3.流された先には巨木と領主が
閲覧ありがとうございます!
これからストーリーが進んでいきますので、感想などいただけると泣いて喜びます…!
びしょ濡れの姿でエグエグと泣く男をしがみ付かせ、引きずるように歩く私はこの上なく目立ったことだろう。
そんな状態で素早く走れるわけもなく、辿り着いたのは最後も最後。
みんなが集まっているのは、天を突くような巨木が一本だけ聳え立つ、小高い丘だった。
巨木の上の方にちょこんと止まっているフクロウが可愛らしい。
そして私たちよりも先に到着し、既に落ち着いた様子の群衆は、みんな揃ってこちらを見ていた。
なんか怖い。
「おっ最後の人が来たぞー!」
「あとちょっとよー!ガンバレー!」
「ガンバレー!」
「がんばれぇ!!」
老若男女問わず応援してくれる。
何を?
何で?
運動会かな?
遠い目になりながら辿り着いた私に、人々はフレンドリーに話しかけてきた。
「アポロを連れて来てくれたんだなぁ!しっかり者のお嬢ちゃんだ!」
「あら、服がびしょ濡れねぇ。アポロが号泣したせいかしら?アポロ、レディの服で涙を拭いちゃダメでしょ!」
「アポロおそーい!ビリだー!」
初対面の私にしがみ付くこの子泣き爺…もとい優男は、アポロと言うのか。
衆目もあるし、そもそも私は青春のすべてを女子校で過ごした結果、男慣れしていないのだ。
今さらながら、羞恥心がブワリと込み上げてきた。
衝動のまま未だにしがみつくアポロを強引に突き飛ばしたのだが、誰もそのことを気にした様子は無い。
子どもたちはよろめいたアポロを揶揄いつつ、ちょっかいをかけている。
「あの…えーっと、これは…どういう状況なんでしょうか…?」
集団パニックの結末としてはあまりにも和やかな様子に首を傾げ、恐る恐る聞いてみた。
「殺人じゃなくて夫婦喧嘩だったみたいねぇ~!人騒がせだけど、まぁ誰も死んでなくてよかったわ!」
「しかも浮気は誤解だったそうよ!幼い子どもも居るんだし、誤解で良かったわぁ!」
「領主様とも無関係だったみたいだ!うちの領地はやっぱり安全だね!それはそれで退屈だけどね!」
「ぼくが最初にティラに到着したんだよー!一等賞!!」
「ほっほっほ、いい運動になったわい」
それで良いのか。
何とも言えない状況に脱力していたところ、子どもたちから解放されたアポロが鼻をすすりながら寄って来た。
なぜお前は私にくっ付いて来る。
一言物申そうと口を開いたところ、大木の根本から歓声が上がり、開いた口はそのままに私の意識はそちらへと向く。
「領民のみなさん。怪我人は居ないかな?周囲を見渡して、居る場合は手を上げなさい。…居ないようだな。」
立派な礼服を来た、厳格そうな壮年男性が馬車の上に見える。
どうやら演説が始まるらしい。
その風貌ゆえに固い印象を受けたのだが、その厳めしい顔は群衆を見回すと、柔らかな微笑を浮かべた。
ダンディなイケメンだ。
「果物店前のトラブルが誇張され、大事になったようだ。みんなにはもう少し冷静な目を持ってほしいものだが…友人や家族を超えて助け合い、怪我人も出さずに避難できたことは賞賛に値するだろう。優しい領民を持てて、私は幸せだ。」
ワッと歓声が上がる。
いや、前半部分もちゃんと聞きなさいよ?
ダメ出しされているし、後半はそのフォローだと思うよ?
ダンディな領主様は単純に喜んでいる領民を前に、「仕方無いなぁ」といった風で苦笑している。
領主と聞いたことで特権階級社会に恐れ戦いていたのだが、彼はかなり温厚な人格者のようだ。
私だったら、こんなしょうもないことに巻き込まれた時点でたぶんキレてる。
「今日は良い避難訓練となったな。今回は何事も無かったが、いざというときには今日のように、みんな無事にここまで避難してきてくれ。では、外側に居る者から順番に、走らずゆっくりと帰宅しなさい。まさか帰りに怪我をする、なんてことは無いようにな?では、解散!!」
パチパチパチと響く拍手が鳴り止むと、みんなゾロゾロと帰り始めた。
というか、そこに件の果物店の店主も居るのだが、みんな家も店も無人にしてここへ来るなんて怖くないのだろうか?
とりあえず警邏の制服を目印に付いて行こう。
夜になるまでには善意100%で泊めてくれるような人を確保しなければ。
そんな難易度の高いことを考えながら、私も移動を始める。
正直、油断していた。
「あぁ、そこのびしょ濡れな異国のお嬢さん。話があるから残りなさい。」
後ろから腰に腕が回り、誰かに抱き寄せられる。
遂に不審者逮捕かと蒼白になり振り返ると、腕の持ち主は厳つい護衛でもダンディな領主様でもなく、子泣き爺なアポロだった。
おまえかよ。
「ぃぃぃいま家に誰も居ないし、一緒に居させてくださいぃぃぃ…。」
子どもかよ。
「お嬢さん、領主様と個人的にお話できるなんて素敵ね~!うちの自慢の領主様なのよ!」
「領主様は男前だからな!嬢ちゃん、惚れるなよ?美人な奥さんと可愛いお子さんたちが居るから、泣くことになるぞー!」
「アポロー!ばいばーい!!」
待て、お荷物はいらん、この荷物を誰か回収していってくれ!
助けを求めて伸ばした手は、今度こそ厳つい護衛の兄ちゃんに「こちらへどうぞ」と握られ、馬車までエスコートされたのだった。
主人公(名前はまだ無い)は、異世界で避難訓練を経験した