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▪️▪️▪️

「アリア様、私とアルバート様の邪魔をしないでほしいんです」

 突然中庭に呼び出されたかと思えば、開口一番に告げられた言葉に私は首を傾げる。

 目の前にいるのは、桃色の髪と瞳の男爵令嬢——言わずと知れた、ミライラ・ロラ嬢だ。


 上位貴族を呼び出して頭越しに非難するとか、男爵令嬢が王子の名を呼ぶとか非礼な部分は多々ある。だけど、それよりも問いかけられた内容に驚愕して、私はそれどころではなかった。

「私が、貴女と王子殿下の邪魔をする……? いったい何をおっしゃっているのかしら」

「とぼけないでください! 日々延々とした妨害をしてるのは知ってるんです!」

 襲いかかってくる頭痛に私はうずくまりそうになるのを必死に耐える。

 もちろんだがミライラ嬢の言葉に心当たりは一切ない。ミライラ嬢とは鉢合わせしたりしないように私からなるべく避けていたし、アルバート王子の件についても実質黙認している。そんな私が本当に何をしたと言うのだ。

 そもそもミライラ嬢とは言葉を交わすのもこれが初めてなのだ。


 私の原作改変の望みは、あくまで私が無事に過ごせるようになるためのものだ。だからこそ王子との仲については早々に諦め、現在は違う形のアプローチで進めている。

 そのひとつがミライラ・ロラへの嫌がらせの解消だ。


 『竜の国の物語』では、私アリア・ロッゾからミライラ嬢へのいじめに等しい嫌がらせは苛烈を極めていた。

 言葉での悪態や、足を引っかけるなどの物理的なもの。取り巻きを利用して悪評の流布をしたり、最終的には追放の最大要因となる殺害未遂を企てた。

 だから私は、そんなことにはならないように彼女への対応には慎重に慎重を重ねてきたのだけど——


 こめかみを指で揉みほぐす。とにかく冷静に話を聞く必要があった。

「思い返しても、私には全く思い当たることがないのだけれど……。具体的におっしゃっていただけるかしら」

「とことんしらを切るつもりなんですね……! 私とアルバート様が会おうとすると、いつも取り巻きを使って妨害しているでしょう! それに私がアルバート様に釣り合わないってそこら中で吹聴してるじゃないですか!」

「落ち着きなさい。私はそのようなことはしていないわ」

「しらばっくれてもダメです。私には全部わかってるんですから!」

 まくし立てるミライラ嬢に、私はどうしてこうなるのかと額に手を当てる。

 こんなことは望んでいない。むしろこんなことを避けるために私は動いているのに——どうしてこうも上手くいかないんだろうか。


「黙ってないで、何か言ったらどうなんですか!」

 ミライラ嬢が私に詰め寄る。湧き上がる感情を隠して、私は冷静さを装う。

 何か言わなければ——けれども、何も言葉を発せない。口が開かない。


 私は気づくと手が震えていた。いや、手どころか体全体ががくがくと震えている。

 目の前が真っ暗になっていく。

 それは前世の記憶が戻ってからずっと感じ続けていたものの爆発だった。

 反論しなければと思うのに、頭がまるで働かない。

 このまま彼女の言い様を受け入れられるわけがないのに、私はただ呆然と立ち往生していた。


「なーにを言ってんだか、この小娘は。アリアが優しいから黙ってれば言いたい放題じゃん。あたしちょっと怒ってるよ」

 そんな私の背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「なんですか貴女は!? 横から邪魔しないでください!」

「殿下に横恋慕してる無礼者がいっぱしな口を聞くんじゃないよ」

 振り返ればそこにいるのは、赤毛のポニーテールが特徴的な、溌剌とした女性——親友、サリィがそこにいた。

「サリィ……どうしてここに」

「はーい、サリィさんですよ。どうしても何も、友達があからさまに動揺しながら隠れてどっか行こうとしてたら気になるじゃない」

 片眉を下げる親友に、私は知らぬ間にため息をついていた。

 突き放したはずの唯一の味方にこれほど安心感を覚えるとは、私も現金なものだと思う。


「ちょっと遠くで聞こえてきたんだけどね。アリアがやったって証拠はあるの? その取り巻きの妨害とか、噂流したりとかさ」

「そんなのこの人以外にする理由がないでしょう! 私と殿下の仲に嫉妬してるんだわ!」

「なーるほど。根拠はない、と。それに嫉妬ねえ……」

 サリィは顎に指を当て首を傾げる。

 そして、私も見たことがない冷たい視線をミライラ嬢に向けた。

「とりあえず貴女がアリアのこと何も知らないのはわかったわ」

「何を——」

「だって、アリアに取り巻きなんていないよ?」

「……は?」

 ミライラ嬢が目を見開く。それを馬鹿にしたようにサリィは鼻で笑った。

「アリアはね、上位貴族でも派閥を形成してない唯一の人よ。だから貴女と殿下を邪魔させる取り巻きもいなければ、噂を流す相手もいない」

「そんなはずないわ! 上位貴族が取り巻きひとりいないなんて有り得ない!」

「だっていないんだから仕方ないじゃない? 言っておくけど、誰でも知ってる有名な話よ。強いていうならあたしは一緒にいるけど、あたしのボロス家の派閥はロッゾ侯爵家とは別よ。当然貴女の悪評なんて流してはいない。憲兵に調べてもらったっていいよ?」

 サリィが告げる内容に、私はようやく平常心を完全に取り戻していた。


 そうなのだ。

 私は高位貴族ながら、何の派閥も形成していない。

 原作のアリアは家の力と王子の婚約者としての威光で巨大派閥を形成していたが、私はそれを拒絶していた。

 私が魔法が使えず貴族としての力に欠けるから、というだけではない。

 私が派閥を作らなかったのは、まさにミライラ嬢が言ったのが理由だ。


 取り巻きや権力を利用しての妨害。

 それを防ぐためには、私がミライラ嬢から遠ざかるだけではダメだった。

 貴族としての教育を受けた者であれば理解していることだが、派閥の者が犯した罪はその長の責任でもある。下手に派閥など築いてしまえば、予想外のところからミライラ嬢へ害意を与えてしまいかねない。


 『竜の国の物語』は今でも好きだ。

 けれども、転生してこの異世界に生きてきたからわかることがある。

 主人公ミライラ・ロラ男爵令嬢は、決して他者の全てから好かれるわけではない。むしろ貴族として見れば褒められたものではない部分も多々あった。


 男爵令嬢という下位身分でありながら、婚約者ありの王族へ近づいて愛され、結ばれる。

 お話としては美しいロマンだが、現実を生きる貴族にとって政治は伊達や酔狂ではないのだ。

 実は上位貴族はわりと高い確率で、彼女を良い目で見ていない。それを当然のように受け入れているアルバート王子に対しても、だ。

 だから私は派閥を作らなかった。

 そんな他の貴族が私の名を利用して彼女に手を出してしまえば、私は責任を取らされて追放まっしぐらだ。


 こればかりは腫れ物扱いされていたのとが功を奏したとも言えた。


「わかった? 貴女は侯爵令嬢に理由もなく誹謗中傷してるの。しかもアリアは王子殿下の婚約者。普通なら罪に問われてもおかしくないわよ」

「……っ、——!」

 言い放たれたサリィの言葉に、顔色を悪くしたミライラ嬢。そんな彼女に、まるで興味なさそうなサリィが横目で見下ろしながら告げる。

「今なら見逃すから、さっさと立ち去りなさい。このまま続けるならタダでは済まないよ」

「……なんで、こんな女に……!」


 悪態を吐きながらミライラ嬢が立ち去っていく。ちらりと振り返った顔は、私への憎悪に塗れていた。

 原作と違い、彼女と一切の関わりがない私には恨まれる理由がわからない。けれども強い眼光を放つ桃色の瞳が、いつまでも私の脳裏に焼きついていた。


 ミライラ・ロラ男爵令嬢。

 原作の結末を変えるために、あえて避けてきた主人公の彼女。

 やはり、避けて通ることはできないのかもしれない。そんな印象を抱く。


「まったく、アリアはしょうがないんだから。あたしはそんなに頼りにならないかなぁ」

「……そんなことないわ。ほんとよ?」

「そーかなぁ。ほら、大丈夫? 顔色真っ白だよ。気分悪くない?」

「もう平気。……サリィが来てくれたから」

「そっかー。普通は殿下の役割だと思うんだけど、殿下はアレだしさ。ぶっちゃけお節介かもしれなかったんだけど、見てられなくてさ。勝手に見逃しちゃったけど怒ってない?」

「怒るわけないじゃない。……ありがとね」

「いーよー。友達だからね」

「ええ、……本当にすごいわ、貴女は」


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