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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

作者: レオナールD

本作にはホラー要素が含まれています。

苦手な方はお気を付けください。


 姉と妹、そして幼なじみが勇者の従者として選ばれた。

 正直、その時から嫌な予感はしていたのだ。






 僕が生まれたのはとある小さな国の片隅。人口百人ほどの名前もない村だった。

 僕には3つ年上の姉、3つ年下の妹がそれぞれいる。

 両親は僕が6歳の頃に流行病で命を落としたため、親しくしていた隣家のオジサンとオバサンに面倒を見てもらった。

 隣家には同い年の娘さんがいたため、実質4人姉弟のように育ったのだ。


「リュー君、お使いに行ってきてくれない?」


「うん、わかったよ。アリアンナ姉さん」


 姉――アリアンナは両親が亡くなってすぐにオバサンの手伝いを始めて、家事を学ぶようになった。

 当時、姉はまだ9歳。遊びたい盛りの年齢だったというのに、僕や妹の親代わりになるために『大人』として振る舞うようになったのだ。


 朝は早く起きて朝食の準備を始め、夜は遅くまで内職の裁縫をする……僕は姉の背中を見て育ったようなものである。

 姉にはどれだけ感謝しても足りない。

 姉を楽にするためにも、僕も早く大人にならないと……そんなふうにずっと思ってきた。


「リュー兄、怖い夢を見ちゃったの……」


「大丈夫だよ、イーナ。お兄ちゃんと一緒に寝よ?」


 早くに両親を亡くした妹――イーナは甘えん坊で、いつも僕の後ろをついてきた。

 姉が家事で忙しくしていたこともあり、妹の面倒をみるのが僕の仕事だった。


 朝は同時に目覚めて食事をとる。昼間はずっと僕の後ろを追いかけてきた。そして、夜になったら僕のベッドに潜り込んできて一緒に眠るのだ。


 一緒に過ごした時間は誰よりも長い。

 姉や両親よりも長く濃密な時間を共に過ごしてきた気がする。


「リュー! 畑仕事を手伝ってくれない? お父さんが人手が足りないって言ってるのよ!」


「ああ、わかったよ。ウェンディ、オジサンにすぐに行くって伝えておいてくれ」


 そして、幼なじみ――ウェンディの明るさにはいつも励まされた。

 姉妹と違って血は繋がっていなかったが、僕達の境遇について誰よりも案じてくれたのがウェンディである。

 姉や妹はもちろん、僕だってどれだけ彼女に支えてもらったかわからない。

 天真爛漫な幼なじみは、いつだって僕の暗い感情を吹き飛ばしてくれた。悲しんでいるときも、落ち込んでいるときも、いつも隣で笑っていてくれたのだ。


 僕にとっては命よりも大切な存在――姉と妹と幼なじみ。


 いつまでも一緒にいるのだと思っていた3人であったが……唐突に別れの時がやってきた。


 彼女達が……僕の大切な人達が勇者の従者として選ばれたのだ。

 教会に神託が降り、復活した魔王を倒すための旅に出ることになってしまった。


「どうして、3人なんだ? 他の誰かだっていいじゃないか。どうして僕が家族を奪われなくちゃいけないんだよ!」


 それは僕15歳の時に起こった。

 王宮から迎えの使者が来て3人が旅立つことが一方的に決まってしまい、僕はかつてない理不尽を味わうことになったのだ。


 魔王が復活したことは噂に聞いていたが……田舎の村人である僕にとっては他人事だった。こんな田舎の寒村、魔王軍だって無視するだろう。

 それなのに……この村から3人の勇者の仲間が選ばれた。

 しかも、3人ともが僕の大切な人。こんなことってないじゃないか。


「大丈夫ですよ、お姉ちゃんはちゃんと帰ってきますから。心配しないでね?」


「リュー兄、イーナのことを待っててね? リュー兄のために魔王を倒してくるから」


「リュー、悲しまないで! 私はいつだって無敵だから、魔王になんて絶対に負けないわ!」


 姉と妹、幼なじみは悲しむ僕に励ましの声をかけた。

 魔王と戦うのは3人なのに。怖いのは、恐ろしいのは3人なのに、彼女達は最後まで僕のことを案じていたのだ。


 できることなら、行かないで欲しい。

 家族をまた失うだなんて、堪えることができない。


 だけど……僕だってわかっている。

 断れるわけがないんだ。断れば、犯罪者として捕まってしまう。

 勇者への協力、魔王討伐は人類にとって最重要事項。神託によって選ばれた従者が参加を断るだなんて、絶対に許されない。人類全てを敵に回してしまう。


 3人もそれがわかっていた。

 わかっていたから……笑顔で旅立っていった。


「すぐに帰ってきます。風邪など引かないように気をつけてくださいね?」


「手紙を書くから、元気でね……リュー兄」


「帰ったら結婚してあげるね! だから、格好良くて立派な男になってなさい!」


 姉と妹、幼なじみはそんなふうに笑いながら、村から出て行ったのである。


 正直、この時点で嫌な予感はしていた。

 大切な何かを永遠に失ってしまう……そんな予感が胸の奥で叫んでいたのだ。


 だけど、僕にできることはない。

 今の僕には何の力もない。3人の無事を祈ることしかできなかった。



     〇          〇          〇



 僕の危惧をよそに、時間は残酷なほど速く過ぎていく。

 畑仕事をしたり獣を狩ったりして生計を立てるうち、いつの間にか3人が僕の下を離れてから5年の月日が経っていた。

 最初の2年くらいは毎月のように手紙が届いていたのだが、それも絶えて久しい。

 最後の手紙には一緒に旅をしている勇者のことばかりが書かれていて、僕の胸は激しく締めつけられたものである。

 中には肉体関係をほのめかす文章まであり、幼馴染みのウェンディからの手紙の末文には小さく「ごめんね」と書かれていた。


「だけど……仕方がないよね」


 それでも……僕の心に怒りはなかった。

 3人を勇者に盗られてしまった……そのことを悔しいという思いはあるが、僕も今年で20歳。分別が理解できる年齢だ。


 ただの弟。ただの兄。ただの幼馴染み。

 付き合いが古いだけの村人の青年よりも、一緒に命を懸けて旅をしている勇者の方が大切に思えるのは自然なこと。

 3人とも悪くはない。悪くなどないのだ。


「だから……3人の無事を祈ろう。生きて帰ってこられるように。魔王を倒して無事に凱旋できるように」


 僕は家族として3人の無事を祈った。

 心から祈った。毎日のように祈り続けた。


 結果として、僕の祈りは天に届いた。

 しばらくして、僕が住んでいる村にも「勇者と仲間達が魔王を倒した」というニュースが届けられることになる。

 どうやら、3人も無事なようだ。予想通り勇者とデキているらしく、近々結婚式が開かれるとのことだった。


「寂しいけど……しょうがないよね。出来ることなら顔だけでも見せて欲しいけど、みんなが元気でいてくれるのならそれでいい」


 僕は安堵してそんなことを思ったが……予想に反して、3人は村に戻ってきた。


 勇者を連れて。

 最悪の未来を引き連れて……。



     〇          〇          〇



「さあ、決闘だ! 俺達の大切な女性(ひと)を賭けて勝負しようじゃないか!」


「…………」


 いったい、どうしてこうなったのだろう?

 僕は何度となく自問を繰り返したが……いっこうに答えは出てこなかった。


 目の前には白銀に光り輝く鎧に身を包んだ金髪の青年。魔王を倒した人類の救世主である勇者が剣を構えている。

 一方、僕もまた剣を渡されて勇者の前に立っていた。


 僕と勇者はこれから決闘するのだ。

 姉と妹、幼なじみ……僕の大切な3人を賭けて。




 事の始まりは昨日のこと。

 魔王を倒して凱旋したはずの勇者と3人の従者……彼らが突如としてこの村にやってきたのだ。


『ふーん……ここが皆の生まれ育った村か。何にもなくて退屈そうな場所だね』


 村に1歩足を踏み入れるや、勇者はそんなことを言ってきたのだ。

 見知らぬ人間、おまけに兵を引き連れて現れた男に村人は困惑したものの、彼が見覚えのある3人の女性を連れているのを見て勇者であることを悟った。

 そこから先はお祭り騒ぎである。送り出した村出身の女性3人が帰ってきて、おまけに魔王を倒した勇者を連れてきたのだ。村中が歓迎の喝采に包まれた。


 しかし……歓迎を受けた勇者が口にしたのはとんでもないセリフである。


『この村にリューという名前の青年がいるはずだ! 俺はそいつに決闘を挑むために来た!』


 まったく理解不明である。

 僕と勇者の間に因縁などはない。決闘をしなくてはいけない理由などあるはずがなかった。

 これは後から知ったことだが……勇者は正義感が強くて勇敢な性格ではあったが、同時に酷く嫉妬深い人間だったらしい。

 そのため、勇者は恋人になった3人の女性――姉と妹と幼なじみと子供の頃から一緒に過ごしていた僕に対して強い敵意を持っていたのだ。


 いくら3人の過去が僕と共に在ったからと言って、現在も未来も勇者のもの。妬む理由も憎む理由もないはずである。


 しかし……それでも勇者はわざわざ村にやってきた。

 3人の女性を賭けて戦うと言いながら、僕を公然と叩きのめして恋人達の『過去』である僕を消し去るために。

 ただの村人でしかない僕を本気で殺すために、はるばる田舎の寒村までやってきたのだ。




「決闘は死んだ方が負け。降参はなしだ。もちろん構わないよな!」


「……本当に、どうしてこんなことになったのだろうね」


 勇者の殺害宣告に僕は肩を落とし、やけくそになって剣を握りしめた。

 周囲を村人と、勇者が連れてきた騎士に囲まれている。無理やりに決闘を挑まれて、逃げることができる状況ではなくなっていた。


「勇者様、どうか頑張ってくださいませー!」


 そんなふうに応援の声を上げたのは、僕の姉であるアリアンナだった。

 村に住んでいた頃は簡素な服を着ていた姉は、綺麗なドレスに身を包んで椅子で優雅に脚を組んでいる。

 すっかり大人の女性に成長した姉は化粧までしており、別人のように色気のある美女になっていた。


「勇者さまー、頑張ってー!」


 その隣で、妹であるイーナもまた手を振っている。

 いつも僕の後をついて歩いていた妹は、首や腕、指、足首、全身のあらゆる場所に豪奢な宝石の付いたアクセサリーを身に着けていた。

 甘えん坊の少女だったイーナは媚びるような笑顔を勇者に向けており、大きな瞳には誘うように淫靡な色が浮かんでいる。


「…………」


 3人の中で唯一、無言でいるのは幼なじみのウェンディである。

 ウェンディ3人の中では比較的面影を残しているものの、やはり5年の歳月は大きい。身体つきは以前よりも丸みを帯びて女性らしくなっており、花の(つぼみ)のような少女は大輪の花として咲き誇っていた。


「…………!」


 僕と目が合うと気まずそうに視線を逸らしている。

 その表情には強い罪悪感が浮かんでいたが……決闘を止めようとする様子はない。

 これから僕は勇者に殺されようとしているのに、その未来を消極的ながら受けて入れていた。


「ゆ、勇者様、頑張れー!」


「英雄様、バンザーイ!」


「魔王を倒した技を見れるなんてラッキーだなあ!」


 3人の女性はもちろん、20年間を一緒に過ごした村人までもが勇者を応援していた。

 彼らもウェンディと同じように罪悪感を抱いた表情をしているが……彼らが昨日、勇者が連れてきた騎士から金を受け取ったことを僕は知っている。

 ウェンディの両親――僕にとっては子供の頃から世話になったオジサンとオバサンも、目もくらむような財宝を受け取ってホクホク顔になっていた。


 この場所に僕の味方はいない。

 自分が生まれ育った故郷だというのに……完全にアウェーと化していた。


「それじゃあ……決闘開始だ! いくぞ!」


「わっ!?」


 一方的に宣言して、勇者が斬りかかってきた。

 僕は横薙ぎに振るわれる一撃を手に持った剣で受け止める。


「へえ、やるじゃねえか! 面白くなってきやがった!」


 しかし、抵抗できたのは最初の一撃だけ。

 次から次へと放たれる斬撃に僕は全身を切り刻まれ、血塗れになって地面に倒れた。


「ぐ……あ……」


 半死半生で地べたを舐めながら、僕はうめき声を漏らす。

 魔王を倒した勇者がその気になれば、僕を一瞬で殺すことができただろう。

 けれど、僕は生きている。勇者に斬られた場所はいずれも急所を外れており、致命傷にはならない深さの傷だった。

 もちろん、これは勇者の攻撃をうまく避けたというわけではない。

 わざと急所を外して切り刻み、なぶり殺しにしようという勇者の悪意の結果である。


「よっしゃー! 俺の勝ちだー!」


「ぐっ……!?」


 勇者が僕の胴体を踏みつけて勝利宣言をする。


 僕はまだ生きているのだが……トドメを刺して楽にしてあげようという発想は勇者にはないようだ。

 だからといって、手当てをしたりもしない。時間をかけて、出血死するのをヘラヘラと笑いながら見下ろしている。


「流石は勇者様ですわ。素晴らしい戦いぶりでございました!」


「勇者さま、すっごーい! イーナは尊敬しちゃいますう!」


 僕のことを踏みつける勇者に、姉と妹が駆け寄って左右の腕に抱き着いた。

 胸元が開いたドレスを着た姉が、下着が見えそうなほど短いスカートの妹が、『(メス)』の顔になって勇者に甘えている。

 僕のことなど見向きもしていない。僕を見ているのは……幼なじみのウェンディだけだった。


「…………」


「どうかしたのか、ウェンディ?」


「ううん、何でもないわ。勇者様……おめでとう」


 しばし憐れむように僕を見つめていたウェンディだったが、勇者に声をかけられるとあっさりと視線を背けた。

 その瞳が僕に向けられることはない。ウェンディにとって……3人にとって、僕の存在はいらない過去のものになっていた。


「ぼ……は……」


(僕は何のために祈ってきたのだろう。3人の無事を、生きて帰ってきてくれることを、祈り続けてきたのだろう?)


 声にならない声でつぶやく。

 3人が幸せになってくれるのであれば、僕の下から離れて行ったって構わない。

 尊敬する姉が幸せになってくれるなら。可愛い妹が元気でいてくれるなら。大切な幼なじみが笑っていてくれるなら……僕は捨てられたって構わないと思っていたのに。


「だ、ど……あ、じゃ……ない、か……」


(だけど……こんなのってあんまりじゃないか! こんなふうに踏みつけられて、殺されなくてはならない理由があるのか!? 僕の何が悪かったって言うんだ!?)


「すげー! さすがは勇者様だぜ!」


「リューの奴なんてイチコロだな!」


「勇者様バンザーイ! 勇者パーティー、バンザーイ!」


 村人は僕のことなど見ようともせず、諸手を挙げて喝采の声を上げている。

 僕の存在はただの踏み台。勇者と3人の従者の栄光を飾り付ける、ただのやられ役となっていた。


「こ……て、る。まちが……る……!」


(こんなの、間違っている! こんな結末を『神』が望んでいるというのなら、そんな世界は間違っている!)


 こんな残忍なことをする人間が神託によって選ばれたというのなら、それは神の間違いに決まっている。

 僕の大切な人が裏切り、勇者と一緒になって僕を笑い者にしてくる……それが神の書いた運命(シナリオ)だというのなら、こんな世界はあってはならない。


「だ、たら……ただ……くちゃっ……!」


(だったら……正さなくちゃ。神と世界が間違っているというのなら、全てを滅ぼしてでも正さなくちゃいけないんだ……!)


「ブツブツとうるせえなあ。さっさとくたばりやが…………は?」


 僕を見下ろした勇者が間抜けな声を漏らす。


 ああ、そうだろう。

 さぞや驚いたことだろう。

 僕が生まれて初めて……自分の中に眠っている『それ』を解放したのだから、当たり前だ。


「くはっ、クハアハハハハハハハハハハアアアアハハハハアハアハッ!?」


 僕の口から醜悪な高音があふれてきた。

 死にかけの青年の口から発せられたとは思えないような大音声。その正体は歓喜の雄叫びである。


「自分を解放するのがこんなに気持ちイイだなんて思わなかった! 欲望の解放、我慢をやめるってのは最高の気分だなあ、勇者よ!」


「ヒッ……!?」


 喜びの声を上げる僕から慌てて飛び退き、勇者は怯えた表情で剣を構えた。


「な、何なんだよお前は!? どうして生きているんだよ!」


「どうしてって……お前がさっさとトドメを刺さないからだろ? 殺しておけばよかったのになあ、そうすれば破滅を喰いとめることができたのにねえ!」


 僕は全身から血を流しながら立ち上がった。

 両手を広げると……身体のあちこちから無数の触手が生えてくる。

 もしも人間とイソギンチャクを融合させたとしたら、今の僕のような姿になることだろう。

 見るだけで怖気が走るような醜悪極まりない外見になっているが……構わない。

 そんなことよりも、身体が変化するたびに湧き上がってくる力の衝動が心地良くてたまらなかった。


「どうしたあ、魔王殺しの勇者様よ! ビビった顔になってるじゃないか!」


「ッ……!」


正気度(SAN)値チェックは済ませているか? 発狂は大丈夫か? 精神分析のスキルは持っているかあ!? くはっ、クハハハハhガガエガbハイアイガハイエハガイハアッ!!」


「な……何なんだよテメエは!? 人間なのか、魔物なのか、それとも……!?」


「僕か? 僕の正体を聞いているのかい?」


 魔王を倒したはずの勇者が、世界を救ったはずの勇者が……震えながら訊いてくる。


 わざわざ答えてやる義務はないが……それでも、今日はとても気分が良い。

 こんな最高の気分を与えてくれた勇者に感謝を込めて、質問に答えてやるとしようか。


「邪神だよ。見てわかるだろう?」


 僕は触手に覆われた顔面いっぱいに笑顔を浮かべて、はっきりそう言い放ったのである。



     〇          〇          〇



 僕には生まれる前の記憶がある。

 前世において、僕はこことは違う世界にある日本という国の大学生だった。


『よっしゃ、じゃあ今日もゲームを始めようか!』


 その頃、僕と友人の間で流行っていたのはTRPGというテーブルゲームである。

 あらかじめ作っておいたキャラクターを特定のルールの下、様々なシナリオで冒険させるというゲームだ。

 TRPGにはいくつか種類があるが……僕と友人らがその日、プレイしていたのはCoCというホラー、ミステリーを題材としたゲームだった。


『うっわ! 発狂したよ!』


『くっそー……ここで神話生物出てくるかよ!?』


『あ、オレ、精神分析もってるけど使っていい?』


 ゲームが進んでいき、和気藹々(わきあいあい)とした声を上げる僕達であったが……突如として異変が起こった。

 突如として目の前の空間に黒い『穴』が開き、そこから軟体生物の触手のようなものが溢れ出てきたのである。


『うわあああああああああああっ!?』


『な、何だああアアアアアアアア!?』


『ギャアアアアアアアアアアアッ!?』


 溢れ出てきた触手に捕まれ、友人達がどんどん穴の向こう側に引きずり込まれていく。

 まるで僕達がプレイしたゲームが1つの儀式になったかのように、現れた怪物の触手が次々と僕達を飲み込んでいった。


『あ、あああっ……』


 友人らが全員呑み込まれ……僕の番がやってきた。

 僕が最後になったのは偶然か。それとも何かの理由があったのだろうか?


『YSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


『がっ……!?』


 その時、触手は予想外の行動をしてきた。

 友人達のように穴に引きずり込むのではなく、僕の口の中に触手を潜り込ませてきたのである。


『あ……ががががががががががががっ!?』


『RIURdGOEgWGPRrGEWIFaEOGHRPW’FE*WF7##いsGHIEッ!!』


 身体に侵入してきた触手を通じて、怪物が何事かを訴えてくる。

 その言葉は日本語ではない。いや、英語、中国語、ドイツ語、フランス語、アラビア語……世界中のどんな言語とも異なるものに違いない。こんな宇宙の果てから響いてくるような不可思議な言語を人間の口から発せられるものか。


「ッ……!」


 だが……言葉は理解できなくとも、怪物が何を言わんとしているのかは理解できる。狂気と共に理解できてしまう。

 その怪物は僕のことを眷族……自分の仲間として作り変えようとしているのだ。

 目的なんてわからない。どうして3人の友人が殺されて、自分だけが選ばれたのかも不明である。


 わかることは1つだけ。

 抗えば、拒否すれば自分も殺されてしまう。

 このまま怪物に身体を侵食されて仲間になるか、あるいは人間として殺されて死ぬか……その2択を突きつけられてしまった。


(嫌だ……死にたくない……!)


 それは当然の帰結だった。

 脳裏によぎるのは、まるでイソギンチャクに捕食されるようにして殺されていった友人の姿。

 自分もあんなふうになるだなんて、とてもではないが受け入れられなかった。

 僕は怪物の触手を受け入れて、その仲間になることを同意したのである。




 その後、怪物の仲間入りをした僕は生まれ育った星とは違う世界――いわゆる異世界と呼ばれる場所に送られた。

 目的はその世界を制圧すること。魔王とも魔物とも異なる侵略者として、その世界を手に入れることである。


「だけど……僕は(あらが)ったよ。僕を怪物にした存在――『邪神』の命令に逆らい、自分の中の怪物を押さえ続けた。この世界で大切な人ができたから。愛する家族と巡り合ったから」


『転生』という形で異世界にやってきた僕だったが、『邪神』の思惑通りに世界を侵略することはしなかった。

 それどころか……怪物の力を全力で抑え込んで、表に出てこないようにしたのだ。


 全ては家族のため。

 優しい姉のため。甘えん坊の妹のため。そして、将来を約束した幼なじみのためだった。


「だけど……もうそんな我慢は必要ないよね! 君達は僕を裏切ったんだから! 『僕』が裏切ったんだじゃない。『君達』が僕を裏切ったんだ!」


「…………!」


 僕は全身から触手を生やし、怪物の力を解放して勇者パーティーの前に立ちふさがる。

 この世界に生まれてからずっと抑え込んできた力の解放。心をずっと苛んできた暴力的な衝動の放出だった。


「りゅ、リュー……あなた、その姿はいったい……!?」


「離れろ、ウェンディ! そいつは人間じゃねえ。モンスターだ!」


「下等な魔物ごときと一緒にされるのはさすがに不愉快だね。僕は邪神の眷族……あるいは、邪神そのものさ!」


 今の僕は人間の形をした触手そのもの。とても人間には見えないことだろう。

 だけど……もうどうだっていい。この世界に僕の大切な人間はいない。護る価値のある人間もいない。

 だったら、自分の果たすべき役割を遂行するだけ。

 大いなる「父」の意志のまま、人類を滅ぼして世界を制圧するだけである。


「さあ、決闘の続きをやろうじゃないか! 楽しい楽しい一騎打ちの続きを……」


「滅びなさい! ホーリーレイ!」


「消えちゃえ、バーニングストライク!」


 後方で決闘を観戦していたアリアンナとイーナが動いた。

『聖女』であるアリアンナが光の神聖魔法を、『賢者』であるイーナが炎の攻撃魔法をそれぞれ撃ち込んできた。


「あれ? 決闘というのは1対1でやるものじゃなかったのかな? どうして2人まで参戦してきているのかな?」


「そんなっ!?」


「嘘っ! 無傷だなんて!」


 2人が愕然とした表情になる。

 渾身の一撃であろう魔法を受けながら、触手の1本すらも焼き切れることなくノーダメージだった。


「馬鹿だね、CoCにおいて戦いは厳禁。神様相手に勝てるわけがないんだから、まずは逃げることを優先して考えるのが基本だよ? アリアンナ……姉さんは大馬鹿だ。『神聖魔法』が神である僕に効くわけがないのに」


「か、神……?」


「嘘でしょ……お兄ちゃん?」


「あははは、久しぶりにお兄ちゃんって呼ばれちゃったな。可愛い妹達にはサービスだ」


 瞬間、僕の触手が音を置き去りにするスピードで閃いた。

 2本の触手が一瞬で姉と妹の首を切断して、わけもわからないままに絶命させる。

 ピューピューと噴水のように血しぶきが上がり……そこでようやく、放心していた村人が動き出す。


「う……うわあああああああああああああっ!?」


「化け物だ! 逃げろ、逃げろおおおおおおおおっ!」


 さっきまで勇者の勝利を称賛していたはずの村人が、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去っていく。

 その背中を突き刺すのは簡単だけど……あえてやめておく。

 今は決闘の最中。ルール違反を犯して横やりを入れてきた2人にペナルティを与えるならまだしも、無関係なギャラリーには手を出さない。


「さて……それじゃあ、決着をつけようか。勇者」


「お前は……何なんだよ! よくも2人を……どうして自分の実の姉妹にそんな酷いことができるんだよっ!?」


「その言葉、そっくりそのままお返しするけどね。どうして2人は兄弟である僕に攻撃できたのかな? そして、君はどうして3人を奪うだけじゃ飽き足らず、わざわざ命まで奪いにきたのかな?」


「そ、それは……」


「言いづらいなら説明しなくていいよ。どっちにしても……殺すから」


「ッ……!」


 勇者は恐怖から1歩後ろに下がるが……すぐに精神を持ち直して、剣を構えた。

 そして、魔王すらも打ち滅ぼしたであろう聖剣を振りかざして襲ってくる。


「う……うおおおおおおおおおおおおっ!」


「恐怖を乗り越えたか……さすがは勇者。勇敢なものだね」


 おそらく、勇者の強さは決して見せかけではなかったのだろう。

 僕の大切な女性を奪うことがなければ、それを見せつけるために村に訪れなければ。

 そして……僕に決闘を挑んで殺そうとしなれば、きっと目の前の勇者は救世の英雄として未来の教科書にだって載ったはず。


「だけど……残念だったね」


「あひゅっ……」


 僕の触手が勇者の身体を貫いた。

 数十本の触手が全身を串刺しにして、勇者の身体を空中に縫い留める。

 強いといってもしょせんは人間レベルの話。邪神の眷族、邪神そのものとなった僕にとっては蠅を叩くように簡単に倒せる相手でしかなかった。


「ガハッ……」


 全身を穴だらけにした勇者がバタリと地面に落ちる。

 地面に赤黒い血液が広がっていく。どんな魔法を使っても治すことなどできないだろう。


「はい、これで決闘は僕の勝ち。あとは……君だけになっちゃったね、ウェンディ」


「…………」


 ウェンディは仲間3人の死にざまを見て、呆然と座り込んでいる。

 逃げる様子も戦う様子もない。無抵抗のまま、こちらに虚ろな視線を向けてきた。


「リュー……わたしは、間違えちゃったのね……」


「かもしれないね」


 震える唇からつぶやかれた問いに、僕は素直に答えた。


「人生には取り返しのつかない選択ってのがあるよね。僕がこんな姿になってるのも、君達がここで死ぬのも。そして……この世界の人類が滅ぶのもそういう理由。ウェンディ、君は僕との約束を守る必要なんてなかった。ただ一言だけ謝ってくれれば、それで全部丸く収まったんだ」


「そっか……」


 ウェンディは首を傾げて……虚ろな表情に小さな笑みを浮かべた。


「ごめんね、リュー。お嫁さんになってあげられなくて」


「いいよ、ウェンディ。僕は君を許そう」


 言って……触手の1本がウェンディの胸を貫いた。


 僕が愛した女性。一生の伴侶として選んだ女性は、微笑みを浮かべたまま息絶えたのである。



     〇          〇          〇



 かくして、僕は一柱の『邪神』として覚醒した。


 手始めに逃げた村人を皆殺しにした僕は、胸の奥に荒ぶる破壊衝動のままに人間の国を滅ぼしていく。

 人類の救世主である勇者はもういない。

 僕を『人間』として抑え込んでいた家族はもういない。

 人々は抵抗するも、触手の邪神の進撃を止めることなく滅んでいった。

 やがて、人間種族の隆盛を誇った大陸から人類が消え、邪神によって支配されたのである。


「これにてバッドエンド。TRPGおしまい……といきたいところなんだけど」


「ふにゃあ、神様。好きですう」


「もっと可愛がってください。神様」


 それなのに……どうしてこんなことになったのだろう。

 占領した城で玉座に座る僕であったが、その周囲には大勢の美少女がすり寄ってきている。

 彼女達は獣の耳や尻尾があったり、角や羽が生えていたり……明らかに人類とは異なる容姿をしていた。


 『亜人』……あるいは、『魔族』

 勇者によって滅ぼされ、人間の支配下に置かれていた魔王の配下である。


 邪神として人類を滅ぼしていった僕であったが、魔王が敗れたことで人間に捕らわれて奴隷として扱われていた亜人については殺すことなく放置していた。

 『父』から敵として指定されているのは人間だけ。あえて対象外の亜人を殺す意味などない。

 過激な暴力衝動に支配された僕でも、無関係な相手を巻き込まない程度の分別はあるのだ。


 野に放って『さあ、お逃げ。もう捕まっちゃダメだぞー』と逃がした亜人であったが……何故か僕の周りに戻ってきて、勝手に家臣やら愛人やらと名乗り始めたのである。


「神様の触手、とっても素敵ですワン」


「ああんっ! もっと弄ってくださあいっ!」


「コラコラ、僕の触手を変なところに入れるんじゃない。触手生物だからって、そっちの意味じゃないんだよ」


 人の触手を掴んで玩具にしている亜人女性に、僕はうんざりと溜息を吐く。


 亜人は多種多様な種族があるため、容姿に対する偏見はない。

 触手まみれの僕の姿を見ても怯えることなく、それどころか平然とボディタッチを繰り返してくる。


「まったく……今度は南大陸の侵略だってのに。どうしてこんなことになったのかな?」


 世界を滅ぼす邪神のはずが、いつの間にか亜人の救世主になっていた。

 いったい、どこまでが僕を生み出した『父』の意志なのだろう。


「にゃん、大好きです。神様♪」


「はあ……」


 ともあれ、こんな生活に救いを感じているのも事実である。


 異世界に邪神として転生され、家族に裏切られた僕だったけど……最終的には幸せを手にすることができた。


 そんなわけで……今回のTRPGのセッションはトゥルーエンドということで物語はお終いです。


 めでたし、めでたし♪



そんなわけでハッピーエンド(?)で物語終結になります!

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レイドール聖剣戦記

悪逆覇道のブレイブソウル
― 新着の感想 ―
予想外のラストにくすっとなりました 可愛い邪神もありですね
[一言] 魅了とかではないなら兄弟を見捨てるほどの姉妹の変わり様はなんやねん
[良い点] 面白かったです。 テンプレの寝取られですが最後が斬新でした。 [一言] 裏切り者には死を!です。 間違えたら謝らなくちゃ駄目なのに、俺TUEEEEの馬鹿勇者がやりやがった結果人類はお亡…
感想一覧
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