1912話 佃煮
姿が隠れていても、気配を消していても基本的には周囲の気配を読み取れる肌感覚を持っている俺だがこの【つくだ兄ぃ】というプレイヤーの気配は全く察知できていなかった。
察知出来ていたらわざわざ【キズマイナ】や【槌鍛冶士】をあのタイミングで離すわけないからな……
そして、ここまで気配を消せるプレイヤーなのに奇襲じゃなくてわざわざ俺に声をかけてきたのは気になるところだ。
あのまま攻撃されていたらモロに直撃していて暗殺成功となって、俺はお陀仏していたも知れないからな!
というか初対面なのにわりと前から知ってましたみたいな距離感で話しかけてくるな……?
「そんな滅相もありませんよ。
これでも多少顔が売れているのですが、見たことありませんか?」
お前の顔……?
初対面のはずだが……??
次元戦争でも、流刑次元での戦いにも望遠鏡次元陣営にはいなかったと思うし。
「このゲームの中ではそうでしょう。
ただ、最近は特にテレビに出ています。
もしやあまりテレビはご覧になられていませんか?」
テレビ……
あっ、お前ニュースのコメンテーターとして出てたな!
確か先生とか呼ばれてた気がする。
1799話でな!
「どうやら思い出されたようですね。
現実と同じ顔、同じ体型でプレイしているので分かる人にはすぐ分かるようにしてました」
なんでそんなことを?
「私は生物学者として活躍していますが、これまでは世間との関わりがあまりありませんでした。
だからこそ、そろそろ伝手が欲しくてまずは手軽にネットゲームでコミュニケーションの練習をしていました。
なのであえて姿を変えていなかったというわけです」
話している限りだとそんなにコミュニケーションに難があるようには思えないが……
「それは練習の成果が出ているということなので、ありがたいお言葉ですね。
このゲームを始めたばかりの頃は人の正面に立つのも苦労したくらいなんですよ?」
へー、それを聞くと十分成長していると思えるな。
もしやそれもあって気配を消すのが異様に上手いのか?
「それは別の理由ですね。
私は生物学者ということもありフィールドワークで観察に専念することもあります。
なので、周囲に溶け込んで野生生物に悟られないようにこの半生を生きてきました。
その努力の賜物でしょう」
俺の気配察知も似たような感じで本職で使い続けて磨き上げたものだから似たようなものか。
そして、その練度は目の前にいる【つくだ兄ぃ】の方が上ということでもある。
それで、俺に何のようだ?
このままキルしてもいいんだが、一応用件を聞いておこう。
「【牛乳パフェ】さんに聞いていた通り物騒な女性ですね……
私の用件は、このレイドボスに由来する蜂たちの観察と巣の発見ですね」
生物学者っぽい用件だな。
「レイドクエスト名が【濛々たる合巣蜂】ということは本体、もしくは巣のようなものが大元にあると睨んでいます。
ゲームの中とはいえ、ミチの生物の生態への興味が止まりません!
それだけが理由ですね」
なるほど……こいつはどうやら生物に特化した【検証班長】みたいなプレイヤーだな?
俺への敵意や殺意も感じないし、俺が【濛々たる合巣蜂】を見つけるのにも利用出来そうな気がする。
それだったらシャブリ尽くすようにお前を利用してやろうじゃないか!
「それは願ってもないことですね。
【牛乳パフェ】さんたちのところから離脱してきた甲斐がありました」
……あと、一つ聞いておきたいんだが今回は森人と勇者が優先的に選出される次元戦争だったはずだがお前はそのどちらかに該当しているのか?
「……そうですね、私のことを信頼してもらうために伝えておきますが森人に種族転生しています。
木々に囲まれた場所にいる生物を観察するために都合が良かったので森人を選びました」
そんな理由で種族転生先を選んだプレイヤーは中々いないはずだぞ!?
お前も大概変人だな。
テレビでコメンテーターをしているから常識人かと思っていたが、常識も備えつつ変人枠に頭を突っ込んでるな!
「それは生物学者として褒め言葉ということで受け取らせていただきます。
学者としては一分野に狂っていないと新たな成果を上げるのは難しいと言われていますからね。
その枠に私がいるならば光栄というものです」
中々面白い捉え方だが嫌いじゃない。
俺も似たようなものだからシンパシーを感じているのかもしれないな!
劣化天子にシンパシーを感じられてしまう存在……
これは警戒対象ですね!
【Bottom Down-Online The Abyss Now loading……】




