈黙を破ったのはワカナ夫人だった。

「閣下、シルヴィア様、私に考えがあります」

 私はシルヴィアの方を見た。視線が合ったとき、シルヴィアは軽くうなずいた。

「ぜひ聞かせていただきたい」

「殿下とシルヴィア様の婚約を、殿下の有責で婚約破棄に持ち込むのです」

「それは難しいだろう。陛下は自分が泥を被ってでも、それだけは阻止しようとするはずだ」

「陛下のお力でも阻止できない状況を整えればよいのです」

 そんな状況があるのだろうか?

「お父様、まずはワカナ夫人の話を聞きましょう」

「そうだな。ワカナ夫人、お願いします」

「かなり話が長くなりますがご容赦ください。まずは私の身の上話からしなければなりません」

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