982話 不親切で断念せざるを得ないゲーム
時が経ち、新作ゲームのサービス開始日となった。
霧咲朱芽は待ちきれずVRゲーム用のバイザーを頭に装着しベッドの上で仰向きに寝転がっている。
今時のVRバイザーや端末は超小型化に成功しており、ポケットに入れて持ち運べるレベルとなっている。
そしてそこから開いたり折り畳んだりできるのだ。
そんなバイザーをつけた霧咲朱芽が足を組んだり戻したりしているのは待ちきれないからであろう。
ミチのものに対しての興味というのはそれほど人の心を焦らすものなのだからといえば納得できる。
「さ~て、没入感と自由さを推すゲームがどれくらいのものか見てやろうじゃないか!
これでクオリティが低かったら絶対クレームいれてやるからな!」
そんな悪態をつきつつもゲームの電源を起動し意識を身体から切り離し電脳世界へとステージを移していった。
視界がプツリと切り替わり、現実と仮想の認識が曖昧になると……
ゲームスタートである!
霧咲朱芽が電脳世界で意識を取り戻した時、目の前には真っ白な空間が広がっていた。
「……バグではないよな?
サービス開始初日だからあり得ない話ではないが、これはログインし直した方がいいのか……?」
あまりの出来事につい言葉を漏らしてしまったようではあるが、何もない空間にポツリと立ち尽くす霧咲朱芽の言葉は空虚なる空間に響いていく。
普通このようなゲーム開始時にはプレイヤーに分かりやすいようにナビゲーターが現れたり、ウインドウ画面で指示を出していくのが定番なのだが、このゲームではそれが無いようである。
少女のような見た目で呆然としている今と同じ様子を現実世界でしていたら、きっと周りにいた人が心配に思い声をかけてきていたに違いない。
それほど途方に暮れている状態だったのだ。
霧咲朱芽がしばらくそうしていると、目の前に『60』という数字が現れ一秒経つごとにその数字を減らし始めた。
「あぁ、カウントダウンか……
これが終われば正式サービス開始ってわけか?
アバターくらい事前に作らせてくれてもいいだろうにやけに焦らしてくるな……
これは賛否両論あるから、これくらいの不満なら呑み込んでやるけど」
そうしてぶつぶつ言いながらも60秒待ち続けると、目の前にウインドウ画面が現れた。
そこにはアバターの編集画面が表示されており自分でゲーム内で操作する身体の特徴を変化させられるようだ。
「髪色は……黒でいいか。
黒色は目立たないだろうが、別に目立ちたいわけじゃないから……
そう、俺は自由気ままに料理をしたいだけなんだからな!
眼の色は青色かな?
特に拘りがあるわけじゃないが何となくこれがキャラクターとしてはしっくり来る気がする」
そうして髪型や身長、体型などを設定していくと霧咲朱芽はリアルタイムで自分の身体が切り替わっていっていることに気がついたようだ。
色の編集の際には気づいていなかったようであるが、身体の形が変わったところで違和感を感じたらしい。
「ふーん、そこまで極端に変えたわけじゃないのに少し変わるだけで案外気づくもんなんだな……
それならせっかくだしアソコでも弄ってみるか?
……誰も見てないよな?」
霧咲朱芽はそう言うと画面を操作し身体のとある一部分の数値を大幅に上昇させていった。
すると同時にその部位が肥大化し、霧咲朱芽が動く度に弾むように揺れ始めた。
「こ、これが念願の巨乳……!?
まさかここまで身体を弄れるとはな!?
しかも触り心地も柔らかくてリアルだ……
なんという技術の無駄遣い! だがそこがいい!」
霧咲朱芽は自身の願望を叶え胸を巨乳にしてご満悦のようではしゃぎ回っていたが、しばらくすると我に返ったような冷静な表情へと変わっていった。
「コレ動きにくいな……
現実世界と身体のバランスが違いすぎてまともに操作出来ないのは致命的過ぎる……
ちょっと歩いたらコケるなんて情けないアバターは流石に使えない。
それに肩が疲れる……
巨乳ボディーはどうやら俺には合わないらしいぞ!?
なんという不幸だ……なんという仕打ちだっ!!!
くそっ、世界中の普通に生活できている巨乳女子たちっ、恨むからなっ!!!!!」
怨嗟の籠った叫び声を真っ白な空虚なる空間で力一杯叫んだ後、眼から血でも流しそうなくらい力みながら肥大化させていた胸の数値を現実のもの……同年代で見てもかなり少ない数値へと戻していったようだ。
「……まぁこんなもんか。
プライバシーに配慮しつつ、感覚に違和感がないレベルだとこれが限度だからな……
巨乳を諦めないといけないのは悔しいが、仕方ない!!!
いや、本当に悔しい……」
そうしてアバターを決定した霧咲朱芽はアバターの操作画面の一番下に位置していた確定ボタンを指で押した。
すると、ウインドウ画面には……
『チュートリアル空間に進みますか?(チュートリアル空間に移動後、定員に達するか一定時間後にチュートリアルが始まります)』
……と表示されていた。
「ここにきてようやくまともにナビゲートし始めたな。
ログインした時にもこれくらい表記してくれてたら困惑せずに済んだものを……
まぁ、サービス開始前にしか起きない現象っぽかったしゲーム開発も不安を全て潰すには一筋縄では行かないだろうしやむを得ないか?」
霧咲朱芽は自分を納得させるためそう言い聞かせながら案内に従いチュートリアル空間に入るべくボタンを選択するのであった。
昨日は久々にレビューをいただけました!
ボトムダウンオンラインのことを楽しんで読んでいただけていると分かる嬉しいものだったので、これを活力に今後も頑張らせていただきます!