64話 片翼の戦士
「試練を突破……したとは言いがたいが、深淵への適正はたしかに見させてもらった。
我が力の一端を使う権限をお前に与えよう、受けとるがいい!」
俺のレーザーをうけて平然としていた堕天使タコが俺に向かって、せわしなく動いていた足を伸ばしてくる。
うへっ、また足が服の中に入ってきてる……
あっ、そこっ!?
んんっ、やめっ!?
ちょっ、おい、どこ触ってっ!?
俺の需要のないサービスシーンが、誰も観客がいない中繰り広げられている。
この堕天使タコの触り方がねちっこ過ぎて、身体全体が蹂躙されている気がするのは悔しい。
これ、VRMMOとはいえセクハラなのでは!?俺は疑問に思ったが、ゲームを始めるときの規約にプレイヤー同士の接触以外で、セクハラ扱いにならないという項目に同意させられている。
つまりプレイヤーはNPC、レイドボスなどに何をされても文句は言えないのだ……
流石プレイヤーに人権のないゲームだぁ!
今回はこの堕天使タコから権限を受けとるためという名目があるからまぁ我慢できないことはないのだが、今後特に意味もなくそういったことをするNPCとか出てくるかもしれないな。
もちろん、NPCじゃなくてもプレイヤー同士で合意があれば……というよりされた側が拒否しなければペナルティは発生しないらしい。
足による蹂躙が次第に引いていき、全ての足が俺の服の中から撤退した頃には俺の呼吸は乱れ、身体はどことなく熱に浮かされている。
くそう、俺っぽくなく薄い本のような醜態を見せてしまったぞ……
いや、レイドボスに毎日ヤられまくってるのに今さら醜態もくそもないと思うかもしれないが、今回はいつもと違う趣向なので、なおさらに感じてしまうんだな。
「よし、我の権限をお前にも使えるように調整が終わった。
確認してみよ」
【個人アナウンス】
【深淵適正への評価が基準を満たし【P細胞】を獲得しました】
【【包丁戦士】が称号【深淵を重ねるもの】を獲得しました】
【称号の効果で【Bottom Down】!】
【【包丁戦士】の深度が8になりました】
ピー細胞?
「エルル細胞と読むのだ。
名前の1部がこうして伝わったのだから、これから我のことはルルと呼ぶがよい。
敬称はつけてもつけなくてもいい、あまり気にしないからな」
ルル様ね、なんか可愛い愛称な気がする。
……このタコのような見た目のわりには。
ルル様、さっそくだけどエルル細胞の効力を試してみたいんだけどいい?
ここだと【深淵顕現権限】発動し放題みたいだし、地上に出る前に1度くらいどんな感じになるのか見てみたいんだよな。
「ああ、試すがよい」
じゃ、お言葉に甘えて……
スキル発動【深淵顕現権限】っ!
スキルを発動しようとすると、【顕現させる対象を選んでください】というメッセージが表示された。
これまでこんな表示が現れたことは1回も無かったんだが?
「それは、今まで顕現させるものが【Ж細胞】しかなかったから出なかっただけで、我の細胞を新たに取り込んだことによって選べるようになったのであろう」
なるほどね。
それならとりあえず【P細胞】という項目を選択するか。
指で宙に浮いているウインドウを押すと身体の骨格がゴキゴキと変わりはじめた。
いつもならお尻で起きている現象だが、今回は背中の骨格が作り変わろうとしている。
おしりの感覚に慣れてきたと思ったら、今度は背中か……違和感が半端ないな。
骨格が作り変わっている途中に背中から物凄い勢いで骨が飛び出してきた。
えっ!?
骨出てきちゃたんだけど、俺大丈夫なのか!?
顕現失敗してない?
「……見たところ、やはり深度そのものが足りていないようだな……
我の力が不完全にしか顕現できておらん。
ジェーライトよりも我の力は扱いが難しいだろうが、ここから深度と慣れが必要になってくるので精進するように。
ちなみに、骨が飛び出たのは仕様だと思うぞ」
……とのことです。
俺の背中から飛び出た骨は翼のような形を形成して定着したようだ。
定着と言ってもどうせウナギ尻尾のように一定時間すると消えてしまうのだろう。
そして、不完全に顕現したとルル様が言っているのには理由がある。
翼が背中から生えたのはいいものの、右翼しか生えてないのだ。
しかも翼は骨格のみで羽がついてない。
客観的に俺の姿を見ると、片骨翼のアンデットのようだ。
骨ドラゴンの片翼バージョンを思い浮かべてみると想像しやすいかもな。
ドラゴンというよりも鳥の羽に近いけど。
「今、我がお前に出来るのはこれくらいだな。
出来ることならばお前に我の固有スキルを使えるようにしてあげたいところだが、それには我が1度倒されないといけないのでな。
それをお前たち底辺種族が成し得るのは当分先であろう。
……本来ならジェーライトももっと後に打倒されるべき存在だったのだ、お前たちなら、他の次元よりも前倒しで深淵の謎に迫ることも夢ではない。
その前に、まずは【無限湖沼ルルラシア】での戦闘だろうが……
楽しみにしておるぞ……」
そう言葉を俺に伝えると、目の前にいたルル様の姿が霞のようになり霧散していった。
俺が見てたルル様は幻だったのか……?
いや、あのタコ足の感覚が幻だったとは思えないが……
ともかく情報面でも、パワーアップという面でも存分に有意義な探索だったな。
さて、死に戻りで地上に戻ろう。
今日はもう疲れた。
俺は自らの腹を切り裂き死に戻りした。
傷口から舞い上がる光が深い色合いを宿しているようで、いつ見るものより幻想的な気がした。
【ワールドアナウンス】
【【包丁戦士】がエリア名称を確認しました】
【【無限湖沼ルルラシア】】
【【底無し沼の棘亀】の特殊防御権限が1部解除されました】
あっ、底辺種族【包丁戦士】がエリア名称を確認しましたか……
ようやく討伐の目処が……
【Bottom Down-Online Now loading……】