親バカ一直線
王子が発ってから五日後、王室からの使者が来た。王都から来たにしては早すぎると思ったら、アルテラから来たようだ。国王夫妻が避暑のためにたまたまアルテラに来て、遊び呆けていた王子と偶然合流したらしい。
「陛下からの親書である」
使者から渡された書状を読んで、私は頭が痛くなった。屋敷の改築と、王宮から斡旋した宮廷料理人を雇用することを要請する内容だった。
「殿下が陛下に不満を漏らしたのね」
一緒に書状を読んだシルヴィアが、私にだけ聞こえるように小声で呟いた。
「口頭でも構わぬ。今すぐ返事がほしい」
そう言われてどう答えたものかと考え始めたが、シルヴィアが先に答えた。
「この要請には応えられないと、陛下にお伝え下さい」
予想外の返事に、使者の顔がこわばった。
「その理由は?」
「資金です。今の伯爵家には、これを実行する資金がありません」
「足りなければ、借りればよいではないか」
「そのような単純な話ではありません。そもそもなぜ陛下はこのような要請をなさったのですか。法を守り税を適切に収めれば、領地の経営は領主の自由であり、陛下といえど口出しはしないというのが我が国の不文律です」
「王籍を離脱しても、ガリレオ殿下は陛下にとって可愛い我が子。婿入り後の殿下の生活環境に心を砕くのは当然である」
「だからこそ、借金はできないのです」
「どういうことだ?」
「恥ずかしながら、スビアーナ領は豊かな土地ではありません。アルテラへの農産物の販売によって、なんとか食いつないでいるような状況です。収支がトントンの状態を維持するのが精一杯なのです。私の言葉をお疑いなら、財務省に提出した収支報告書をご確認ください」
「そこまでは疑っていない。先を続けたまえ」
王都まで行って確認したら相当な時間がかかるということは、使者も理解していた。
「殿下はアルテラでのような生活をお望みですが、スビアーナ領の財政では不可能です。実行しようとしたら、毎年借金をしなければなりません。そんなことをすれば財政破綻は確実です。領地を経営破綻させた領主がどうなるかはご存知でしょう」
使者の表情が更にこわばった。領地を経営破綻させた領主は身分を平民に落とされる。もしスビアーナ領が破綻するとしたら、そのときの領主はガリレオ殿下だ。使者はそのことに気づいたようだ。
「私は殿下の婚約者として、殿下の身の破滅を回避しなければなりません。どうしても殿下に贅沢をさせたいというのなら、当家より裕福な家と縁を結び直してください。そのときは殿下の幸せのため、私は潔く身を引く所存です」
「……スビアーナ嬢の言葉、陛下に伝えよう」
そう言って使者はアルテラへ戻っていった。
どっと疲れが出て、私とシルヴィアは同時にため息を吐いた。
「シルヴィアは成長したな」
「褒められても、なぜか嬉しくありません」
「前向きな努力の結果ではないからな。陛下が殿下を強く諌めてくださればよいのだが」
「王室有責での婚約破棄の方が有り難いです」
「……違いない」
その三日後、再び使者が訪れた。
使者から渡された書状を読んだ私とシルヴィアは、呆気にとられてしばらく何も言えなかった。
書状には、王家が所有するアルテラ領をスビアーナ伯爵家に無償で譲渡すると書かれていたのだ。
使者が帰ったあと、ワカナ夫人も交えて三人で善後策を検討した。
「親バカにも限度というものがあるだろう」
「私もそう思います」
「国王陛下ともなると、親バカのスケールが違うのね」
ワカナ夫人の言葉に、私もシルヴィアもなんとなく納得してしまった。
「閣下、陛下のご厚意を辞退するという選択肢はありますか?」
ワカナ夫人の問いに、私は首を横に振った。
「さすがにそれはできない。ここまでされて断ったら、不敬罪に問われる」
「お父様を強引に陞爵したのですから、これは予想すべきでした」
「二つの領地を経営するしかありませんね。アルテラ領を任せられる代官を探すのが現実的ではないでしょうか」
「夫人の言うとおりだが、貧乏領主の私には伝手がない」
「実は新学期の直前に、王妃殿下のお茶会に誘われています。王妃殿下にお願いしてみましょうか?」
「そのまま頼むのは良くない。シルヴィアが経営するので、補佐ができる人物の紹介を頼むという形にしよう。条件は、代官が務まるほど有能な人物だ」
私たちはアルテラ領の併合のために奔走することになった。王子が発つ前にシルヴィアが言った口実が、陛下の行き過ぎた親バカのせいで現実になったのだ。
客観的に見れば、国内でも有数の優良な領地が無償で手に入ったのだから、私は国で最も幸運な貴族なのだろう。だが必要な手続きや準備が多すぎて、自分が幸運とはとても思えなかった。
準備作業に忙殺されていたある日、私はワカナ夫人と二人で夕食を摂っていた。シルヴィアは所用で一足先に、アルテラ経由で王都へ向かっていた。
「ワカナ夫人、無関係な貴女にまでお手伝いをさせてしまった。申し訳ない」
「閣下、お気になさらないでください。私が好きでやっているのです」
「なぜ私たちにここまで協力してくださるのです?」
「好意を持った相手を手助けしたいと思うのはおかしいでしょうか。アルテラをスビアーナ領に併合すれば、殿下はアルテラに居を構えるでしょう。閣下とシルヴィア様はこのお屋敷に住めば、殿下と顔を合わせる機会は大幅に減ります。そう考えれば、この苦労もやり甲斐があるのではないでしょうか」
「なるほど。貴女がシルヴィアの友人になってくれてよかった」
「私はシルヴィア様のことを好ましく思っていますが、そういう相手は他にもいます」
「他にも? それは誰でしょう?」
私がそう訊いたら、ワカナ夫人は一瞬困ったような表情を浮かべた。
「それを女に言わせるのは、野暮というものですわ」
疲れていた私の頭は、その言葉の意味を理解できなかった。




