819話 フェイとナイト
【誓言の歪曲迷宮】
俺が空間の歪みを抜けるとき、エレベーターで下るときのようななんとも言えない浮遊感を感じた。
胸や頭に直接圧迫感を覚える程度だったが、通常のエリア移動や死に戻りとは違った感覚は、違和感マシマシだ。
これが没入型VRゲームの成せるミチの感覚と言ったところなんだろう。
いったいどうやってこんな感覚を再現しているのか気になるところではあるが、そろそろ空間の歪みから抜け出せそうだ。
そうして空間の歪みから抜け出した俺たち四人の前に広がっていたのは、捻れるような道や部屋が広がっているダンジョンだった。
この構造が【誓言の歪曲迷宮】というダンジョン名の由来だろう。
無秩序な捻れた空間が広がっているが、壁などは土ではなく白い石のようなもので出来ているみたいだ。
ちなみに、前に来たときに壁を破壊できるか確認したが出来なさそうだったので素直に道順を進むことにしよう。
「いつ見ても平衡感覚が狂いそうな見た目してるッスよね……
頭がおかしくなりそうっすよ!」
「それは君の修行不足じゃないのか?
フェイちゃんと鍛え上げた俺にはさほど影響はないよ」
「むー……
俺っちは高スペックイケメンとは出来が違うッス!
俺っちが普通の感覚なんッスよ、【裏の人脈】のメンバーも同じこと言ってたッス!」
俺も別にそこまでの違和感は無かったが……
普通はそういうものなんだろうか?
もしかするとそれが高難易度ダンジョン足らしめている一つの要因なのかもな。
「……没问题。
はやく、すすむ……」
俺たちがそんな感覚の違いについて話していると痺れをきらしたのか【ミューン】はいそいそと進み始めた。
おい、お前ら!
【ミューン】に置いていかれるなよ!
「りょ、了解ッス!」
「行くよ、フェイちゃん!」
【は、はい……!】
さて、この低めの階層に登場する主な敵がさっそく現れたようだ。
その姿は一言で表現するのなら、白い羽を広げた天使だ。
【菜刀天子】はこの天使を見て「空虚なる傀儡」、「不快」とまで言っていたのをふと思い出した。
とりあえず【ミューン】、やっちゃってくれ!
「……可以。
よゆう、【兎月伝心】!」
相対していた天使が攻撃するために接近してきていたようだ。
高難易度ダンジョンといえど一番はじめの階層だ、天使という見た目なわりに物騒な拳での攻撃だった。
そんな天使の攻撃を避けようともせず、【ミューン】は鉤爪を何処からか取り出して装着するとスキルを発動した。
爪先に紫色の粒子が集まり、その粒子が【ミューン】の意思によって拡散していく。
そして、拡散した紫色の粒子が迫り来る天使の首もとに靄のように集まり始め……
天使の首が見事に切り刻まれ、頭部が地面に転がっていったようだ。
うーん、いいね!
人型の相手だとこういう楽しみがあるのが嬉しいぞ!
「ええっ……
先輩の趣味にはついていけないッスよ……
スプラッタ映画とか好きそうッスね」
おっ、お前の世界にもスプラッタ映画とかあるんだな。
やはりどんな世界でも娯楽のジャンルはさほど変わり無いようだ。
「流石は元聖獣レイドボス……
多くの力を失えども、技量は健在か。
味方ならこれ以上ないほど頼りになりそうだね」
【て、敵になったら手がつけられないです……
こ、今回は大丈夫そうですけど……
【フランベルジェナイト】さん今のうちに観察させてもらいましょう……!】
ちなみにだが、【フェイ】は【堕音深笛】などのサポートも出来ない状態になっているらしい。
おそらく、定員が四人と決められているからそれ以外の存在は干渉できないようになっているのだろう。
つまり【フェイ】はその存在こそ許されているが、あくまでも居るだけしか出来ないというわけだ。
それでも【フランベルジェナイト】は充分だと思っているだろうし、他のメンバーはそもそも【フェイ】を認識出来ないのだから何の問題もない。
ただ俺があのラブコメカップルの砂糖のように甘い会話を我慢すればいいだけだ。
……いや、精神的に結構クるものがあるけどな!
なんで俺と同じ顔のやつがイチャイチャしているのを見ないといけないんだよ……
【私は勝ち組というわけですよ。
愛に生きればもう一人の私も上手く行くんじゃないですか?
根本的には同じ顔、同じ身体、同じ性格なわけですし】
【フェイ】は勝ち誇った顔で俺に上から目線のアドバイスをしてきた。
しかもご丁寧に【フランベルジェナイト】から見えない場所で。
陰湿な性格だが、誰に似たんだろうな……
【いや、もう一人の私……つまり【包丁戦士】のパーソナリティーからでしょうね。
この言葉遣いはあなたが猫を被っていた時のものがそのまま反映されているだけですよ】
……まあ、知ってた。
俺の分身なんだから当たり前なんだけど、受け入れたくない事実でもある。
【客観的に自分を見るいい機会ですよ。
この長いダンジョンの中で見つめ直していくべきでしょう】
へっ、それは嫌なこった!
俺は俺のまま行かせてもらうぞ!
俺はプレイヤーキラーだからな、最後に信じられるのは自分自身の信念だということもよーく分かっている。
そこが折れたからこそお前は存在がどんどん希薄になっているんじゃないのか?
俺が【フェイ】にそう問いかけると、図星を突かれたように一瞬押し黙ってしまった。
そして、少し間が空いてから深刻な表情を顔に浮かべて俺に問いかけてきた。
【……やっぱりそう思いますか?
私という存在が徐々に薄れていっていて、【フランベルジェナイト】さんに言葉が伝わらない時も出てきています。
【包丁戦士】という存在が大元である以上、その辺りを加味していないと身体を維持できなくなってきそうですね……
愛に生きるためとはいえ、悩ましいです……】
【ミューン】が傀儡の天使たちを蹴散らしていく後ろをついていきながら悩む俺たちだった……
……。
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