646話 高鳴る包丁、心に邪心
それで、【検証班長】の次の一手は【トランポリン守兵】お嬢様か?
近くには居ないようだが?
俺は【検証班長】を牽制するように手の内に探りを入れていく。
この戦線が一つの要とはいえ、ここ以外にも戦線は敷かれているのだからそう易々と他の戦線から有力プレイヤーを引っ張ってくることはできないはずだ。
モブプレイヤーしか戦闘要員がいないなら、いくら【タウラノ】による支援があるとしても俺の敵じゃないはずだ。
「それはボクが戦えるとしてもですか?」
【検証班長】がおもむろにそんなことを言い始めた。
【検証班長】が戦闘なんて冗談も大概にして欲しいな。
運動音痴、チュートリアル武器も戦闘系じゃない【検証班長】に戦う手段なんてあるはずが……
いや、待てよ……?
【検証班長】は確かに運動音痴だが、それは本人も十分に理解しているはず。
あの包丁次元のブレインと呼ばれる【検証班長】が見栄だけでそんなことを言うはずがない!
俺は一種の信頼感を根拠に【検証班長】の言葉が真実であると仮定することにした。
それならいったいどんな手段があるというのだろうか。
「どうやら【包丁戦士】さんでもボクの戦闘手段は思いつかないようだね?
久しぶりに一本取れた気がするよ。
いつも【包丁戦士】さんには驚かされっぱなしだから、ここでボクも意趣返しをさせてもらおうかな!
スキル発動!【想起現像】!」
【検証班長】は【想起現像】を発動して、足元から赤色の砂を無尽蔵に産み出し始めた。
止まることなく出現し続ける砂は、一見すると通常の【想起現像】の挙動だ。
だが、明らかにおかしい点もある。
それは……砂の量が異様なことだ!
砂を生み出すだけの通常の【想起現像】なら砂もそんなに広がらないはずだし、テイマーのテイムモンスターを呼び出す【想起現像】でも既に砂が出切ってテイムモンスターの形になっているはずだ。
……非常に嫌な予感がするっ!?
俺は【想起現像】で砂を生み出しながら動かない【検証班長】に向かって駆け出し、十八番である袈裟斬りをお見舞いしていく。
スキルがおかしくても影響が出る前に倒してしまえば問題ない!
そんな理論で包丁による斬撃を放ったが……
「【包丁戦士】をリーダーに近づけさせるわけにはっ!」
【検証班長】の側に控えていたタンクプレイヤーがチュートリアル武器と思われるバックラーを構えて間に挟まってきた。
間に入ってきやがって……邪魔だ!
「ぐはっ!?」
俺はそんなバックラーモブプレイヤーを一蹴するように切り裂いてさらに歩みを進めていくが、すぐに別のタンク系チュートリアル武器を保有したプレイヤーが間に挟まり【検証班長】への攻撃をシャットアウトしてくる。
「通しませんよ!」
「何としてでも守り抜く!」
「【検証班長】さんに全身全霊尽くすのみ!」
お前ら、そこまでして【検証班長】を守りたいのかよ!?
くそっ、後一歩までいくが攻めきれない!!
ここに【ペグ忍者】や【モップ清掃員】が居なかったのがせめてもの救いだが……
……いや、なんで【検証班】の主力メンバーがここに居ないんだ?
いくらなんでも違和感しかない。
つまりだ、逆説的に考えるとあいつらを他所に回せるほどの戦力が今の【検証班長】にはあるということだ。
【タウラノ】、【釣竿剣士】がここにいたということを除いたとしても【検証班長】が側近を手放すほどの穴をこの戦線レベルでは埋めきれていないはずだ。
そして、今展開中の異様な量の赤色砂を生み出すスキル【想起現像】。
つまり、ここから出てくるのは戦況を一変させられる【検証班長】の第二の切り札。
そうか!
そういうことだったのか!?
これまでの【検証班長】との行動から再分析した結果、俺は一つの結論にたどり着いた!
あれは阻止しないとまずい!
【タウラノ】や【釣竿剣士】、そして【風船飛行士】レベルで収まる規模じゃない被害を受けることになってしまう!
俺は鬼の形相で【検証班長】の首を刈り取るようにタンクプレイヤーたちを次々に、包丁による斬撃や刺突を駆使して光の粒子に変えていき猛スピードで【検証班長】へと迫る。
だが……
「よっし、なんとか【検証班長】さんを守り抜いたぞ!」
「やったわね……」
「【検証班長】さん、後は任せた……」
「どうやら【包丁戦士】さんもようやくボクの手札の中身が分かったようだね?
だけどもう手遅れだよ。
【包丁戦士】さんを葬るため……完全顕現してください!【邪神像】!」
【検証班長】の宣言と同時に赤色の砂が凝固し、大量の砂が波のようにうねりながら一つの生物の形を作っていく。
埋もれるような砂が集まり出来上がったのは、まるで城塞のような規格外のサイズのムカデの形をしたもの……【槌鍛冶士】が知識と技量を存分に発揮して生み出した草原エリアの象徴とも言える【邪神像】だった。
くっ、ここに来て【槌鍛冶士】の傑作が俺の行く手を阻むというのか!?
俺は、今は姿のない【槌鍛冶士】に対して愛憎を飛ばすこととなった……
……。
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