1822話 墨染
「ここでたこすちゃんの必殺技をお見舞いするのだ!
スキル発動!【灯水壺蛸】なのだ!」
【夢魔たこす】は蛸足の先に小さな壺のようなものを生成すると、そこから水を放ち始めた。
あれは相手を汚す熱湯だ。
前は【『sin』虚飾を司る絢爛孔魔鳥】が身体に纏っていた宝石を汚した時に使っていたが、今回は俺に飛んでくるのではなく水中に墨が広がっていった。
まるで煙幕のようだが、これは俺に有利になるのでは?
俺の気配察知があれば姿が見えなくても【夢魔たこす】の居場所がわかる……
わか……らないだと!?
完全に気配が消えるなんてことあるか!?
【釣竿剣士】ですら背後にいる時だけ気配を消すのが限度なのに、目の前で消すやつがあるか!
……まぁ、十中八九このスキルの影響なんだろうがまさか地上で使った時とは別の効果になるなんて予想はしてなかった。
深海種族ということで水中だとさらに強化されるということだな!
スキルの効果も切り替えられるのはまるで深淵種族レイドボスを倒して深淵スキルの効果が増えた時と同じだが……さては【夢魔たこす】も同じレイドボスを二回倒しているなっ!?
……そう問いかけてみたが返答は無かった。
潜んでいるから声を出さないようにしているんだろうか?
いや、【灯水壺蛸】の効果で声も隠蔽されている可能性もあるか。
とりあえず気配も読めないし、音まで隠蔽されていると考えるなら奇襲されると想定するのが普通だろう。
本来なら平面的な横からの攻撃を警戒すればいいんだが、ここは水中だ。
前後左右だけじゃなくて上下まで警戒しないといけない。
水中での戦いを決意した時から覚悟はしていたことだが、本当にアウェイな環境での戦闘を強いられ続けているな……!
そう考えていたら俺の左腕に何か触れるような感覚が伝わってきたので慌てて手を引いて掠めただけで済んだが、腕の表層が急に爆発してしまい火傷のような状態になってしまった。
うわっ、熱っ!
この爆発は……【夢魔たこす】が発動させていた【アンカー名案】の付与効果の『深淵種族を爆発させる力』の影響だろうな。
ということは爆発させるには少なくとも俺に触れる必要があるわけだ。
そして触れている強さか時間の長さで爆発の大きさも変わるとみた!
つまり、当たらなければどうってことないってことだ!
まぁ、向こうの攻撃やその予兆がさっぱり見えないので躱すのが難しいってことが懸念点だけど。
見えない敵の攻撃を躱すのって相当難しいんだからな?
もはや、ほぼ勘の領域だ。
だからこそ水中に蔓延するこの墨を晴らしたいところだが……
そうか、まだあれを使ってなかった!
スキル発動!【波状風流】!
俺は風のスプリンクラーを生み出し、そこから風の刃を連射しはじめた。
風によって切り裂かれた場所の墨はそのまま戻ることなく、次々に周囲の明るさを取り戻していったぞ!
「たこすちゃんの新戦術が破られちゃったのだ!?
こんな方法で墨が無くなっちゃうなんて予想外だったのだ……」
よしっ、墨を晴らしたお陰で【夢魔たこす】の気配、姿、声か聞こえるようになった!
これでまたイーブンな状態で戦えるぞ。
それにしてもさっきの【夢魔たこす】の戦術は普段俺が敵の意表を突くためにやる【堕音深笛】による深淵の黒い霧による目眩ましと同じ感じだった。
自分でやる分には気持ちいいが、実際に敵にやられるとあそこまで厄介だったとはな……
【波状風流】を先にクールタイムにしていたら下手するとハメ殺しされていたかもしれないと考えたら恐ろしいぞっ!
「そういえば【包丁戦士】の戦いかたに似てたかもしれないのだ!
いつの間にか影響されちゃったのだ……」
戦いの中で意図せず俺のスタイルをラーニングしてしまっていたということだろう。
本人に自覚はなかったとはいえ、一応俺の戦いかたと似ているという認識は今思いついたくらいには納得しているみたいだしあながち間違いではないはずだ。
戦いの中で成長していくというのはプレイヤーたちにとって良いことです。
己の可能性を閉じずに次に繋がるのは元々のポテンシャルが高かったということですが……
【Bottom Down-Online The Abyss Now loading……】