940話 漆黒の巨大蜘蛛
それでこの和風の城の門を堂々とくぐり抜け……ようとしたら【骨笛ネクロマンサー】に手で制された。
なんだなんだ!?
「ふひひっ、ここを通る前に一つだけ言っておきたいことがありますぅぅ……
城門に触れないで下さいねぇぇ……」
【骨笛ネクロマンサー】はそう言うと何処かで拾ってきた石を城門に全力投球していった。
現役野球部員の【バットシーフ】後輩には劣るものの実に綺麗なフォームでの投球だな。
そんなフォームで放たれた石が城門にコツリとぶつかると何処からか糸のようなものが現れ石を絡め取っていった。
そして、俺たちから見えなくなるほど高く上空へと飛び立っていったのだった……
これは罠か?
だが俺の経験に基づく見識ではここに罠が仕掛けられている様子ではない。
「流石【包丁戦士】さんですねぇぇ……
これ罠じゃなくて【ファイヌル】さんの自動防御機能みたいなんですぅぅ……
この城全体に蜘蛛糸が張り巡らされていて、迂闊に触れると身体を操られて上空に飛ばされるので注意してくださいねぇぇ……」
なるほど、罠じゃなくて【ファイヌル】の一部のようになっているのか。
そして城全体にこれがあるなんてどんな規模してるんだよ……
なんというかもう少し手心を……な?
「それだけ警戒心が強いってことですよぉぉ……
あてぃしたちプレイヤーが参入してから姿を現した相手はあてぃしと、天子王宮に深淵結界を作ったときに居たプレイヤーたちだけみたいなですからねぇぇ……」
このエリアについても綿密な隠蔽工作がされているので【ファイヌル】の性格がなんとなく分かってきた。
狡猾なルル様が信頼を置くのがよく分かる慎重さである。
そんなことを考えていると歩いていた【骨笛ネクロマンサー】がピョイと跳ねて進み始めた。
「ふひひっ、そこも気をつけて下さいねぇぇ……
足元に城門にあったものと同じ蜘蛛糸が一本だけ見えないように仕掛けられてますよぉぉ……」
俺はそれを確かめるように非常食として持ってきていたリンゴを転がしていく。
すると先程の石と同じように上空へと飛ばされていってしまった……
その光景に俺と【骨笛ネクロマンサー】は顔を見合わせてつい苦笑いしあってしまった。
そりゃ、こんなの苦笑いするしかないだろ!
プレイヤーがうっかり捕まってしまったら死に戻り確定なのだからな!
城の中をある程度把握している【骨笛ネクロマンサー】に案内されながら城を登っていくと、最上階に漆黒の巨大蜘蛛レイドボス……【ファイヌル】がいた。
【Raid Battle!】
【忍び寄る蜘蛛糸】
【レイドバトルを開始します】
【ΦΦΦΦΦΦΦ!!!!
……いや、プレイヤーにはこれでは通じないのでござったな。拙者は【忍び寄る蜘蛛糸】でござる!
【骨笛ネクロマンサー】殿もよく来てくれたでござるよ!
そちらの御仁はボスの密命で動いた時にいたでござるな?】
【ファイヌル】はレイドアナウンスが流れた後不気味な鳴き声を発したかと思うとすぐにプレイヤー言語に切り替えて対話に応じてきた。
あっちは何だかんだ俺のことを覚えていてくれたらしい。
関わった時間が短かったのと、相手が強大な力を持つレイドボスということで俺の存在は既に忘却の彼方にあると思っていたぞ!
【普通の底辺種族であればそうなるでござろう。
しかし【包丁戦士】殿はボスと友誼を結んだ我ら深淵種族の同胞!
そして家族のようなものでござるよ!
これがどうして忘れることがござろうか!】
レイドボスにしては珍しく好意的な態度で俺が印象に残っている理由を教えてくれた。
その声色からして俺をハメるための嘘ではない……と思う。
巨大な蜘蛛だからプレイヤー相手と違って表情が読めないので自信はないけどな!
それにしても深淵スキルを使える以外で、初めて深淵種族に転生したメリットを感じたぞ……
謎の関係である【骨笛ネクロマンサー】はともかく、ほぼ初対面の木っ端である俺に対してここまで好意的に接してくれるのは間違いなく種族補正だからだ!
……まあ、逆に聖獣たちには毛嫌いされてるけどな。
次元天子という統括的存在になったにも関わらず俺に敬意を払ってくれないから、よほど深淵種族の影響が大きいのだろう。
【表面上のスペックでも深度100、深淵細胞や称号も含めればもっと深度が深まるというプレイヤーにしては規格外の深淵的存在でござるからな。
あの【ゼータンパ】よりはこの時点でも強そうでござるし、信頼できるでござるよ】
謎の存在と比較されたが、おそらく深淵種族の同胞の一体だろう。
タイマンでイーブンな状態で戦って俺が勝てるレベルのレイドボスなんているのか……(困惑)
【夢幻深淵】を使っているならまだしも、今の俺の状態は【深淵顕現権限】も【深淵纏縛】も使っていないプレーンなままだ。
【あやつは特に奇妙なことを特技としていたでござるから……おっと。
それはそうと、【骨笛ネクロマンサー】殿はどのようなご用件でここにいらしたでござろうか?】
どう考えても不自然な流れで会話を断ち切ってきた【ファイヌル】だった。
そんなに都合の悪い話だったんだろうか……
良い場所に住んでおるではないか!
良き哉良き哉!
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