872話 大小トレーニング
そろそろ攻勢に出ないとじり貧で不味いな……
この攻撃スピードは【ペグ忍者】にやや劣るくらいだ。
それも聖獣の力を借りた状態の【ペグ忍者】が比較対象になっていることが規格外の実力者であると分かるだろう。
流石に異世界の人間である【釣竿剣士】とは比べられないが、充分だろう!
チクチクとフォークを突き出してきていて鬱陶しいことこの上ないぞ!
しびれを切らした俺は攻撃をかわしながらしゃがみこみ、その際に畳み込んだ足をバネにして【肉叉家政婦】の後ろに通り抜けながら包丁で切りつけていく。
「くっ、その瞬発力お見事です。
この一瞬の攻防で分かりましたが、その戦闘技術はこのゲームを始める前から培っていたもので相違無さそうですね」
【肉叉家政婦】は俺の攻撃によって受けた傷を手で押さえてその深さを確認しながらそう問いかけてきた。
……これだから年配プレイヤーはやりにくいんだよなぁ。
【短弓射手】といい、【ロイス=キャメル】といい戦いから俺のバックボーンを読み解いてくるから気を抜いていられない。
読み取られたくないものまで晒してしまわないようにしないといけないからな!
……まあ、戦闘技術はこのゲーム外で鍛えたものってことは否定しないけどさ。
「その身体を余すことなくお使いになるスタイルは後進の育成にも活かせますでしょうに……
勿体ないとは思いますが、ご自身の技術を相伝していくつもりはないのでしょう?」
【バットシーフ】後輩や【フランベルジェナイト】たちに指導はしているが、この【肉叉家政婦】が言いたいのはおそらくそういうことじゃないだろう。
雰囲気的にあくまでも現実での話に違いない。
そんな野暮なことに答えてやるほど俺はお人好しじゃないぞ!
そうしてサイドステップを踏みながら【肉叉家政婦】の死角になる位置まで移動し、そこから一気に距離を詰めて放つのは下から上に切り上げる斬撃……逆風だ!
流石にフォークでこれは防げないだろっ!
そう思っていた俺だが、【肉叉家政婦】は口角を少しあげて微笑みながら口を開いた。
「ability発動!【大同小異】……っです!」
あ、abilityだとっ!?
俺が包丁で放った切り上げは突如として身長くらいの大きさまで巨大化したフォークによって受け止められてしまった。
くっ、まさかability持ちのプレイヤーだったとは!?
「スキルの使用は禁止されていましたが、abilityについては規定がなかったため使わせてもらいましたが……
ご不満でしたでしょうか?」
いーや、最高だね!
そういう柔軟性は俺好みだ!
この【肉叉家政婦】はリアルを重視しているから、てっきりこういったゲームのシステム補助による技能に抵抗があるのかと思ってスキルを使用禁止にしたんだが……それは間違いだったようだ。
この世界にある一方向で順応したプレイヤーしか手に入れられないとされているabilityを持っているのなら、この【肉叉家政婦】も立派な【プレイヤー】だ!
……面白くなってきたじゃないか!
【トランポリン守兵】お嬢様のやつ、こんな面白いやつを隠していたとは中々隅に置けないなあ?
「時間も押してきておりますし、そろそろ決着をつけさせてもらいます。
お覚悟を!」
そんなことを考えていたらトライデントのようになったフォークで【肉叉家政婦】が決死の攻撃を仕掛けてきた。
守りを一切捨てた全力の攻撃だな。
お堅いと思っていたが、本当に惚れ惚れする戦い方だ!
いいぜ、そっちがその気なら俺も攻めの姿勢で打ち勝ってやろうじゃないか!
俺は若干前傾姿勢になりながらも包丁を上段に構えて突撃していく。
そして、フォークと包丁はぶつかり合うことなくそれぞれの身体を貫き、あるいは切り裂いていったのだ!
「引き分けですね。
……お見事です」
ああ、オマエモナー……
俺の身体には深々とフォークが突き刺さっており、光の粒子が漏れ出てきている。
死に戻りするのも時間の問題だろう。
一方で【肉叉家政婦】は左肩から右腰にかけて切り裂かれていた。
こいつが受けたのは俺の十八番……袈裟斬りだったからな!
この傷跡になるのも納得だろう。
「では、またの機会にお会いしましょう……」
そう言って【肉叉家政婦】は死に戻りしていった。
時間もないと言っていたから、おそらくそのままログアウトするのだろう。
俺も死に戻りしたが、その後はボマードちゃんのライブを見ながら脳裏に【肉叉家政婦】との戦いをリプレイしながら分析をしていくのだった。
「【包丁戦士】さん、私の歌を聞いてくださ~い!
いや~、折角の新曲……【光と闇のキューピッド】ですよ!」
底辺種族の歌は傾聴する価値があります。
アイドル……なるほど。
このアイディアは底辺種族たちに活かせるかもしれないですね。
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