992話 悪名と廃材の坩堝
「よしっ、無事(?)草原エリアに戻ってこれたな!」
霧咲朱芽は死に戻りを経由し草原エリアへと到着した。
プレイ開始から経過している日はさほどでもないにも関わらず死に対する忌避感を鈍らせ、死そのものを有効活用するのは強かであると言えるだろう。
そして、そんな霧咲朱芽の姿を見た他のプレイヤーたちの一部でも同じ方法で効率良くプレイする者が現れ始めているので、この傾向が浸食するように広まるのは時間の問題となっていた。
それほど率先して兎鰻レイドボスと戦う霧咲朱芽の姿が印象的に残っているプレイヤーが多いということの証明でもある。
「あいつはまるで戦士だな」……というプレイヤーついで噂になりつつあるのだが、当の本人はそんなことも露知らず【鍛冶士】の拠点である鍛冶場へと無断侵入していった。
「よっ、来てやったぞ【鍛冶士】!
元気にやってるか~?」
霧咲朱芽は【鍛冶士】の肩を後ろから叩きながら気さくな挨拶をしているようだ。
ただ、霧咲朱芽と【鍛冶士】では体格の差があるため霧咲朱芽が跳び跳ねて肩を叩くことになったのでその勢いの結果、バレーボールのスパイクを思わせる強烈なビンタになってしまった!
「ワシの鍛冶場に勝手に入ってきてその挨拶とは礼儀知らずもいいところだな!!!
一度出直してこいと言いたいところだが用件だけは聞いてやろう!!!」
【鍛冶士】は自分の作業が中断されてしまったことに対する苛立ちを隠すこと無く霧咲朱芽へと感情をぶつけていく。
だが、それでも自分を求めてきたということに対する嬉しさはあったようで多少の妥協を見せているようだ。
交流機会を重ねていったことで少しずつ心の溝のようなものが埋まりつつある兆し……かもしれない。
「用事というか……お前は調理器具って作れるか?
作れるなら何とかして作ってもらいたい!
前に言ってた料理を作るための食材がある程度集まったからな!
だけど調理器具が無いことには俺としてもこのチュートリアル武器の包丁で切ることしか出来なくて困ってるんだ。
最低限フライパンか鍋くらいあれば何とかなりそうなんだが……」
霧咲朱芽にしては珍しく深刻な顔で思い詰めて苦悩を打ち明けていた。
トレジャーハンターでありプレイヤーキラーである霧咲朱芽だが、流石に鍛冶をするのは専門外のため他人に頼らざるを得なかったのだ。
現実であれば購入するという手立てはあるのだが、このゲームの世界ではNPCが認知されておらず店もプレイヤーの運営する粗末なものしかない。
なので買うという手段を取ることが出来ず、1から作ることが出来るようなプレイヤーに頼ることとなった。
そして、霧咲朱芽の知り合いでその条件に合致した【鍛冶士】に白羽の矢が立ったのだ!
「むっ、その準備も出来ていないのにも関わらずワシに啖呵を切ったのか!!!
もう少し考えて発言をするべきだな!!!
ワシが作れないことはないが、お前に別の伝手はないのか!!!」
「あるわけないだろ!
このゲームをプレイしてお前とばっかり顔を合わせてるんだからな!
それに俺はプレイヤーキラーだから悪名も広まりつつある。
孤立無援とまではいかないが、人との縁は殆どないものと考えてくれた方が分かりやすいかもしれないぞ?」
霧咲朱芽は悪びれもせずプレイヤーキラーであることを明かし、自身が今置かれている状況についても説明した。
プレイヤーキラーは外のプレイヤーを害する存在であるため必然的に嫌われることとなる。
だからこそ目立つ存在になったとしてもその助けをしようという奇特な者はごく僅かしかいない。
そんな告白を聞いたプレイヤーは普通であれば顔をしかめるであろうが……
「それなら仕方ないな!!!
ただ、ワシもプレイヤーとして素材を多く持っているわけではない!!!
ワシに依頼をするなら自分で調達してくることだ!!!
鉄材や廃材……利用できそうなものなら種類は問わない!!!」
「ふーん、わりと自由が利くんだな。
即行でこの鍛冶場を作り上げた手腕と技術力もそうだが凄いんじゃないのか?
他の鍛冶プレイヤーがどの程度か分からないが、少なくとも俺は今感心してるぞ!」
霧咲朱芽は【鍛冶士】の自信ありげな様子に信頼感を感じ、疑うこと無く腕前を信じることにしたようである。
この選択が今後どのように作用するか不明だが、悪いようにはならないであろうことは【鍛冶士】の人柄からして客観的にも見て取れる。
「まぁ、鉄材や廃材を集めればいいんだな?
待ってろよ!」
そう言って勢い良く鍛冶場の外へと走り抜け……そのままウインドウ画面を操作しログアウト処理を行っていった。
「まぁ、時間だからな。
勢い良く出てきちゃったが素材集めはまた今度だ!」
霧咲朱芽の身体が分解されていき電子の海へと散っていく。
ふと顔を上向けてみるとそこには幻想的でノスタルジックな気持ちになる……そんな空が天には広がっていた。
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