「俺はお前との婚約を破棄する!」(これたぶん本日百二回目ぐらい)
「俺はお前との婚約を破棄する!」
時は国民大感謝祭二〇二一の初日、場所は王宮の大広間にて、第二王子ディンガが声高らかに宣言した。今ディンガは伯爵令嬢シュレイを横に侍らせて、一人の女性と向き合っている。たった今ディンガに婚約破棄を言い渡されたその女性は、頬を微かに上気させ、今にもきゃーと言い出しそうな様子で……。
「きゃー」
実際に言われてしまったが、進行に支障はないので、誰も何も聞かなかったことにした。
「ジス、お前は俺の婚約者に相応しくない。なぜなら、俺が愛するシュレイに嫉妬して、いじめを行ったからだ!」
ディンガは渾身のサービスドヤ顔を、ジスと呼んだ女性に披露した。
「わたしとっても怖かったですぅ」
役柄になりきっているシュレイは、豊かな胸をディンガの腕にこれでもかと押し当てている。ディンガの鼻の下が伸びかけているが、これは演技ではなくて素だ。
「お前はシュレイにわざと飲み物をかけたり、足を引っ掛けて階段から転落させたり、悪い噂を広めて嘲笑したりと、国母となるには到底相応しくない行いの数々をやってきた!」
「私がその女をいじめたという証拠はあるのかしら?」
予め決められていたセリフを女性がディンガに返し、ここまでは順調に進行通り。
「証拠などシュレイの証言があれば十分だ!」
ディンガが言ったことも進行通り。
「そんなもの証拠の内に入らないわ。それに私なら、いじめ程度の生ぬるいことで終わらせない。毒殺、刺殺、圧殺、撲殺、絞殺、斬殺などなどなど、ありとあらゆる手段を駆使して、その女を亡き者に! ふははっははは」
ディンガが一瞬固まった。
予定と違う。これは想定外の流れだ。本来ならここから、まともな証拠はないんかいと一気に流れがぐだぐだになり、婚約破棄された相手側の大勝利で終わるはずだったのだ。なのに女性が何故か、私ならもっと悪いこと企めますよアピールを始めてしまったので、話の流れが変わってしまった。
ディンガは内心舌打ちをし、高速で思考を巡らせた。ここから相手側の大勝利となるように、うまく話をもっていかなければならない。
「ディンガさま、あんな目で見られて、わたしとっても怖いですぅ」
シュレイがアドリブで時間稼ぎをしている間に、ディンガは勝ち筋を見出した。
「やはりお前の性根は腐っていたか。やはりお前は王妃に相応しくない! 俺は昔から、お前のやることなすこと全てが気に食わなかった。実際正しかったのだが、自分がやることは全て正しいと行動し、何かにつけて上に立つものとして当然のことをしたまでと澄まし顔」
「ジス様はいつもわたしにも、婚約者がいる男性と親しくなるべきではないとか、男性の身体にみだりに触れるべきではないとか、品行方正で真面目なことばかり言ってきてぇ。ジス様の高い身分をひけらかした上から目線は、とーっても最悪でしたぁ」
ディンガの意図を汲み取り、シュレイが話に便乗した。
「ふっ、お前が俺の婚約者に選ばれたのは、ただお前の身分が高かったからだ。お前がこの俺の婚約者に選ばれた理由は、ただそれだけの理由だ。俺が後ろ盾を得られるようにな! はっ! つまりお前との婚約を破棄した俺は、後ろ盾を失ってしまった。お前の実家の後ろ盾がなくなれば、俺は王位継承権を剥奪され、罰として俺はシュレイ共々辺境へと追放されてしまうのか!」
若干説明口調感と無理やり感が否めないが、女性に口を挟ませないように立ち回り、帳尻合わせは完了だ。ディンガは両膝を地面について叫んだ。
「こんなはずでは!」
ディンガの〆のセリフが決まり、これにて閉幕だ。たった今、ディンガによる本日百二回目の婚約破棄が終わった。
次の瞬間、次々と声が上がる。
「順路はこちらでーす。床の矢印の通りにお進みくださーい」
「こちらがお土産の婚約証明書のレプリカです」
「お帰りはこちらの扉からどうぞ」
何事も無かったかのように立ち上がったディンガは、喧騒を聞き流しながら、傍に置かれていた水でのどを潤した。
「次です」
ディンガは伝令役の文官から一枚の紙きれを渡された。ディンガはシュレイと顔を寄せ合わせて、紙切れに書かれた内容を確認する。
『パターンBⅡ シャル』
シュレイは見るや否や、先程の女性が立っていた位置へと急いで移動した。ちなみに先程までディンガとシュレイが行っていたやりとりは、パターンAⅢだ。パターンAはシュレイが婚約破棄させる側でⅠからⅣまであり、パターンBはシュレイが婚約破棄される側でⅠからⅢまである。
またメモの最後には、ディンガとシュレイ宛てのメッセージも書かれていた。
『進行大幅に遅れ気味。まきで』
大広間の出入り口横に置かれた、衝立の向こうから顔を出していた自身の従者イシキに、ディンガは了解とハンドサインで返答した。イシキはそれに頷いて答える。
「次の方どうぞー」
イシキが次の人物を大広間に招き入れた。期待と緊張が入り混じった少女が、おずおずと大広間の出入り口から、指定された立ち位置へと向かっていく。ディンガは早く歩けと凄みたいが、そういうわけにもいかない。辛抱強く待つしかいないのだ。
少女がディンガの横の所定の位置に着くや否や、ディンガはシュレイに向かって叫んだ。
「俺はお前との婚約を破棄する!」
「何故ですか!?」
かぶせ気味にシュレイが決められていたセリフで返し、婚約破棄でよくあるいじめた、いじめていないの応酬が始まった。二人は不自然にならない程度の早口で、決められていた台本の一部セリフをちょいちょい端折り、一秒でも所要時間短縮を狙っていく。
「俺は心優しい彼女シャルと出会って、真実の愛を見つけたのだ」
ディンガのこの発言はトリガーだ。ディンガは少女に視線を送り発言を促した。
「えっと、わたしもディンガ様のことを、心から愛しているのよ」
シャルと呼ばれた少女は事前に渡されていた紙の内容を、そのまま読み上げた。
「俺はこれからの人生をシャルと生きていくと決めた。お前に俺達の真実の愛を引き裂くことは不可能だ!」
「そんなことをして、私の実家が黙っているとでも?」
シュレイは扇子で隠した口元を歪めた。たとえ少女からは見えていなくとも、シュレイは演技の手を抜かない。
「お前の実家が行った悪事の証拠も、俺は既に掴んでいる。これを見るがいい!」
ディンガがシュレイに向けて巻物をばーんっと広げるが、そこには何も書かれていなかった。どうせシュレイにしか見えていないので、手抜きというやつだ。
「これはお前達一族が、違法な薬物を国内に流通させ、国を混乱に落とし入れた動かぬ証拠だ!」
顔を青ざめさせたシュレイを見て、演技であそこまで血の気を引かせられるんだなあと、ディンガは表情を変えずに感心する。いや、感心している場合ではなかった。
「よってお前達一族を国外追放の刑に処する!」
ディンガが最後のセリフを言い切り、シュレイが迫真の演技で泣き崩れ、これにて閉幕だ。たった今、ディンガによる本日百三回目の婚約破棄が終わった。
「順路はこちらでーす。床の矢印の通りに進んでくださーい」
「こちらがお土産の婚約証明書のレプリカです」
「お帰りはこちらの扉からとなります」
「次の方どうぞー」
お土産付き流れ作業の婚約破棄は続く。続くったら続く。それからおよそ十人程を捌ききり、ようやく午前の部のノルマが終わった。
「昼休憩入りまーす!」
全体の進行管理を担当していたイシキのアナウンスが、大広間全体に響き渡る。
「「やっと終わった~」」
歓喜と悲鳴が入り混じった声が、会場のあちこちから上がった。次から次に人が来るので、会場内の誰もが朝から休む暇もなく働き続けていた。
「ディンガ班集合!」
疲れを全く感じさせない良く通る声で、ディンガが会場にいる人々を呼び集めた。
「午前の部は皆お疲れ様。慣れない作業で大変だっただろう。だが昼食を食べる前に、先に午後に向けての打ち合わせを行いたい。まず午前の部では三人に一人が、アドリブを入れてきた。これによって進行が大幅に遅れる。一連の工程の最適化を図り、一人一人を既定の時間内で納めていくぞ」
「あの、既定の時間で強制終了では駄目なのでしょうか?」
話を聞いていた文官の一人が、ためらいがちに声を上げた。
「それは私も考えたが、時間切れでは相手が興ざめだ。国民に喜んでもらってこそ、このイベントの意味がある。相手に分からないように時間をコントロールするのも、こちらの腕に見せどころだ。違うか?」
「いえ、殿下の仰る通りです。そこまで考えていらしたのですね。最近美人なシュレイ様にうつつを抜かしてばかりだったので、聡明な殿下が戻って来られて感無量です」
ディンガはとても心当たりがあったので、それについては何も触れずに話を進めた。
「どうやって所要時間を短縮するかだが、今日の午後の部以降、参加者がアドリブを入れてきた場合、問答無用で以降のセリフは全て変更だ。俺とシュレイは即興で、最短経路で〆のセリフを目指すことにする。またお土産を渡すのは大広間の外に変更だ。早く大広間から出せる分、次を早く入れられるだろう。これで一人当たり十秒は短縮できるはずだ。塵も積もれば山となるのだから、一人一人の所要時間を秒単位で減らすように、皆も心がけて行動してくれ。あと時間短縮できそうなところは他にあるか? 案がある者は挙手を」
ディンガは挙げられた案を瞬時に吟味し、採用された案に関してはすぐさま細部を詰めていった。
「では午後からはそのような手筈で頼む」
ディンガが打ち合わせをそう締めくくった。
打ち合わせがようやく終わり、これから本当の意味での休憩時間だ。国民大感謝祭の期間中は、身分の差など関係なく無礼講となっている。ディンガ班に所属する面々は、大広間の思い思いの場所で輪になって、運び込まれた軽食を食べ始めた。
余談ではあるが王国内における身分差ロマンスの大半は、この国民大感謝祭がきっかけだ。ディンガの従者イシキもその当事者であり、侯爵家の三男である彼は、現在とある男爵令嬢に熱を上げている。二人が出会ったのは、一昨年の国民大感謝祭でのことだった。
イシキが件の男爵令嬢にアタックする過程で、ディンガとシュレイは出会うことになった。イシキよりも後に出会った、ディンガとシュレイの方が先に婚約に至り、イシキは未だに婚約できていない。
話を戻そう。
「シュレイ、午前中は素晴らしい対応力だった。引き続き午後も臨機応変に対応してくれ」
「お褒め頂き光栄ですわ」
シュレイはディンガに褒められて、心から嬉しそうだ。シュレイの笑顔に癒されたディンガは、やっと人心地付いたように思えた。
ディンガが行儀悪く床に座り悪態をつく。
「はぁ~、これの何が面白いのだ?」
「まあまあ殿下、そんなことおっしゃらずに」
ディンガを宥めるシュレイは、ドレスの関係で床に座るわけにはいかず、イシキがいつの間にか運んできた椅子に腰かけていた。
「そうです。国民投票で決まった国民大感謝祭二〇二一の企画ですので、殿下に選択権はありません」
イシキに淡々と事実を言われ、ディンガは微妙にむくれた。
ここでこの国で行われている、国民大感謝祭について説明しておこう。
この国では国から国民への感謝を示すために、毎年国民大感謝祭が開かれている。国民大感謝祭にはいくつものイベントがあり、その中のイベントの一つが王家による出し物だ。国民投票という名のアンケートで、毎年の王家の出し物は決められ、王家側に拒否権は無い。
今年のディンガの出し物は、婚約破棄体験であったため、ディンガは朝から婚約破棄を繰り返し続けていたのだった。またディンガ一人だけでは、国民が思い描く婚約破棄ができないので、婚約者のシュレイに頼み込んで出し物に協力してもらっていた。
婚約破棄を演じているときからずっと、ディンガはイシキに言いたいことがあった。
「そうだ、私達からイシキに苦情がある。頼むから、面白婚約破棄ネームは事前にはじいてくれ。私もシュレイも笑いを堪えるのが大変だ」
「私からもお願いしたいですわ。殿下が『†ギラついたルシファー†』相手に婚約破棄なされた時は、さすがに……さすがに……ふふふふふふ」
シュレイは思い出し笑いを堪えきれなかった。
「………………婚約破棄ネームって何だよ、おい」
ディンガは自分で自分が言ったことに突っ込みを入れた。ちなみにディンガが言う婚約破棄ネームとは、婚約破棄体験の参加者が自己申告した名前のことだ。婚約破棄体験中の参加者は、基本的にこの名前で呼ばれることになる。
「面白ネームに関しては、こちらも想定外でした。午後からは事前に対応するようにします」
「頼む」
イシキが対応すると明言したので、ディンガの今後の憂いが一つ消えた。だがディンガのテンションはあまり上がらない。
「今日の午前だけで、もう百人以上とはさすがに多すぎないか? 心が折れそうだ」
ディンガが弱音を吐いた。吐かないとやっていられない。
「婚約破棄体験は希望者全員ではありません。殿下に婚約破棄されたり、させたりできるのは、選ばれし者だけです」
「そうだな、抽選でな。抽選で選ばれた者だけな」
物は言い様なイシキの発言に、ディンガが冷静に返した。そしてディンガには、朝から疑問に思っていることがあった。
「ところで、なんで二十五人に一人の割合で、男が混ざっているのだ?」
午前の部で数回、ディンガは男に向かって婚約破棄を言い渡していた。男に婚約破棄を言い渡した王子など、前代未聞にも程がある。これによりディンガの精神力は二割増しで削れていた。
「権利を転売しようとしたら転売できずに、せっかくだから自分で参加しに来た、といったところではないでしょうか?」
イシキが己の知る範囲での推察を述べた。
「あぁ、今年は転売対策がんばったもんなぁ。転売対策の成果だったのなら良しとするか」
ディンガはポジティブに考えることで、午後に受けるダメージを減らそうという魂胆だ。間違いなく今日の午後以降も、男はやってくる。
「あとは殿下の婚約者であるシュレイ様を、一目見たいのもあるかもしれません。一般国民がシュレイ様を見る機会はなかなか無いので」
ディンガはばっとシュレイの方を見た。
「うふふ、心配なさらなくても大丈夫ですわ」
そう言ったシュレイは、ディンガの内心はお見通しと言わんばかりだ。取り乱していたディンガは、人目があることを思い出し平静を装った。
「ごほん。私は感謝祭が始まるまで準備に奔走していたから、他で何をやっているのかはさっぱり知らん。父上たちは一体どこで何をやっているのだ?」
軽食に手を伸ばすイシキに、ディンガが尋ねた。イシキは質問をものともせずに、手に取った軽食を頬張りしっかり咀嚼して飲みこんでから、ディンガの質問に答えた。
「陛下は玉座の間にて、『聖女追放~遅れてくるざまあと共に~』を行っています。王太子殿下は中庭にて、『殿下率いる勇者パーティーから追放~もう遅いを添えて~』です」
「なあ、何でどっちも副題があるのだ? どこかの国の料理名みたいになってないか? 他は?」
「王妃殿下は裏庭できゃっきゃうふふとお茶会です」
「…………ここは副題つかないんかい! っていうか超普通!」
「最後に王女殿下は王宮地下にて、歌って踊ってもえきゅん☆ もえきゅん☆ だそうです」
キリッとした表情のイシキは『もえきゅん☆』の部分に合わせて、キレッキレの動きで両手ハートマークを作った。
「なんだそれ? なんだそれ?」
ディンガは思わず二度聞いた。
「さあ?」
両手ハートマークを維持したままで、イシキは悪びれもせずに答えた。
「妹だけなんかおかしくないか?」
「さあ? 国民投票の結果ですので」
国民投票の結果と言われれば、ディンガは何も言えない。ここで納得せざるを得ないほど、国民大感謝祭に向けた国民投票はこの国で大きな意味を持つ。
だが今年の国民投票の結果は、明らかに何かの影響を受けまくっていた。受けまくっていても、王家の人間はそれをただ受け入れるしかない。たとえどんなものであろうと、国民の期待に応えた出し物をしなければいけないのだ。
そうこうしている間に、昼休憩は終わりの時を迎える。
「午後の地獄がついに始まってしまうのか……」
顔を両手で覆って、ディンガのテンションがだだ下がった。
「もっと自信を持ってください。殿下の婚約破棄が一番人気です。抽選倍率は比べるまでも無くダントツでした」
半笑いのイシキによる励ましは、ディンガにとって全く励ましになっていなかった。
「いらない人気だ! シュレイ、婚約者だからと、こんな何だかよく分からないものに付きあわせて、本当にすまない。お礼に何かしたいのだが、何がいい?」
よく分からないものに付きあわせて、愛するシュレイに嫌われるのは、絶対に避けなければならないことである。ディンガにとっては死活問題だ。
「それでは殿下、私も、私も……、聖女追放されたいですわ! 勇者パーティーから追放されたいですわ! 歌って踊ってもえきゅん☆ もえきゅん☆ したいですわ!」
シュレイは興奮した様子でディンガに詰め寄った。普段は恥ずかしがって、あまり自分からディンガに近寄ろうとしないシュレイが、それはもうぐいぐいと来ていた。
「お、おう、それぐらいお安い御用だ」
伏兵は案外ディンガの近くに潜んでいた。意外とシュレイも、ノリノリで婚約破棄劇をやっていたのかもしれない。イヤイヤやるよりはずっといいかと、ディンガはポジティブに考えることにした。
「シュレイの要望だ。イシキ、手配を頼む」
「殿下の仰せのままに」
イシキは先程の半笑いを維持したままで、ディンガの頼みを引き受けた。
「なんでまだ半笑いなのだ!? まさかお前まだ根に持っているのか!? 自分の方が先にあの男爵令嬢と出会っておきながら、私の方が先にシュレイと婚約したことを!」
「そうに決まってるだろうが、くそが! こっちの気持ちも考えずに、目の前でいちゃいちゃしやがって、くそが! 今日は無礼講だから、ずっと言いたかったことを、ついに言ってやったぜ、くそが!」
ディンガはぽかんとした。生まれて初めて面と向かって人から、しかも自身の従者から『くそが』と言われて呆然自失だ。それを見かねたシュレイは、自分が知っていることをイシキに話すことにした。
「イシキ様、ホーテちゃん自身はイシキ様のことを、にくからず思っていますわ」
ホーテちゃんとはイシキの思い人の男爵令嬢のことだ。
「どういうことですか。詳しく。詳しくお願いします」
シュレイが思った通りに、イシキはしっかり話に食いついてきた。
「ホーテちゃんが婚約をためらっているのは、やはり身分差を考えているからですわ。イシキ様は彼女の心をもう十分掴んでいますから、身分差を覆せる方法さえ提示できれば、話は一気に進むのではないかと」
「ホーテ、そんなくだらないことを気にしていたのかい? いけない仔猫ちゃんだ」
イシキの目には、愛する人の姿が浮かんでいるのであろう。一方でディンガとシュレイは、仔猫ちゃんの部分で笑いを堪えるのに必死だ。二人が知るイシキは、決して仔猫ちゃんと言い出すようなキャラではない。それにディンガもシュレイも、ホーテが仔猫ちゃんではないことをよく知っている。可愛い彼女の中身は完全にゴリラだ。
「やはり持つべき友は、貴方のような方です! シュレイ様の要望は、気合を入れて段取りさせていただきます!」
「ありがとうございます。これで私も最後まで頑張れそうですわ」
一日目午後の部も乗り切ろうと、ディンガ班一同は気合を入れ直した。国民大感謝祭二〇二一は全部で三日間だ。今日が終わっても明日、明後日がある。
頑張れ、ディンガ班。負けるな、ディンガ班。
感謝祭最終日、シュレイは希望通りに色々やってもらった。ついでにディンガも色々やってもらった。最終的に皆でめちゃくちゃ楽しんだ。