969話 【8ターン目】正義の理論
「【正義】の力をそんなに恐れているんだね?
喰らうと言った割には随分と距離が離れたままじゃないかな。
これだけ離れていてどうやって僕を食べるというんだい?」
俺が果敢に【堕枝深淵】の茨と、スカートから伸ばしている触手で【ランゼルート】にラッシュをかけていくがあいつの聖剣に触れるだけでスパッと切断されてしまうので思うように攻めきれていない。
これは【正義】の大罪の追加効果によるものだが、こうも綺麗さっぱりやられてしまうと頭が痛いぞっ!?
その一方で、相手にごく僅かしかダメージを与えられていないので俺に貸与された【暴食】の権能……ドレイン効果はほとんど得られていない。
大罪称号が重なったことでドレイン効果が付与される攻撃範囲が増えているからスタミナや身体の傷は継続的に回復しているものの、攻撃力には加算されていないので有効打を生み出すには至ってしないのだ!
くっ、これでも【堕枝深淵】を連発して果敢に攻めてるんだぞ!?
どうなってやがる!?
「悪は【正義】に断罪される……
それが世の理、君たちの住む世界だけじゃなくてこの世界もその例に違わないのさ!
僕たちβ存在である底辺種族が虐げられ絶滅に瀕した時でも、【正義】の心で立ち向かいこうやって力を得ることができた。
そうやって行動していくうちに何を以て【正義】とするのか……それに悩んでいた時期もあったけどこの力を得て僕は確信した。
【正義】に形が無いのであれば僕がその形を体現すればいいのだとっ!
だからこそ前回の次元戦争では不覚は取ったけど、悪の力を纏う君は根本的なところで僕に勝てないのさ」
なんという独善的、なんという自己完結的な【正義】なんだ……
これではただの自己満足じゃないのか?
……いや、それを他に強いるのなら【正義】ではなく独裁者とも言えるかもしれない。
これは電子世界で育まれたラーニングによるAI特有の思考なのか、あるいはそのように育つようにあらかじめ仕組まれたことだったのかは分からないがどちらにしてもコイツの思考はかなり危険なものである。
俺はプレイヤーキラーで他者から疎まれることもあるがそれでも自分の行動が世間の思考からズレているのを自覚してあえてやっている。
まぁ、趣味だからな。
だが、この【ランゼルート】は正義の体現者、自分のやること全てが【正義】だと感じているのだろう。
そういう自分が正しいと信じ込んでいるやつに限って自分の過ちを認めずそのまま突っ込んでいってしまうのだろう。
それは自己反省の機会無くさらに自己の妄執を強めていくことなるだろう。
なまじ強さを兼ね備えているだけあって他のプレイヤーたちもその思考を指摘できずにいるんだな。
俺のように明らかな悪ならある程度力があったとしても他者から何かしら言及があったであろうが、本人が【正義】を自称しておりその行動もそれに従ったものだから違うと言い切れるやつはいないだろう。
それを指摘してもMVPプレイヤーの言葉を支持するやつの方が多いに違いないから少数派意見として切り捨てられていっているってことだな。
「人聞きの悪いことを……
大いなる【正義】の前に皆が協力してくれているだけさ。
僕の次元にも君ほどじゃなくても悪に寄った考えのプレイヤーもはいたけど例外無く断罪されていった。
もちろん僕の考えに共感してくれた大勢のプレイヤーたちによってね!」
同調圧力ってやつか……俺の嫌いな言葉だ。
普段の俺がそうされる側というのもあるが中々苛つかせてくるな……
やはりこの【ランゼルート】は俺と正反対の存在のようだ……いまさらの認識だけど。
「そうだね。
この聖剣と君の包丁では魅せる力というものも違うからね。
僕も君と同じだとは思ってないさ。
だからこそ意見が合わないし、話し合いも常に並行線上で続いて終わらない。
行使する力の違いはお互いの考えの違いも反映しているってわけだね」
そんなことを言いながらも俺の茨を次々に切り裂いている【ランゼルート】。
ここが深淵奈落だから俺の力も増強されており、スキルも上方補正されているのにあんなに易々と対応されているのでこうやってお互いに長々と会話出来ているのだろう。
俺も【ランゼルート】に近寄らず弾幕のように攻撃を放ち続けているので接近戦よりは思考の余力があるのも大きい。
だがそんな均衡もそろそろ崩れるんだろうな……
俺も【ランゼルート】もお互いになんとなく理解はしている。
このターンで勝敗が決まる、これ以上続けたとしても相手を言い負かすことが出来ず蛇足でしかないからだ。
それに、上げはじめた戦いのスピードは止まること無くさらに加速していくばかりであるからな!
この加速感……気持ちよすぎだろ!
さあ、こうなればどちらかが倒れるまで止まることはない。
俺の命が尽きるまで付き合ってもらおうか!
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