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第三王子、襲来

 婚約が決まったあと、貴族学校の夏季休暇を利用して、ガリレオ王子がスビアーナ領の私の屋敷に挨拶に来た。もちろんただの挨拶ではなく、将来自分が治める領地の視察も兼ねていた。

 王子とシルヴィアを乗せた馬車は、予定より十日も遅れて到着した。

 停車した馬車から最初に降りたのは王子だった。だが王子は娘をエスコートせず、お出迎えのために使用人たちと並んでいた私のところに、スタスタと歩いてきた。

「おまえがスビアーナ伯爵か?」

 王子は不機嫌な雰囲気(オーラ)を撒き散らしながら、将来の義父の私に話しかけた。

「はい。ノルベルト・スビアーナでございます」

 将来の義理の息子とはいえ、今は腐っても第三王子。私は忍耐力を発揮させた。

「疲れた。早く部屋に案内しろ」

「わかりました」

 私は家令に目配せした。

「殿下、ご案内いたします。こちらへどうぞ」

 家令に案内されて屋敷に向かう王子の背中を見ながら、私は小さなため息を吐いた。娘から話は聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。

「ただいま帰りました、お父様」

 声をかけられて振り向くと、シルヴィアがそこにいた。だが私は戸惑った。シルヴィアの隣に見知らぬ女性が立っていたのだ。

 小柄な女性で、この国では珍しい黒い髪と黒い瞳の持ち主で、年齢はシルヴィアと同じくらいだろう。

「紹介しますわ。学校でお友達になったアオイ・ワカナ男爵夫人よ」

 シルヴィアは『様』づけではなく爵位をつけて名前を呼んだ。つまりこの女性は男爵家の令嬢ではなく当主の妻ということになる。

「アオイ・ワカナです。お見知りおきのほどを」

 男爵夫人はきれいな淑女の礼をした。王子の態度を見た後のせいか、ひときわ優雅に感じる。

「シルヴィアの父のノルベルト・スビアーナ伯です。ようこそわが領地へ」

「シルヴィア様のご厚意に甘えて、無断で訪問したご無礼をお許しください」

「シルヴィアの友人なら大歓迎です。お気になさらないでください。長旅でお疲れでしょう。部屋に案内させます」

 念のため客室をひとつ多く準備させておいたことにほっとしながらそう答えたら、シルヴィアに小声で話しかけられた。

「すぐに三人でお話がしたいの。殿下抜きで」


 シルヴィアによるとワカナ男爵夫人はヒスター王国からの留学生で、淑女科に在籍している。ワカナ夫人は男爵の妻ではなく、男爵家の当主なのだそうだ。我が国と違い、ヒスター王国では女性が爵位を持つことが認められている。我が国には『女男爵』という呼び方が存在しないので『男爵夫人』と呼ぶことが貴族学校で決まったそうだ。

 ワカナ夫人はシルヴィアと特に親しいわけではなく、顔見知り程度の関係だったが、ガリレオ王子のお目付け役として旅に同行することになったそうだ。

 ワカナ夫人がお目付け役に選ばれた理由は、外国籍の貴族なので王族の臣下でないこと、本人が爵位持ちなので形式上は爵位を持たない王子より格上であることだった。

「でも一番の理由は、実績があることよ」

 シルヴィアはそう言って、貴族学校の裏事情を明かしてくれた。

 ガリレオ王子は淑女科の女子生徒に『ちょっかい』を出そうとして、学校側にバレたのだそうだ。このとき王子は取り巻きの貴族令息たちに嘘の証言をさせて責任逃れをしようとしたが、被害者生徒の同級生だったワカナ夫人が次々と証拠を提示して、王子たちの悪事を暴いた。その結果、王子たちは十日間の謹慎処分を受けることになった。

 それ以来、王子はワカナ夫人のことを、天敵のように嫌い恐れるようになったのだという。

 この話を聞いて、私は思わず頭を抱えた。

「シルヴィア、すまない……おまえには婚約者がいると嘘をついてでも、この縁談は断るべきだった」

「お父様は悪くありません。それにすぐにバレる嘘をついたら、事態はかえって悪化します」

「……それもそうだな」

「伯爵閣下、シルヴィア様は私がお守りします。どうか安心してください」

 ワカナ夫人はそう言って、私に両手を差し出した。藁にもすがる思いだった私は、両手でワカナ夫人の手を握った。

「どうかシルヴィアをよろしくお願いします」

 後からシルヴィアから聞いた話では、このときワカナ夫人の瞳は潤み、頬は紅潮していたらしい。だが心配で頭が一杯だった私は、ワカナ夫人の変化に全く気がついていなかった。


 領地にいる間、王子は我儘や不満を言いたい放題だった。

 私の屋敷を見ると「狭い。物置のようだ」と言い、食事の席では「不味い。安っぽい味だ」と言い(その割にはしっかり完食していたが)、領地を案内すると「田舎だ。退屈だ」と言った。

 王宮での生活に比べれば、不満が出るのは当然だろうと思ったが、シルヴィアによると、貴族学校でも同じ態度なのだそうだ。それを聞いたときは教師たちに同情したが、教師は三年間だけ我慢すればいいのに対し、私たち父娘(おやこ)は残りの人生を我慢し続けなければいけないことに気づいた瞬間、私の中の同情心は消えてしまった。

 ワカナ夫人は何度も王子をお諌めして(夫人の言い方だと『シメて』)くれた。そのときは王子の態度は多少は改善されたが、その効果は長続きしなかった。

 王子は不満を口にするとき、二言目には「アルテラと比べれば」と言った。アルテラとはスビアーナ領と接する領地で、国内で最も人気がある保養地である。王室専用の別荘があるので、王領になっている。国内の有力貴族や外国の王族の別荘もあり、観光シーズンには大規模な社交の場にもなる。当然、王侯貴族を楽しませるための娯楽施設も揃っている。

 シルヴィアによると、スビアーナ領への旅の最後の宿泊地がアルテラだったそうだ。そのせいで王子はアルテラをやたらと引き合いに出すのではないか、シルヴィアはそう考えていた。私はシルヴィアとワカナ夫人はずっと王子と一緒に旅をしていたと思い込んでいたが、実際は二人は先にアルテラに来ていて、後から王子が追いつくのを待っていたそうだ。

「婚約者を置き去りにして大丈夫なのかね?」

 私がそう心配したら、シルヴィアはため息交じりにこう答えた。

「自業自得です。殿下は期末試験で赤点を取ったので、補習を受けなければならなくなったのです。予定より十日も遅れたのはそのせいです。それに私たちだって、この程度の息抜きがなければやっていられません」

 ちなみに補習の予定は三日だったが、最終的にはなぜか十日になったそうだ。


 それでもなんとかすべての予定を消化して、王子が王都へ帰る日がやって来た。お見送りために私と使用人は王室の馬車の前に並んだが、お出迎えのときと比べると、全員が心労でやつれていた。

「実につまらない経験だった。卒業したらここで暮らすのかと思うとぞっとする」

 王子のこの言葉を聞いたとき、私は心底がっかりした。王子は視察というこの旅の目的を理解していなかった。観光のつもりで来ていたのだ。私たちの苦労はすべて無駄だったのだ。

「アルテラに行って、休暇の残りはそこで過ごそう。シルヴィア、おまえも来ないか」

「せっかくのお誘いですが、一年ぶりの里帰りなので、もう少し親子水入らずを楽しみ、領地を回りたいと思います」

「それは婚約者の俺と一緒にいることより重要か?」

 わかってはいたが、王子は本当に自己中心的だ。

「卒業後に殿下がこの領地でより快適に過ごしていただけるよう、ここに残って努力する所存です。夏季休暇が終わる前には学校に戻ります」

「ふん……なら仕方ないか」

 王子はやや不満げにそう答えたあと、ワカナ夫人をちらっと見た。

「私もここに残って、微力ながらシルヴィア様のお手伝いをするつもりです」

「ふん、おまえは誘っていない」

 そんな捨て台詞を残して、ようやく王子はスビアーナ領を発った。

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