505話 清掃バット
俺は手元に現れたのは風船が飛んでいかないようにしっかり握ったあと、周りを確認する。
イベント開催が宣言される前は草原に俺一人がぽつんといるだけだったのだが、今見てみると五人ほど一定距離で現れていた。
「さっきまで誰もいなかったじゃん!?」
「瞬間移動でもしてきたのかこいつら……?」
「に、逃げなきゃ……」
……どうやら急に現れるのは仕様らしいな。
イベントが本格的に開催される前に転送されてくるからこそ、お互いの位置が分からないようにしたのだろう。
そうしないと時間ギリギリでログインしてきたプレイヤーだけ情報アドバンテージを取られた状態で開始することになるからな。
「げっ!?
狂人いるじゃん!?」
「【包丁戦士】と同じ場所から始まるなんて運無さすぎだ……
よりによってプレイヤーキラーなんかと……」
「待てよ……【包丁戦士】のチュートリアル武器風船だぞ!?
これなら速攻で狙えば大金星だな!」
「私の獲物よっ!
邪魔しないで!あの時の恨み……ここで晴らさせてもらうわ!」
開始早々に全員から注目の的になった俺だったが、チュートリアル武器が殺傷力の無い風船だったことに気づかれた。
そして、それに気を良くしたのか全員が俺を狙って武器を構えている。
ここにいるプレイヤーのチュートリアル武器は、竹槍、オーボエ、メリケンサック、ハンマー、片手剣……そして風船だ。
明らかにランダムじゃなくて俺は差別されているんじゃないか……と思えるラインナップに愕然としたが、そんなことをしている余裕はない。
武器を手にした五人のモブプレイヤーたちは今にも迫ってきているからな。
そんな相手たちに俺はどのように立ち回るのかというと……
というわけで諸君、さらばだー!
風船によって身体を宙に浮かしていき敵前逃亡したのだった。
【風船飛行士】でもあるまいし、普通のプレイヤーは風船じゃ敵を倒せないからな!
悪く思うなよ!
そんなわけで空の旅を楽しむことになった俺だったが、一定距離上昇したところでエリアの最上限に来たようで見えない壁に阻まれることになった。
これ以上は上に上がれないということだろうが、どっちにしてももう一回地上に降りてプレイヤーをキルしていかないとポイントが増えないからそろそろ降りるか……
そうしてふわふわとゆっくり降り立ったのは森林の生い茂る場所だ。
俺はここで武器になりそうなものを調達しようと思ってな。
流石に風船だけでは心細い。
俺は木に登って枝をパキパキと折っていく。
風船のおかげで登りやすかったのは若干癪だが、背に腹はかえられぬのでそれを使った。
折った枝は取り出しやすいようにポケットへ仕舞い込んでいく。
次は小石だな。
握りやすく手頃なサイズのものを幾つかもう片方のポケットに入れれるだけ詰め込んでおく。
小石は投擲にも使えるから重宝しそうだ。
あと目につくもので武器になりそうなものはなさそうだ……
ポケットもいっぱいだし、とりあえず風船で飛びながら索敵でもするか……
そんな安易な考えで飛ぼうとしたら木に引っ掛かってしまった。
そりゃ、森林のなかだと障害物がいっぱいで自由に飛行出来ないのは当然か。
翼ほど自由が利かないし、【風船飛行士】ほど操作を熟知しているわけじゃないからな。
仕方ないので飛行を諦めてとぼとぼ歩いていくと、木々の間から人影がちらりと見えた。
気配もプレイヤーのものだから、狙うならこっちに気づいていない今がチャンスだろう。
……ちょうど影に隠れてチュートリアル武器が何なのかは見れないが、そこまで大した問題じゃないだろう。
それっ、戦闘開始だ!
俺はまず小石を全力で投球していく。
狙いはもちろん頭……ヘッドショットだ!
飛翔していく小石の行く末を眺めながらも俺は次の手を用意していく。
そして、俺が次の構えを準備できた時に向こうから声がしてきた。
これは、聞き覚えのある声だな?
「ほう小石を投擲ですか、大したものですね。
どこの誰かは知りませんが、苦肉の策で考えついたのでしょう。
……おそらくはチュートリアル武器が使い物になら無いプレイヤーですかね」
ちっ、【モップ清掃員】だったか……こんな序盤についてないな……
俺と相対することになったのは清掃員服を着た男、【モップ清掃員】だった。
こいつは【検証班】所属の2つ名プレイヤーで、レイドボス攻略にも着実に貢献している戦闘系プレイヤーだ。
直接対決はあまりしたこと無かったが、侮れる実力じゃなかったのは間違いない。
そんな【モップ清掃員】が手にしているのはバットだ。
あれは【バットシーフ】後輩カスタムのバットっ!?
【槌鍛冶士】による改造がされている地味に高性能なやつなんだが、まさかこうして俺の前に立ち塞がってくるとは……
「ほうこのバットに気づくとは、大したものですね。
そう、これはあなたの後輩のバットです。
これであなたを滅多うちにしてあげますよっ」
そう言いながら小石を打ち返しはじめた。
くそっ、よりによって遠距離攻撃を打ち返せるバットが相手なんてついてないぞ。
せっかく補充した小石がすぐにムダになってしまった。
仕方ないので、さっき歩きながら研いでいた木の枝を小太刀のように握り締め【モップ清掃員】に向かっていく。
「そんな木の枝で私と戦えると、で、も……!?
ほうっ!?大したものですね!
これは【ペグ忍者】と同じ戦術ですか」
俺は先端の尖った木の枝を【モップ清掃員】がバットを持っている手に突き刺しバットを落とさせ、さらにもう一本の木の枝で右を躊躇なく貫通させた。
「バットさえ拾えばまだこちらの勝ち目は……」
ないぞ!
俺は落下したバットを奪い取り、【モップ清掃員】の脳天目掛けて振り下ろし、頭蓋骨をかち割った。
攻撃によって怯んでいた状態の【モップ清掃員】と、どうなるのか知っていた俺では動きの初動スピードが変わってくるのは当然だ。
頭蓋骨を割られた【モップ清掃員】の身体は力なく地面へ倒れ込んだが、まだ息の根はあるようだ。
それなら最後にこの木の枝で……心臓を抉るように取り出した!
まるでマグロの解体ショーだ!
テンションあがるな!!!!
いえ、普通はそんなことでテンションは上がりませんよ……
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