72話 位置ゲーマーの真髄
短剣使いの女の子が小刻みなフットワークでヒットアンドアウェイを繰り返し、俺を狙ってくる。
俺はそれを包丁で捌いていく。
上からの切り下げを鍔迫り合いのような感じで抑え、横凪ぎの斬撃は受け流すように包丁の刃で軌道を逸らしていく。
逆にその返しで、俺が得意の袈裟斬りを繰り出すが身体に刃が当たる寸前で、逆手に構えた短剣を使い包丁を受け止められた。
お互いに得物のリーチが短いから、一撃一撃のスピードが速く一瞬でも油断をすればその時点で敗北に繋がるのは目に見えている。
だからこそ、短剣使いも俺も息継ぎすらまともに出来ないくらいの連続攻撃を仕掛けているのだ。
だが、そんな攻防がずっと続くはずもなくお互いに体勢を立て直すためにバックステップで距離をとった。
そして、再び攻撃しようかと思ったときに向こうから声がかかった。
「やるねっ、流石トッププレイヤーって聞いてただけアルヨ!
私も【短剣探険者】っていう2つ名持ってるからそれなりに自信あったんダケドナ~」
この強さで【モブ】だったら流石に俺の自信が失くなってたわ。
【短剣探険者】か……微妙に韻を踏んでいるみたいで言いやすいような言いにくいような中途半端な感じの2つ名だな。
「そうでしょっ?
だから最近ショートエクスプローラーって呼ばれることも出てきたんダヨネ~
ただ、それだと意味が伝わりにいくから、名乗るときは結局【短剣探険者】って言ってるケドネ!」
カタカナにすると唐突にちょっと中二チックな感じがする。
それに比べると俺の2つ名は良くも悪くも普通だな。
それにしても、探険者ね……
っていうことは色んなエリアとか回ってたりするのか?
「もちろんだよ。
色々なエリアを回って色々な景色を見て色々な人と触れ合う、これもVRMMOの醍醐味ジャナイ?」
ほーん、それはわかる気もするなぁ。
俺も建物とか見るの好きだし、案外話ができるかもしれない。
探険中になんか珍しいものとか見たりした?
「いいねいいね、なんか話が弾むネ!
珍しいものっていうと……あっ、あれがあったヨ!
山登りしているときに見つけたんだけど、雲の上に建物が建ってたんダヨネ~
その時空を飛ぶ方法なんて無かったから見るだけになったけど、純白の神殿みたいな感じで凄かったンダ~!」
目をキラキラさせながらそう語る【短剣探険者】は本当に各地で色々なものを見るのが好きなんだと思った。
「こんな感じで各地を回ってたら歩いて行ったことのある場所を埋めるユニーククエストが出たり、そのクエストが始まってから手にいれたスキルとか、エリア埋めの称号とか手に入ったりでなんだか別のゲームをやってる感じになってたヨ~」
まるで位置ゲームみたいだな。
俺も位置情報を使ったゲームは昔遊んだことがあったが、まさかVRMMOでその要素について聞くことがあるとはな……
そんな独自ルートを開拓しているプレイヤーもいたとは思わなかった。
俺はひたすら戦ってようやくレイドボスを倒して色々なプレイヤーに道を示した……と思っていたが、この女の子のように我が道を突き進むプレイヤーも陰にはいるのかもしれない。
……かくいう俺も深淵関係や天子関係の独自ルートをガンガン突き進み始めたけど。
「さて、話したいことも話したし戦いの続きとイクヨ!
勘違いしないでほしいけど、探険はもちろん好きで、でも、それと同じくらい戦いもだーいすきなんダヨ!
その好きと好きが合わさった私の戦い方を見せてアゲル!
これは竜人のギルドマスターから特別に受け取ったスキル、そして各地を巡る私に天から与えられたability!
イクヨっ、スキル発動【竜鱗図冊】っ!
ability【天手古舞】っ!」
目の前の女の腰に提げられていた巻物がぶわっと広がり帯のように伸びていく。
そしてその巻物から六角形の竜の鱗のような物が飛び出てきて【短剣探険者】の短剣と身体を包み込んだ。
そして青く光輝くとそこにはあの竜人ギルドマスターを成長させたような姿の【短剣探険者】がいた。
だが、鱗はまだ疎らで身体の2割くらいしか覆われてないし、羽や尻尾もハリボテに近いくらい脆そうな感じだ。
俺の【深淵顕現権限】のP細胞バージョンみたいなものか?
「やっぱりまだ不完全ダヨネ~
でも、これでも充分!」
【短剣探険者】は羽をはばたかせて浮き上がった……とは言っても飛んでいるというよりは地面から少し離れているだけだ、それで精一杯なんだろう。
それなら俺もちょっと飛んでみるか!
俺は観客席にいた適当な【モブ】の頭を戦闘エリア内に引っ張り込み【深淵顕現権限】を発動させ生け贄に捧げた。
このイベントは周りに【モブ】プレイヤーがいっぱいいるから生け贄は選びたい放題だぞ!
今回発動させたのは最近手にいれたばかりの【P細胞】バージョンの方だ。
つまり、右だけの骨翼ね。
こんな中途半端な顕現だが、それでもルル様の強大なパワーなので、骨だけでも浮くくらいは出来る。
「これは驚いたネ!
私と同じように羽を出せるプレイヤーがいるなんて思ってなかったヨ!
だけど、面白い戦いが出来そうジャン!」
そう言うと羽を使い一気に突撃してきた。
【短剣探険者】は竜のような姿になったが、使う武器は短剣のままだ。
ただし、竜の鱗で覆われたので先程よりも一撃一撃が重くなっている。
羽を手にいれたからか俺からマウントポジションを奪い果敢に攻めようとしてくる。
俺も負けじと骨翼を使い、上からの攻撃をされないように位置を調節しながら応戦するが翼の使い方は相手の方が錬度が高いようで、ポジショニングでは押され気味だ。
だが、この羽を出した時から身体が異様に軽くなっている。
マウントポジションこそとられているが、それ以上に俺の攻撃が素早く鋭くなっているみたいだ。
これがルル様の力の一端ってわけか……
ジェーとはまた違った使い方になりそうだな……
「このままじゃっ!
っ!!」
ここまで来ればあと一手で倒せる。
ここで切るべき手札はもちろん……
スキル発動【フィレオ】っ!
俺の四肢を犠牲にその竜の首を獲ってこい!
スキル発動と同時に俺の右足が吹き飛び、代わりに包丁の軌道から飛翔する斬撃が放たれた。
俺の包丁による通常の連撃で体勢を崩していた【短剣探険者】は、この斬撃に対応することすらできず首を地面に落とすこととなった。
勝ち残った俺はそのままビャッコの待つ受付へ転送された。
【イベントバトルリザルト】
【あなたの勝ちです】
【20ポイント移譲されます】
おっ、流石強いと思ってただけあってポイントいっぱい持っていたようだな。
初日に俺がポイントをあまり稼いでいなかったからか結果的に多くのポイントをむしり取ることが出来たのかもしれないな。
ラッキー!
この調子で自爆される前に首を狙っていこう!
中々面白い底辺種族と当たったようですね……
底辺種族であるが故の可能性と言ったところでしょうか。
底辺種族【包丁戦士】も、はやくまともな可能性を私に見せてください……
【Bottom Down-Online Now loading……】