593話 置き土産
「そうぞういじょうに、たたかえてる……
これなら、ほんとうのちからを、だしてたたかいたかった……
でも、それは、かなわない……」
【ミューン】の【兎月伝心】をなんとか相殺した俺たちを見ながらそんなことを呟いている。
こいつが人型アバターではなく白虎、もしくは兎としての本来の力で戦われていたら、相殺なんて敵わなかっただろう。
戦闘狂の【ミューン】だからこそ、全ての力を出し切って戦いたかったという気持ちもあるんだろう。
「ふひひっ、あてぃしでもやれば出来るものなんですねぇぇ……
でも、骨粒は使いきってしまったみたいですぅぅ……」
さっきの【黄泉月心】で【骨笛ネクロマンサー】のリソースは完全に枯渇してしまったようだ。
ここからプレイヤーたちが死に戻りしていけば少しずつ貯まるだろうが、即戦力にはならないだろう。
だが、リソースを使い果たしたのは【骨笛ネクロマンサー】だけではないらしい。
「くやしい、ほんとうは、もっとたたかえる……
でも、せいじゅうとしての、やくわりを、はたさないといけない……
だから、たたかいは、ここまで。
さいごに、はじめの、せんげんどおり、きょかされてた、これにちからをのこす……
このために、あのときからちからを、ためてた……
せいじゅうけっかい、きどう!」
【ワールドアナウンス】
【異次元の起点から【聖獣結界 μ(ミュー)】を起動しました】
【スキル【渡月伝心】、【兎月伝心】、【虎月伝心】のクールタイムがなくなりました】
【スキル【渡月伝心】、【兎月伝心】、【虎月伝心】の射程制限がなくなりました】
おっ、ここに来て聖獣結界だとっ!?
だが、リソースを使いきってしまったなら折角聖獣結界を発動させてもスキルは使えないから無意味なはず……
なんでここでわざわざ聖獣結界を張ったんだ……?
俺がそう疑問に思っていると無機質な声のアナウンスがさらに続いていく。
【ワールドアナウンス】
【西方に【聖獣結界μ】、北方に【聖獣結界υ】、南方に【聖獣結界ξ】、東方に【聖獣結界Ω】、が起動したことを確認しました】
【聖獣結界が統合され【四聖結界】へと変化します】
【【四聖結界】と【深淵結界】の干渉】
【【天子王宮】での【菜刀天子】の移動制限、身体操作速度の低下が解除されました】
【【菜刀天子】の延焼ダメージ、ステータスの低下は継続します】
「これが、わたしの、よびだされた、もくてき……
さいごに、ひとつだけつかえるすきるで、たいじょうする。
ほんとうならつかえない、でも、あのおもいでがあるから、つかえる……
すきるはつどう!【魚尾砲撃】!」
【ミューン】は体内にエネルギーを凝縮させて、さらに集約させていっている。
まずいまずいっ!
これは極太レーザータイプじゃなくて自爆タイプの【魚尾砲撃】だ。
極太レーザーの方が一般的には強力なスキルだが、今回に限っては自爆タイプなのが状況をより悪くしている。
「ふひひっ、あてぃし逃げ切れませんよぉぉ……」
「拙者、逃走中侍。
攻撃しようとしたら爆発圏内から出れなくなったで候」
「これは、おきみやげ……
やっぱり、たたかいのなかで、はてるのは、きもちいい、ね……」
【ミューン】は【骨笛ネクロマンサー】と【ハリネズミ】の侍モブ、そしてその他多数のモブプレイヤーたちを巻き添えにして自爆していった。
最後の最後でこっちに甚大な被害を出していくなんて傍迷惑なやつだな……
戦いの中で果てるのが気持ちいいとかいう脳筋発言で散っていくのが【ミューン】らしいがな。
そういえばability【会者定離】が発動しなかったのは、今のミューンがミューンそのものではなく、擬似的なものだからだろうか。
そうして多大な被害を負いつつも【ミューン】を突破した俺が周りを見ると、他の人型聖獣たちもトッププレイヤー率いるメンバーでそれぞれ倒されていた。
プレイヤー規格では強い方だったが、レイドボスではないのでごり押しで勝てた感じだろう。
他のところもそれなりに被害が出ているっぽく、少し前と比べると戦場がガランとした雰囲気になってしまっている。
「思った以上に苦戦しましたね……
これでレイドバトルが終了だったら一安心なんだけど」
【そんなことはありません】
「やはりですか……」
【検証班長】が一息つきながらそんな軽口を言っていたが、【菜刀天子】によってその祈りは一蹴されてしまった。
悲しいなぁ。
「ちょっwww
今気づいたんだが、【菜刀天子】に全然ダメージ与えてないじゃんwww
これヤバくないかwww
テラワロスwww」
「言われてみれば……まともに攻撃出来たのは数回だけですわね……」
【トランポリン守兵】お嬢様と【風船飛行士】がそんなことを話しているが……
それだ、俺が途中から引っ掛かっていた不安は!
試練はクリアしていっているが、肝心のレイドボスである【菜刀天子】にダメージがほとんど通っていないんだ。
だから戦場の苛烈さと、【菜刀天子】の余裕綽々な態度で違和感を覚えたんだな。
【……今頃気づきましたか】
【やはり底辺種族上がりのプレイヤーたちは低能で、愚鈍ですね】
【弱体化した状態での積極戦闘を避けるのは基本ですよ】
【ですが、私の配下に与えたダメージの一部は私に来ているので無駄ではないですけどね】
【ですが、そのダメージに見合うリターンは得られました】
【これで忌々しい深淵の力による妨害の影響が半減しましたので】
【真の姿を見せることができます】
【では、刮目しなさい!】
【Bottom Down-Online Now loading……】