1832話 釣り餌
「ZZZZZZZZzzzzzz……」
完全に就寝モードとなった【マキ】は巨大蛇蛇腹を枕にして眠っていた。
それに対して【師匠】は強烈な眠気を我慢している様子でふらつきながら【マキ】の方へ歩み寄っていく。
「戦いの最中にここまでの眠気を感じたのはいつぶりだろうか。
戦いの中で邪魔にならないように普段から充分に睡眠時間を確保しているのだが……
生産的人間としての嗜みではあるが、それを根底から覆されるスキルがあるとは思わなんだ。
だが、お前さんが眠ってしまえば本末転倒であるぞ?
釣竿一刀流【二本晴】!」
【師匠】は炎の元素爆発を起こして炎で作られた二本目の釣竿を手に取り、チュートリアル武器の釣竿は眠気に耐えるための杖として、二本目は【マキ】を仕留めるための武器として構えはじめた。
……?
だが、【師匠】の行動に俺は疑問を抱かざるを得なかった。
この状況でそれをするのか?
まるで【師匠】と俺の事前知識で食い違いが発生している……いや、【マキ】のことを知っているならやらないはずの行動だ。
……もしや、知らないのか!?
そう考えた方が自然だな。
何はともあれ、一度様子を見てみるが……
これはいったい……???
「では、これで仕舞いだ」
【師匠】はそう言って【マキ】に炎の釣竿を振り下ろした。
寝込んだ状態で【師匠】の鋭い攻撃を防ぐのは不可能……っ!!
【マキ】は絶体絶命のピンチ!
……と思っただろ?
「何?
攻撃が通らないとは?」
ここだっ!
スキル発動!【深淵纏縛PP】!
俺は【師匠】の死角から拘束で身体を深淵で纏わせていき、一気に【師匠】へと駆け寄っていく。
そして……スキル発動!【堕枝深淵】!
その勢いのまま黒い茨を生み出して【師匠】の身体を絡め取っていく。
これで身動きは防いだはずっ!
「ぬぅっ!?
儂の異能力を弱体化させながら潜んでおったのはお前さんか!
この隙を狙っていたとはの……」
そして、俺は右手に包丁を強く握りしめ【師匠】の首を刈り取るために真横に振り抜いていった!
首さえ落としてしまえばこのまま俺の勝ちだっ!
「……不意討ちながら、見事!
だが儂の首はこれで取らせてやるほど安くはないのでな。
この左腕でその斬撃を受けさせてもらった」
俺の渾身の一撃だったのだが、炎の釣竿で黒い茨を焼ききって無理矢理俺の包丁の軌道に差し込んできていたようだ。
そのお陰で【師匠】の左腕は地面に落ちていき光の粒子となり消えていったのだが、一撃必殺のタイミングでしくじってしまったな……くそっ!
「どうやらこの茨は炎に弱いと見た。
儂の釣竿一刀流【二本晴】とは相性が悪かったようだ」
そう、ルル様由来の力は火関係に弱いからな……
仕方ないとはいえ、【儡蜘蛛糸】を選んでも火にはあまり強くないし代わりの手段が他になかったので残念だ。
「それにしてもこの蛇腹剣の娘、儂の攻撃で傷一つつかなんだぞ。
お前さんの様子からして知っておったのだな?
だからこそ、それを釣り餌にして儂の隙を誘ったのだろうが……さてはabilityか」
そう、【マキ】は睡眠状態になると無敵になるというability【睡生無死】を身に宿している。
だから【師匠】の一撃でも無傷だったというわけだな!
「儂とこの蛇腹剣の娘が戦うときはこれまで決着にさほど時間がかからなかった故に、その力を見る機会が無かったということか。
老いた身ながら新たな気づきが得られたのは僥倖哉」
そういうことだな。
【師匠】が強すぎたからこそ、本来他のMVPプレイヤーたちなら知っているはずの【マキ】のabilityの能力を知らなかったということだ。
……いや、【ランゼルート】も同じ理由で知らない可能性は高そうだがな。
「それにしても、ここで儂が片腕を失ってしまうとは。
これでは使える釣竿一刀流の技も減ってしまうが……いや、それくらいの逆境の方が【憂鬱】にならずに済むかの。
ゲーム外ではこのような逆境など片手で数えられるほどしか味わったことがなかったのだが、魂へと働きかける底下箱庭計画の賜物とも言えるか。
儂が力添えした甲斐があったというものよな」
【師匠】が底下箱庭計画に力添えしたのか!?
いや、これまで何度もそのワードを口にしていたから今さら衝撃の事実ってわけでもないんだが、改めて【師匠】の口から聞くと納得できるな……
「ふむ、驚きもせず困惑もしていないことから察するにお前さんも深みに足を踏み入れているようだ。
年長者からの忠告だが、あの道化に協力するのはほどほどにしておくのがよかろう。
深入りするとお前さんも身を滅ぼすことになろうぞ」
うわっ、何その忠告……
色々と意味深で怖いんだが……???
『面白い』ことを求めているだけだよ。
【Bottom Down-Online The Abyss Now loading……】