985話 偽物と偽装と偽名
「か、身体が急に重くなっちゃいましたよ!?
いや~、これどうなってるんですか!?
バグとかですか!?」
「みなさん、落ち着いてください!
とりあえず自己紹介は止めておきましょう!
自己紹介の何かがバグの原因の可能性があります。
注目を集める、名乗る、大声を出す辺りがおそらく原因の一つだと思いますが迂闊なことをするとキャラクターロストする可能性もあります。
慎重に、慎重にお願いします!」
ボマードと名乗った少女は唐突に起きた現象に慌てふためき、近くにいた痩せ型の青年がそれの騒ぎを収束させるために近くの人に触れ回り始めている。
騒ぎを聞きつけた他のプレイヤーたちからは先ほどの青年が話した条件を守るように広めていっているため、誰一人名前を名乗ることなくこの騒動を見守り始めた。
有象無象のプレイヤーたちがいるにも関わらずボマードという少女以外誰一人名乗りをあげていない状態というのは異質なものであり、何らかの上位存在からの干渉が無ければ統制しきれないものである。
「なんか可哀想なやつがいるな……
ちょっと慰めにいってやるか!
流石にチュートリアルで躓くやつを放置するのも後味が悪いからなぁ……
おぉい! そんなに泣くなよ」
霧咲朱芽はボマードという少女に話しかけていく。
すると瞳に涙を浮かべながらボマードは霧咲朱芽に飛びついていった。
「うわぁぁぁん!!
いや~これどうすればいいんですか!?
だずげでぐだざいよぉぉぉぉ!!!」
「こらこら、抱きつくな暑苦しいぞ!!
そして泣き止め!
この可憐な乙女の俺があやしてやるんだからそのうるさい声を張り上げるのをさっさと止めるんだな!」
「ぐすん……
見た目可愛いのに一人称が俺なんですね……?
いや~、口調も中々……?」
「せっかくあやしてやってるのに俺に言いがかりをつけてくるとはいい度胸だな!」
そんな軽口の応酬をしているとボマードの気も紛れてきたようで、その瞳から涙が失われていったようである。
霧咲朱芽が幼い見た目の女性アバターということもあってか親近感がわいたのもその促進となっている。
そして、ボマードは霧咲朱芽の見た目と口調のギャップに驚いているようであるがその質問に答える前に新たな人物が二人の前に現れた。
「ちょっwww
騒ぎを聞きつけてみれば可愛い女の子が二人もいるじゃんwww
特にそっちの気が強そうな女子www
どうよ、このオレと一緒にゲームをプレイしようずwww」
二人の前に現れたのは赤髪のちょっとチャラめな男で、どうやらボマードをあやしていた霧咲朱芽をナンパしているようだ。
そんな赤髪のチャラ男をゴミを見るような目でじっとり見ている霧咲朱芽はふと自分の手に握られていた包丁に気が付くとその後、淀みない動きで赤髪のチャラ男の後ろに回り込み背中を包丁で突き刺していった。
「おっ、柔らかい肉質だな!
いい加工肉になりそう」
「ちょっwww
なんか刺されたンゴwww
まさかチュートリアルで死ぬとかいう不名誉を被るなんてアリエナイwww
……お前、絶対許さないからなっっっっ!!!
何年かかってでもお前を追放してやるっ!!!」
そんな怨嗟にも近い感情を込めた叫び声がチュートリアル空間に響き渡り、赤髪のチャラ男は光の粒子となって消えていった……
「大声で叫ぶことはバグの原因ではなかったようですね……」
その裏で痩せ型の青年がボソリと自分の考えを纏めていたようだがボマードと霧咲朱芽の耳には届いていなかったようである。
「えぇ……
いや~、確かにナンパなんてされても困りましたけどプレイヤーキルするほどじゃなかったですよね?」
ボマードは突如として行われた凶行に怒りというよりは困惑の表情を浮かべており、霧咲朱芽に追及しはじめた。
「鬱陶しかった以外に理由がいるのか?
あいつをキルしたのは俺の手に包丁が握られてたしちょうどよかっただろ!」
「バイオレンスな人なんですね。
そういえば名前を教えてもらってもいいですか?
いや~、一応恩人の名前も聞いておきたいですからね~!」
ボマードはそう提案したが、霧咲朱芽は一瞬思案し偽名を名乗ることに決めたようで……
「なんか名前を名乗ると身体がおかしくなるっぽいし、とりあえず仮で【包丁さん】とでも呼んでくれ!
今の俺たちのトレードマークっていったらこのチュートリアルでもらった武器くらいしかないしな!」
霧咲朱芽は自分が持っていた包丁をボマードに見せつけるようにして突き出し、そう名乗りを上げた。
「【包丁さん】ですね!
いや~、本当にさっきは色々と助かりました!
本当にありがとうございます!
ここを出た後も縁があれば一緒に遊びましょうね!」
「あぁ、機会があればな!
だが、その時は容赦しないから覚悟しておけよ」
「えぇ、なんだか意味深な言い方ですね!?
いや~楽しみにしてますよ~!」