981話 不世出のトレジャーハンター
霧咲朱芽はトレジャーハンターである。
人知れず隠された洞窟、遺跡の調査をしお宝を見つけ出す。
その過程では故人たちの巧妙な罠や同じトレジャーハンター同士の争いなどが絶えず続いていくものである。
「ふぅ、今日の競争相手はまあまあだったが、それでも片手間で戦闘不能に出来たのは楽できてよかったな。
それもこれもこの遺跡の罠に助けられたからなんだが、トレジャーハンターが遺跡の罠に引っ掛かるのは本末転倒だぞ……
その辺を理解して挑みに来いよな」
短めな黒髪を揺らしながら小柄な女性は、敵対してきた男の頭を殴りつけて忠告している最中のようだ。
自分に襲いかかってきた人間に対して殴りつけるだけで済ますのは甘い対応であるが、人の手が入っていない遺跡の中であっても国に属している以上法はある。
必要に駆られなければ命を奪いに行くのは後々裁判などで時間が取られてしまうので避けているのだろう。
……もちろん相手が生きて逃げ帰ることが出来たときの話ではあるが。
「裁判なんてやるだけ時間のムダだからな……
正当防衛だとしても俺も悪人みたいなところあるし、裏に手を回すのは金がかかるからこの程度にしておくんだ。
ゲームの中じゃなくて法の行き届いた現実世界で俺と戦ってよかったな?
ゲームだったらきっとお前は死んでいたはずだからな!」
そう言って襲撃者を地面に蹴り飛ばし遺跡の奥に進んでいく。
命の危険までないと見逃されたトレジャーハンターたちはその寛大な措置に感謝しいそいそと退散していった。
よほどのことがない限りは泣き寝入りするだろうが、弁えている者は敵対しない意思を示していくのである。
そんなトレジャーハンターのことは意識から外してさらに先に進んでいく霧咲朱芽。
狭い部屋に入ろうとした時に罠があることに気がつき足を止めて観察を始めた。
「あそこに罠がある……
起点は踏み込み式、周りの構造的に矢のようなものが飛んでくるタイプだろうな。
しかもあの罠を踏み込まずに進むと今度は別の罠が導線にあるときた。
そっちは多分扉が閉まるタイプだな。
退路を塞がれるよりは矢に対処する方が帰路のことを考えると楽になるし見えている罠に引っ掛かりに行くのは癪だが突っ込むか!」
そうして罠があるのにも関わらず小柄な身体を活かし一直線に駆け出していく霧咲朱芽。
彼女は罠を踏み込むと飛んできた矢をナイフで受け流し、対処できないものについては身体を捻りかわしていく。
そんな矢の雨の中を潜り抜けて罠の部屋を通り抜けると扉が幾つもある部屋にたどり着いたようだ。
「この部屋に罠は……無さそうだな。
よくある宝箱を開ける時に手順を間違えると罠が起動するタイプも無さそうだし、ここからはイージーモードだ!
今日は豪遊するぞ~!」
そして未踏の地の宝物庫から宝を持ち出した霧咲朱芽はそのまま宝の入手方法のロンダリングを行い、自宅へ持ち帰ることに成功したのだった。
「今回は当たりでよかったな~!
情報を手に入れても空振りが続いてたからこうやって実入りがあるとトレジャーハンター感を取り戻した気になるぞ!
失われていた自信を取り戻した感覚だな!」
そう呟いている霧咲朱芽は手に入れた宝を手袋をはめて傷つけないように手で弄びながら、ディスプレイ画面に向かい合い何かを買おうとしていた。
その画面には色とりどりのサムネイル……最新のゲームタイトルが表示されている。
「昔を意識したゲームとか対人のバトロワモノとかはつい最近遊んだばかりだからな……
物騒な荒事を終えて宝も手に入ったことだし、たまには日常を謳歌出来そうなスローライフを送れるゲームでも選んでみるか!
趣味の料理が思う存分楽しめそうなゲームがいいな!」
そうして画面をスクロールさせながら数々のゲームを見ていると気になる謳い文句の書かれたものが霧咲朱芽の目に留まったようである。
「何々……『沈み込むような没入感を味わえます』『このゲームの中では貴方のやりたいことが自由にできます』……ふーん、そんだけ臨場感のあるVRゲームってことか?
これだけ没入感と自由さを推すなら俺のやりたい料理も出来そう……かな?
公式スクショをみる限りモンスターとかもいるらしいけど、グラフィックもまるで現実みたいだし試してみる価値はありそうだな!
……ってサービス開始は一ヶ月後!?
それに今日が初期購入最終日か……!?
運がいいのか悪いのか分からんが見つけたものは仕方がない、買ってみるとするか!」
そうして購入ボタンを押して注文を終えた霧咲朱芽は仰向けで床に倒れ込み天井を見上げていく。
一ヶ月後にプレイ出来るゲームに想いを馳せているのであろう。
トレジャーハンターといえども毎日各国の遺跡や洞窟に飛び回っているわけではないのでのんびりと社会に紛れ込みながら教鞭を取りつつしばらく時間を過ごしていった……